第九十話:夜の魔王は別の顔
「手続きは終了した。これでおまえたち『連奏トライアルフリート』は四人一組となる。しかし……」
俺たちを見回して、教官は不思議そうに呟いた。
「別に同郷というわけでもないし、稽古で一緒になったこともあるまい? どうして急に合流することになった?」
「この前の休日で意気投合しまして」
クリスがしれっと答える。
「それに、この前の選抜試験でひとりきりというのが怖くなったそうです」
確かに嘘はついていないが、はしょりすぎて真実に到達していない。
だが、まちがってもその真実を、俺たち以外に察せられるわけにはいかなかった。
「ふむ……まぁ、ひとりだけの組では他の組と合流したい気持ちというのもわかる」
合流に関する資料に目を通しながら、教官は聖女アンをながめ——小さく首を傾げた。
「マ・アヤといったな?」
「は、はい!」
「お前——」
聖女アンをまじまじと見つめる教官。
一方のアンはというと、冷や汗をかきながら視線をそらし続けている。
「——似ているな。聖女に」
「よ、よく言われます……」
視線を泳がせながら答える、聖女アン。
その『言われている本人』感は、俺も嫌というほど経験してきたので、その心中は察するにあまりあった。
「……まぁ、いい。先方の教官からは必要な情報はもらっている。歌も踊りも申し分ないそうだな」
「あ、ありがとうございます……」
「だがみたところ、お前には物怖じせず人と接する部分がまだ足りないと見える。そこは多少厳しく進めるつもりだから、精進しろよ」
「が、がんばります……!」
「よろしい。気構えだけでも前向きでなくてはな。では、行くぞ――!」
■ ■ ■
「アンさんの歌、すごかったですねぇ……!」
稽古が全て終わり、夕食と風呂をも終えた就寝時間の自室。
自分のベッドを整えながら、アリスがうっとりとした顔でそう言った。
「ありがとう、ございます……」
アリスの上のベッドから、聖女アンが顔を出しておずおずと礼を言う。
いままで二段二組のベッドは、アリスとクリスでひとつ、俺でひとつという使い方であったのだが、さすがに聖女と同じベッドではまずいだろうということで、アリスかクリスが俺と同じベッドを使うことになった。
さらには、俺の上になるのがクリスかアリスかでもめたのだが、長時間の協議を経てクリスが上、アリスが隣で落ち着いていたりする。
余談であるが、着ているものが普段のゆったりとした地味な服ではなく、薄手の寝間着であったため、アリスと匹敵するくらい体型に恵まれているのがわかり――少し、目の毒だった。
「さすがはここの船団の筆頭ですね。こんなにすごいとは思いませんでした」
俺の上のベッドで髪を風呂上がりの髪を梳いていたクリスが、ひょっこりと顔を出してそういう。
「いえ、それほどでも……今は追い出されている状態ですし……」
「それでも双子の妹は聖女を僭称しているんだから、公的には放逐されていない――つまり、現役と考えていいんじゃない?」
手帳に情報を書き込みながら、俺がそう答える。
「そう……でしょうか?」
「そうそう。それに、すくなくともこの四人の中で歌と踊りが一番巧いのは、貴方よ」
歌だけだとすぐ下にアリス、踊りならすぐ下にクリスがいるが、その両方を同時にこなすとなると、やはり聖女アンの独壇場となる。
そして今気付いたのだが、どちらも平均的な俺が、相対的に最下位にいた。
——魔王として少し矜恃に触れるので、これからはもう少し練習量を増やそうと思う。
「だから、もう少し自信を持ちなさい」
「は、はぁ……ありがとうございます、マリスさん——その、優しいんですね」
「——明日も早いわ。もう寝ましょう」
「あ、はい」
アリス、クリスの同意も得てから、俺は部屋の灯りを消した。
「ふふ……こうやって四人一組で眠ることができるなんて、夢みたいですね」
「わかります」
と、アリスがベッドの中で頷く。
「いわれてみれば、珍しい組み合わせですね……」
早くも眠くなってきたのだろう。やや口調をゆったりとさせて、クリスが呟く。
「そうね。言われてみれば貴重な体験かも」
そう答えて、俺は目を瞑ったのであった。
□ □ □
「――ふぅ」
大きく息を吐いて、俺はゆっくりと目を開けた。
雷光号船内。俺の私室だ。
『おう大将、お帰り』
操縦室に出ると、二五九六番がそう声をかけてくれた。
『どうよ、そっちの様子は』
「芳しくないな。色々と状況は進んではいるが」
表示板を使い、雷光号周辺の様子を確認しながら、俺。
『オイラも行きたかったなぁ……なんか楽しそうじゃん?』
「ニーゴを改造すれば、行けるぞ。ただし、そうしたらしばらくは元に戻せんがな」
『……やめとくわ。その間女の子やっていたら戻れなくなりそう』
それは、俺も同じ気分だった。
「さて――」
普段は海図を載せる机の上に、地図を開く。
その地図は今いる船団『ジェネロウス』の地図で、島の部分は真っ白になっていた。
なぜなら、中枢部分は機密指定を受けており、その詳細を外部から遮断しているからだ。
だが――。
「ここは、こうだったな……」
その白い部分を、俺は手で書き加えていった。
目的はもちろん、地形の把握だ。
『やっぱやんの? 島の攻略』
「いまのところ、半々といったところだ」
『お、だいぶ下がったじゃん』
聖女アンの加入前は、ほぼ突入する方向であったから、これでもだいぶ穏当になっている。
『にしても、大将って案外まめなのな』
「なにをいう。俺はいつだって効率最重視だ。この手のものは自分の足で歩くのが一番なんだぞ?」
日課として体力を付けるために走り込みをしているが、実はそれと平行して周辺の経路を把握しているのだ。
ほかにもアリスと買い物に出かけているときや、クリスと情報収集をしているとき、さらには自由時間や夜間の散歩など、歩く場所・時間には事欠かない。
おまけに、この前一回目の選抜試験を突破しているため、立ち入ることのできる場所は増えている。
この調子で、地図の書き込みを続けていけば――。
『大将』
二五九六番が、鋭い声を上げた。
「どうした」
『島のてっぺんに誰かがいる』
「――なに?」
慌てて外に出る。遠見の魔法を使って島の最上部にあるテラスへと焦点を合わせると――。
聖女アンそっくりの女性が、島を睥睨していた。
ただし、似ているのは顔立ちくらいで、アンのように地味な服ではなく漆黒のドレスを身にまとっており、髪はうなじで縛っておらず、ただ流れるままになっている。
そして――。
遠見の魔法越しだというのに、ものすごい威圧感を醸し出していた。
かつての、あの忌々しい勇者と切り結んだときに勝るとも劣らないその雰囲気に、俺は思わず額に汗を浮かべる。
いったい、何を見ているのだろうか。
あるいは――何を思っているのか。
やがて、聖女の妹は身を翻して姿を消した。
それを確認して、俺も船室へと戻る。
『綺麗だったけど、なんか怖い姉ちゃんだったな』
「ああ……」
たしかにこれは、油断すると撃破されかねない。
そんな雰囲気を身にまとった女性であった。
「だが……あれが、今の状況を作り出しているのか?」
何かが、少し違うような気がする。
それを確かめるためには、さらなる調査が必要だろう。
意を決して、俺は地図の前に向かいなおったのであった。




