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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第五章:聖女灰かぶり伝説

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第八十九話:聖女と提督聖女

「双子の、妹ですか」


 全くの無表情で、クリスは聖女アンの言葉を繰り返した。


「まさかと思いますが、入れ替わりですか?」

「そ、そのまさかです……あの、怒ってます?」

「怒ってないですよ?」


 おずおずと聞く聖女アンに、にっこりと笑ってクリスは言う。


「でもまさか、定期的に入れ替わっていたなんてこと、ありませんよね?」

「う……」

「ありま、せんよね?」

「うう……ありました……」

「そうですか」

「あの……本当に怒ってないですよね?」

「怒ってないですよ?」


 にっこり笑って、クリスは続ける。


「ただし、もしここに私の乗艦『バスター』があったら、きっと黙っていなかったと思います」

「め、めちゃくちゃ怒っているじゃないですかやだー! 怒らないって言ったじゃ無いですかいやー!」

「だから怒っていません。ですが……この場にいる全員が納得できる理由を言えないと——アリスさんが言っていた最終手段を私は推薦することになりますよ?」

「は、はい! ちゃんと話します!」


 さすがにアリスが持ち出した島の陥落は避けたいようで、聖女アンはたどたどしくも、経緯を話し始めた。

 以下、その言葉を整理すると次のようになる。


 代々聖女を輩出する家系に、双子の女の子が生まれた。

 姉の方は歌と踊りに長けており、妹の方は身体を動かすことが得意であった。

 やがて、姉は聖女となり、妹はその補佐に回ったが、姉の方には聖女として求められる艦隊運用能力がまったく備わっておらず、いくら学んでも身につけることができなかった。

 なので、軍事的素養に優れていた妹の方が密かに指揮を執るようになっていたのだが……。


「そ、その……お互い向いていることでも疲れることって、あるんですよね……」

「それで、時々入れ替わっていたと?」


 俺がそう訊くと、聖女アンはこくりと頷いて、


「は、はい……そういうわけです……」

「そういうことでしたか……道理で」


 こちらは納得したといった様子で、クリスも頷いた。


「クリスちゃん、なにか思い当たることがあるんですか?」


 聖女アンとの接点が思いつかないのだろう。アリスが不思議そうに訊く。


「ええ。私が就任に合わせて訪問したとき、出迎えてくれたジェネロウスの艦隊の動きが、話に聞いていたよりぎこちなかったんです」

「あー……やはり、ばれますよね……」


 少し縮こまって、聖女アンがそう呟く。

 一度でも軍の指揮をしてみればわかることだが、よほど統率がとれていない限り、指揮官の不調は軍にも現れる現象が敵陣からでも見て取れる。

 クリスほどの艦隊指揮官なら、なおさら気付きやすいことだろう。


「あ、あのときはクリスさんと直接顔を会わせないといけないので、私が指揮せざるを得なかったんです……その、妹の指揮はやっぱりすごいんですか?」

「ええ。勇猛果敢な聖女艦隊といえば五船団の間でも有名ですけど」

「え、え!? そこまで?」

「そこまでどころか、艦隊運用が攻撃に特化しているので有名ですよ。特に制圧前進時の艦隊運用は私やアステルさんでもなかなか突破できない――というか、下手をすると駆逐されます」

「そ、そんなに……すごい!」


 クリスもアステルも、指揮能力は司令官の名に恥じず充分に高い。そのふたりが下手をすると撃破されるというのだから、聖女艦隊の運用能力はかなり高いのだろう。


 ただ、それを船団の長である聖女が知らないというのは、どうかと思うのだが。


「それより、こちらが気になるのはですね、ブロシアさんがどのように聖女の地位を剥奪されたかです。察するに入れ替わったときなんでしょうけど……」


 姿勢を正して、クリスは訊く。


「あ、それは単純な話なんです。簡単な巡回の仕事をお願いされて、小さい巡洋艦に乗ったんです。それで、船団の端にいったところで、急に教義の書き換えが宣言されまして……」


 教義の書き換えは、聖女にしか行えない行為なのだという。

 つまりそれは、聖女アンの妹が自らの意思で聖女として行動するということであり、もっとざっくばらんにいえば、叛乱の狼煙でもあったわけだ。


「ほ、本当ならどこかの大きな船に軟禁されるか、あるいは船団を追放されるところだったんですけど……幸いにして巡洋艦には私個人に忠誠を誓ってくれる人が多かったんです。なので、夜陰にまぎれて船団の中枢であるこの島にたどり着くことが出来ました」


 その後は、聖女候補として紛れ込み、妹に会うべくひとり奮闘していたらしい。


 そして、この前の第一期選抜試験で俺たちをみて——合流すべく、行動を起こしたというわけだ。


「だ、だから、クリスさんの名前を見たときは本当に驚いたんです。最初は同姓同名の人かと思ったんですけど、この前の試験の時はじめて見て本人だって!」

「そういえば、クリスちゃん本名で登録してあるのに誰も何も言いませんね」


 誰も気付かないのが不思議です。と、アリス。


「多分、確認する部署が麻痺しているんでしょう。それに私、他の船団では人前に出ないで艦橋に籠もっていますから」


 なるほど。それでは目の前にいる少女が、船団『シトラス』護衛艦隊司令官、クリス・クリスタインその人であることを認識できるのは、ごく少数だろう。


「それでブロシアさんは、なんで急に合流しようと思ったんですか?」

「そ、それはその……ひとりでやっているんですけど、この前の試験でもうだめだなって。あの試験を合格できたのって、本当に偶然でしたし」


 あれで、ひとりでやっていくことが無理だと痛感したのだという。


「そうですか……マリスさん?」

「異存は無い」

「アリスさんも?」

「はい。大丈夫です」

「わかりました……では」

「つ、つきだされちゃいます? 運営につきだされちゃいます? 今の段階で妹にばれると、今度こそ簀巻きにされて船団外追放に――」


 怯えた様子で、聖女アンがそんなことを言う。


「誰がそんなことをしますか。――今使っている名前と、組の名前を教えてください。ブロシアさん」

「……え? 偽名の方はマ・アヤ、組の名前は『追想のプラチナ』ですけど……? 何故今、それを?」

「そのふたつがないと、合流の申請ができませんから」

「そ、それって——」

「そういうことです」


 クリスが、静かに頷いた。それを見た聖女アンが俺やアリスを交互に見るので、俺たちも頷いて応える。


「ようこそ、『連奏トライアルフリート』へ。私達は貴方を歓迎します。ブロシアさん」

「く、く、く、クリスさーん! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」

「わぷっ!? ちょ、胸押しつけないでください! なんで私に抱きつくひとって、みんな胸が大き――むぎゅ!? まって、息ができなっ――!」


 抱き上げられたクリスが、びくんびくんと身体を震わせる。

 さすがにそれはまずいので、俺とアリス共に止めに入ったのであった。

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