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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第五章:聖女灰かぶり伝説

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第八十八話:聖女、アン・ブロシア

 クリスが俺たちの部屋に帰ってきたのは、夕暮れ時、俺とアリスがアンと名乗った女性を連れて帰ったあとのことだった。


「ただいまもどりました。マリスさん、アリスさん、何か変わったことはありませんでしたか?」

「ああ、それなんだけど――」


 俺はアンを指し示す。


「お、お久しぶりです。クリスさん……」

「誰かと思えば、貴方でしたか。聖女アン・ブロシア――聖女ぉっ!?」


 今まで見たことのない動揺っぷりをみせるクリスだった。

 背負っていた赤い革の箱を箪笥にしまおうとしていたところを、その姿勢のまま頭ひとつ分は飛び上がったのだ。

 そしてすぐさま振り向くと、頭の後ろにあるリボンから隠しスパイク——やはりまだ持っていたのか——を引き抜き、人差し指と中指の間に挟んで、構える。


「偽装——そう、偽物ではないでしょうねっ!?」

「ううう、みんなそう言うんですけど、本物ですよ〜」

「……間違いないですね。このそこはかとない脱力感、アン・ブロシアさん本人です」

「そ、そんな〜」


 本人は不満げだが、この短時間で疑惑が解けるのなら文句は言えないと思う。


「よかったな。クリスが人違いだと判断していたら、即座に記憶を消した上でほっぽりだしていたところだ」

「ま、マリスさん、舞台だとあんなに綺麗で格好よかったのに、男言葉しゃべっていると怖いんですけどー!」

「記憶云々はさておき、私だってそうしますよ」


 と、ため息をつきながら、クリス。


「あの……ふたりとも、もうちょっと穏便にしましょう」


 そんな俺たちを交互に見やり、困った様子で呟くアリスだった。


「すみません……あまりにもあれな事態になったもので」


 自分を落ち着かせるために深呼吸をして、クリスは自分の椅子に座った。

 ちなみに、俺とアリスとアンは、それぞれベッドに腰掛けている。

 もちろん俺は自分のに、アリスとアンは、アリスのベッドに。


「それでですね……貴方はなにをやっているんですか。聖女アン・ブロシアさん」

「な、なにをやっているといわれても……」

「この状況、なにもしていないなんて、言わせませんよ?」

「た、たしかに、なにもしていないわけじゃないんですけど……」


 縮こまって、聖女アンはそう答える。


「あの、クリスちゃんもそんなに尋問みたいにしなくても」

「あ、ごめんなさい。そのつもりはなかったんですが」

「アン……さんでいいですか? アンさんも、包み隠さずに、すべてをわたしたちに話してください。だって——」


 少し哀しそうに、アリスは続ける。


「わたしたちの名前を知っているってことは、あの試験を見ていたんですよね?」

「は、はい。見ていたというより、参加していた……ですけど」

「では、あの試験内容も、ちゃんとみていたんですね?」

「——はい」


 俯きながらも、聖女アンはそう答えた。


「わたしたちを含めて、みんな、歌と踊りのお稽古を頑張ってきたんです。何日何日も頑張って、聖女を目指すために」

「——はい」

「でも、試験の内容はただの池渡りでした。しかも、飛び石が浮き石になっているものを混ぜてあったものだったんです」

「——そう、でしたね」

「ただの池渡りだったら、それでもよかったんです。普段から練習で鍛えている運動能力をみるとか、色々な言い方があったでしょうし、わたしたちもそう判断できた。でも、実際は、ただの運試しでした」

「わ、私もそう思います……」


 俯いたままであったが、はっきりと聖女アンは答えた。


「きっと、ずっとずっと練習してきた子もいたと思うんです。届くかどうかわからないけど、それでも手を伸ばしていた子もいると思うんです。でも……それを全部。ふるいにかけてしまった。運という、努力ではどうしようもない要素で」

「……はい」

「だから、教えてください。この船団で、いまなにが起きているんですか? どうして聖女であるアンさんが、ここにいるんですか?」

「それは……」


 聖女アンが、顔を上げた。


「ちょっと、その、言いにくくて——」

「でも、それがわからないとわたしたちも対策を練ることが出来ないんです。最悪その——この島を落としてもいいというのなら、話は別ですが」

「お、落とす!? いい話風だったのに、どうして急に物騒な方向になるんですか!?」


 不安げな声を、聖女アンはあげた。

 それはまぁ当然だろう。目の前にいる俺たちが、島を落とすといっているのだから。


「できなくは、ないですよね?」


 と、話を聞いていた——そしてアリスの方向転換に乗った——クリスが俺に同意を求める。


「ええ。最後の最後までその手を使わないでおきたいけど」


 大仰に頷いて、俺。いまのは演技ではなく、本音であった。

 でないと、船団間の問題の火種になりかねないからだ。

 だが、もしこの船団ジェネロウスの奇妙な状況が他の船団——特にクリスの『シトラス』やアステルの『ウィステリア』——に伝播するというのなら、俺は強襲形態の雷光号を上陸させて、島の主要施設を破壊することも厭わぬつもりではあった。


「そ、それはいけません。聖女として止めなければいけないです……!」


 たどたどしくも、声に力を込めて、聖女アンはそう答えた。


「あの、クリスさんにマリスさん」

「なんでしょうか、ブロシアさん」


 クリスが代表して、そう答える。


「い、いまから事情をお話ししますけど、その……絶対に怒らないって、約束していただけますか……?」

「時と場合によります」


 容赦なく斬って捨てるクリスであった。


「ですが、今はいわば非常時。私達が怒ることにブロシアさんが怯えて事情をはなしてくれないのでは、本末転倒です。ですから——多少のことでしたら、我慢します。マリスさんも、それでいいですよね?」

「ええ、もちろん」


 クリスの提案に同意し、小さく頷く俺。

 どうやら聖女アンの方では何かしらの事情があるようだが、よほどばかげた話で無い限りは、それでいいと思うのだ。


「わ、わかりました。ではお話しします……実は——」

「実は?」


 興味深そうに、クリスが相づちを打つ。


「えっと、実は私、双子の妹がいまして……」


 ――あ。この先の展開が読めた。

 思わずアリスを見る。

 アリスも同じ事を思ったのあろう。

 すごく困った様子で、肯定とも否定ともとれない、小さな頷きを返したのであった。

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