第八十五話:我が団の名を作れ!
この島に来てから、俺達の朝は早かった。
「なんか……司令官職を引き継いだばかりの頃を思い出します……!」
島を一周する通りを走りながら、クリスがそういう。
足りない(と本人が思っている)持久力を養うためには走り込みが一番ということではじめたのだが、話を聞くかぎりでは、司令官の職に就きたてのころも、そうやって体力をつけていたらしい。
「船の上だとこういうことができないから、なんか新鮮ですね」
と、アリス。
「雷光号だと少し難しいですね。私の『バスター』なら、甲板の上を数周走ればどうにかなるんですが……って、アリスさんすごく走り慣れていませんか?」
そう。意外なことにアリスは割と持久力があった。
クリスはそろそろ息が乱れはじめているが、アリスの方はまだまだ余裕があるように見える。
「秘訣があったら、教えてください」
「ううん……そういうのは特にないですけど」
「他の者が体験したことがなさそうなものとか、普通の女の子がやったことがなさそうなものとか、そういうのは?」
と、俺。
「あ、それなら……水の入った樽を船から船に移したことでしょうか?」
「大の大人でも音を上げる作業じゃないですかそれっ!」
つくづく思うのだが、アリスと行動を共にするようになって、本当に良かったと思う。
俺もだいぶ救われているが、それ以上の意味で。
「一応訊くけど、複数人で……よね?」
内心おそるおそる訊く俺。
「いえ、ひとりです。なにせ人手がたりなかったもので……さすがに、転がして運ぶ許可は出してくれましたけど」
参考までに言っておくと、水の入った樽は満水時、大人の男3〜4人分の重さがある。
転がして運ぶ許可というのは、樽がある程度傷むのは目を瞑ってくれたと言うことだろう。
「自分の船団に帰ったら、奴隷船の監視をもっと厳しくしなくちゃ……!」
決意を新たにするクリスだった。
俺も、通りがかった怪しい船には、もう少し注意を払おうと思う。
■ ■ ■
「さて、そろそろ第一期の試験が迫っているわけだが……」
朝の自主的な運動が終わった後は、講堂での座学を経て各組ごとの稽古がある。
それが終わった後で、教官は俺達を見回しながらそう言った。
「おまえたち、そろそろ組の名前を決めないとならんな」
「組の名前……?」
と、俺。
「そうだ。おまえたち三人での名前だ。三人が一緒の時での意味合いが強いが、ひとりひとりを表す名前にもなる。だから、心して付けろよ?」
「教官、質問です」
真っ先に、クリスが手を挙げた。
「どうした、クリスタイン」
「命名規則や、使ってはいけない言葉とかはありますか?」
「いい質問だ。まず、規則はとくにない。ただ、他の組は古代語を多用しているようだな」
「古代語……」
思わずそう呟く、俺。
時折耳に挟むのだが、古代語なるものは、俺が封印された後に生まれ、封印から目覚めた頃には廃れてしまった言語らしい。
ただし、文法などはほとんど残っていないものの、単語ではなんらかの理由で残っており、それらをお洒落として着るものの模様や詩などに使っているようであった。
——余談だが、これにより俺が封印されていた期間はひとつの言語が生まれて、それが滅びるまでの期間であったことがわかる。
人間よりも長く生きる魔族とはいえ、その期間はかなり長い。
……いったい、どれだけの時間が過ぎているのだろうか。
「次に使ってはいけない言葉だが、これはもう単純だ。『聖女』『灰かぶり』これらは絶対に使ってはならない。あとはまぁ、常識的な単語を用いることを推奨する」
「刺激的な言葉を使っても、よほどのことがない限り一過性だということですね」
「そういうことだ。クリスタインの分析能力は本当に高いな」
感心した様子で、教官はそう頷いた。
「というわけで、提出は明日だ。一晩ぎりぎりまで使うと寝不足になるから、ほどほどにな」
「あの……あまり時間が無いように感じるんですけど」
アリスが困った様子で抗議の意を伝えるが、教官はどこ吹く風といった様子で、
「なに、こういうのは考えて考えて考え抜いたものより、その場でさっと決めた方が良い名前になりやすいものだ」
なるほど。
説得力はあるが、かなりの無茶を言われている気がする。
「あまり考え詰めず、それでいて適当になりすぎないよう気を遣って、名前を考えるといい。ではな」
そう言って、教官は稽古部屋を後にした。
「えっと……このあとどうします?」
わたしたちの名前を決めるって、どうやればいいのかいまいちわからないんですけど……と、アリス。
「図書館に行きましょう」
クリスが、即座に決断する。
「まぁ、言葉を調べるとしたらそれが妥当ね」
俺もそう頷き、全員で図書館に行くことが決まったのであった。
■ ■ ■
「というわけで——」
閲覧室の机の上に、辞書の類を山と乗せて、クリスは宣言した。
「この中から、それっぽい言葉をみつけていきましょう」
「あの、クリスちゃん。それっぽい言葉って一体……?」
アリスが、引き続き困ったような声を出す。
だが、クリスはそれを意に介さず。
「直感です」
はっきりと、そう言った。
「直感……!?」
「それしか、ないか……」
と、ため息をつきながら俺。
「なにせ、時間がありませんから」
クリスのその判断は、おそらく正しい。
ここは辞書からそれっぽい単語を引っ張り出して並べていき、その中からこれはというものを選んだ方が良いだろう。
「というわけで、私はこの辞書にします。アリスさんはこちらの、マリスさんはこっちので」
「わかりました」
「了解」
こうして、辞書の山と俺達との格闘がはじまった。
「マリスさん、この言葉はどういう意味でしたっけ?」
早速、クリスから質問の手が上がった。
クリスのこの質問の速さ、問題点のへ解決方法を最速で探り当てる能力は、特筆に値すると思う。
「連奏——二種類以上の楽器を同時に奏でる事ね」
「なるほど。私達によく似合う言葉ですね」
早速調べた言葉を書き付けるクリス。
「あのマリスさん」
続いて、アリスも手を挙げる。
「どうした?」
「魔王って古代語でなんていうんですか?」
「規約の隙を突いて危険なことをしないで!」
だが、一応教えておく俺であった。
万が一、同じ意味の言葉に行き当たらないことを防ぐためだ。
そんなこんなで……数時間後。
「だいたい、集まりきった感じでしょうか……」
疲れた様子で、クリスが辞書から顔を上げた。
「私はみっつに絞ったんですけど、みなさんはどうですか?」
「私もそれくらい」
と、俺。こういう候補は数を出すと収拾がつかなくなると知っているからだ。
「え、あ、じゃあわたしもみっつにします!」
大量のメモをあれでもない、これでもないと選びながらアリスがそう言った。
どうも、かなりの数の候補があったらしい。
「では、いいだしっぺの私からです!」
そういって、クリスは書き出したメモを開示した。
『初恋』『連奏』『進撃』
「『初恋』と『連奏』はわかるけど、『進撃』ってなに」
「その場のノリです! ついでにいうと古代語はよくわからなくなってきたので普通の言葉にしました!」
ぐっと握り拳を作って、クリス。
「だろうな……じゃなくて、でしょうね」
俺だって、わからない古語が多い。
「それじゃ次は私からね」
そう言って俺が開示したのは……。
『ダーク』『メタモル』『トライアル』
「それぞれの意味は、『闇』『変化』『試行』ね」
「なんかそこはかとなく物騒ですね」
「でもマリスちゃんらしいです!」
いわれてみると、そうだった。
もっとも俺らしいかどうかは、わからなかったが。
「それでは最後に、わたしですね」
アリスが最後まで厳選した言葉は次の通りだ。
『ロード』『フリート』『ガールズ』
「『領主』『艦隊』『少女』か……」
「それぞれが私達をあらわしているように感じますね」
と、俺とクリス。
「あとはこれを——」
「組み合わせちゃいます?」
「それしかない……か」
クリス、アリスと、うなずき合う。
かくして、夜を徹して熱い議論が勃興した。
あちらが立てばこちらが立たず、よさげなものが出来れば流される。
とにかくなかなか決まらない。
そのうち夜が白みだし……。
「こ、これならどう!?」
そのみっつの単語を並べて、俺はアリスとクリスにそう訊いた。
「こ、これなら——」
十二歳ゆえか、猛烈に眠そうな顔で、クリス。
「いけるとおもいます——!」
同じく眠そうな表情でアリスが親指を立てる。
「よし、それじゃこれで決定! 仮眠をとるわよ!」
「い、異議無し——」
「です……」
俺の決定にアリスが同意し、クリスが、力尽きたようにその場で眠りはじめる。
それを確認して——俺もアリスもしばしの間、眠りについたのであった。




