第八十二話:はじめての共同部屋
「ここが、おまえ達の部屋になる」
教官に案内された部屋は、思っていた以上に広い部屋だった。
白い外見と同じく内部も白く、その中に二段ベッドがふたつと、勉強机がふたつ、空っぽの本棚がふたつ、そして箪笥ふたつが、それぞれ左右対称に設えられている。ベッドとベッドの間は思っていた以上に広く、ひとりかふたりであれば稽古のおさらいをすることが出来そうなくらいであった。
「三人部屋はないので、四人部屋となるが、まちがっても私物を四人目の場所に置いて部屋を広く使おうなどと考えないように」
「期をまたいだ際に、員数が変わるかもしれないから……ですよね」
クリスの言うとおり、試験を受けて合格した際に合格した者同士の合意があれば、今の組——すなわち、俺、アリス、クリスの三人組——の人数を増やしたり減らしたりすることが出来るらしい。
もっとも、今の俺達にとっては意味のないものであったが。
「そうだ。クリスタインはよく勉強しているようだな」
と、教官。
二十代前半とのことだそうだが、鍛え上げられた肉体とその口調から随分と年上に見える。
興味本位で訊いてみると、元々はこの船団の軍に属していたらしい。
『そのまま軍に居たかったのだが——膝に砲弾の破片を受けてしまったな』
それが本人の弁であったが、その身のこなしは間違いなくまだ現役の軍人であった。
「少々手狭に感じるかもしれないが——」
「いえ、充分広いですよ」
と、持っていた荷物を降ろしながら、アリス。
「——そうか。お前たちは船の生活が長いのだな」
「ええ、まぁ……」
曖昧に答える、俺。
何度かの改装を繰り返し大型化してきた雷光号とは言え、各個人の私室は広くはない。
それはなにも私室に限ったことでなく、どこの部屋も必要最低限の広さを追求するようにしてある。
余裕のある部屋は、おそらくクリスの『バスター』か、アステルの『ステラローズ』くらいの大きさがないと無理だろう。
そして、この島でずっとすごしていると、いままで俺達が過ごしていた船の上での生活は、外の生活になるようであった。
——この船団に長い間居ると、それまでの感覚が鈍ってしまうな。
改めて、そう思う。
「だが喜べ。試験に合格するごとにお前たちの部屋はより良い部屋になっていく。それだけを目標とするのはあまり良しとはしないが、動機の補強にはなろう」
なるほど。聖女を目指すという者の中には、今の生活を改善させたいと思いで動くこともあるのか。
それはそれで、立派な目的だと思う。
「それにな、最初からでも船のそれよりずっと快適なものもある。それがなんだかわかるか?」
「船のそれより——」
「ずっと快適——?」
アリスとクリスが、首を傾げた。
俺も、すぐには思いつかない。
なにせ広さ以外は、快適に過ごせるように腐心してきたらだ。
「そうだ。私は大型船ばかりであったから実感が湧かないが、たしか船によってはないものだろう?」
「船によってはない——まさか」
それで思い当たった。
教官が言っているのはおそらく——、
「……そう、風呂だ!」
俺達が息をのむ時間をあえて作るように間を置いて、教官はそう答えを教えてくれた。
だが——。
「まぁ、広くはあるでしょうね」
「……ですよね」
クリスとアリスの返事は、わりとさばさばしたものであった。
それはそうだろう。
雷光号の風呂にまさる設備を備えている風呂があるのなら、俺が見てみたい。
「そ、そうか。どうやらお前たちはあまり風呂にこだわらないのだな」
どうも、今までの候補たちとは違う反応だったのだろう。
肩すかしを食らったかのような顔で、教官はそう呟いた。
——って、ちょっとまってほしい!
「教官、質問ですが」
あることに気付いて、俺はおそるおそるそう訊く。
「どうした、マリウス。やはり風呂の広さが気になるのか?」
確かに気になる。
確かに気になるが——。
それは、なんのための広さかと言うことだ。
「もしや、その風呂は——共用ですか?」
「当たり前だろう。組ごとの入れ替わりでは時間の無駄ではないか。候補全員がいっせいにとは言わないが、だいたい二回くらいにわけて入ってもらうぞ」
「なっ!?」
思わず絶句する、俺。
それはつまりアリスやクリス、そしてまだ顔も見ない他の候補と——
一緒に、風呂に入ると言うことか!?
「でしょうね……」
「ですよね……」
驚愕する俺に対して、クリスとアリスの反応は先ほどと同じくさばさばとしていた。
どうやら、風呂が広いと言われた次点で、そのことに思い当たっていたらしい。
「い、いやまて——じゃない、まって!」
「いったいどうした、マリウス」
「すいません、マリスちゃんって、昔から他の子とお風呂入るのが恥ずかしがるんです」
アリスが、上手く俺の話に合わせてくれる。
だが、教官には通じなかったらしい。
「同性同士だぞ。なにか問題があるのか?」
見た目はそうだが中身は異性だ!
すんでのところで、その言葉を飲み込む。
「マリウス、安心しろ。羞恥心は大事だが、異性は一切この島に入れない。つまりのぞき見する不届きものなど存在しないから気にせず風呂に入ってこい」
「し、しかし」
「そろそろ入浴の時間だ。丁度良いから行ってこい」
「ですが!」
「——マリウス」
教官の眉が、ぴくりとあがる。
「集団生活を乱すのは、あまり感心しないが?」
……くっ!
確かにこれ以上反抗するのは今後のためにもよろしくない。
だがしかし——!
「わかりました。マリスさんには私から言って聞かせますので」
俺の右腕をしっかりと取って、クリスがそう言った。
「わたしもです。お騒がせしてごめんなさい、教官」
俺の左腕をがっしりと取って、アリスもそう言う。
「そうか、ならよい。風呂場の位置はしおりにあるとおりだ。入浴後は夕食になるから、あまり長く湯に浸かりすぎるなよ?」
『はい、ありがとうございました!』
ここ最近の稽古による精かを活かして、ぴったりと呼吸を合わせるアリスとクリスであった。
「……一体どうする気だ」
「マリスちゃん、男の人の言葉になっていますよ」
「……一体どうする気なの?」
「それはもう、決まっています」
掴む手に力を込めて、クリスが続ける。
「他の人を見ずに、私達だけをみていればいいんです」
「まてまてまてまて! ここは体調不良とかでだな——じゃなくて体調不良とかでどう?」
「最初からそれを使っていると、怪しまれますよ?」
アリスが、至極真っ当な意見を言う。
「そうかもしれないけど——」
「大丈夫です。身体を洗うときや頭を洗うとき以外はちゃんと前をタオルで隠しますから!」
「そういう問題じゃないっ!」
「そういう問題ですよ。女の子としてここに来たんです。不自然な動きは怪しまれますから、堂々とお願いします……マリスさん?」
「くっ——!」
覚悟を決めて、俺は女湯に入ることを決意した。
要は、女の裸体を見なければいいわけだ。
ならば、風呂の壁や床をじっくりと見つめ続けてくれよう!
そう決意したのだが——。
「わあっ! マリスちゃんって肌綺麗ですね!」
「まるで生まれたてみたいですね。すべすべです」
「ちょっ、そんなに触らないでっ! 揉むのも禁止! ほら、そこ! タオルがずれてるっ! まるみえになるわよっ!」
結論から言うと、アリスとクリスは至近距離で丸見えだった。
……どうしてこうなった。
どうして、こうなった!




