第八十一話:提督少女で学ぶ聖女灰かぶり伝説
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夜。
城の前には、群衆が集まっており、その熱気でむせかえるほどであった。
普段閲兵式や新年の挨拶に使われる城の前の広場には露天式の舞台が設営されており、その周辺には篝火が焚かれ舞台の上を淡く照らし出している。
そこへ、投光器により舞台が鋭く照らし出された。
静まりかえる——それでいて熱気は上がる——群衆が見守るなか、舞台の奈落(床に空洞を設けて役者を隠したりするそうち)から、ひとりの少女が躍り出る。
『みんなーっ! 今日はあたしのためにあつまってくれてありがとーっ!』
集まった群衆の熱気が、最高潮に達した。
『みんながこうして応援してくれるかぎり、あたしはみんなのことを必ず護ってあげる!』
それに応えるのは、群衆の雄叫びに近い歓声だった。中には感極まって、泣き出すものもいる。
『だから、今日は楽しんでいってね! 最初の曲は——『あたしの彼はみんな民』——!』
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「……とまぁ、このように聖女灰かぶりは自らを信じる民に対し、慰撫の歌声を披露し——どうした、マリウス?」
船団ジェネロウス。その中枢にある島。
朝の練習が終わった後は、座学としてこの島の歴史、そしてこの船団では灰かぶりと呼んでいる古き神の逸話を学ぶ時間であった。
学ぶ時間であったのだが——。
正直、俺にとっては拷問に等しかった。
「いえ、大丈夫です教官。少し立ちくらみを起こしただけですので」
「そうか……では、続けるぞ」
想像してみてほしい。
魔王たるこの俺が、きらびやかな衣裳を着て舞台の上に立ち、群衆の前で歌と踊りを披露するのだ。
かつて封印される前、捕らえたら必ず、
「くっ! 殺せ!」
とかいう女騎士だらけの国があったが、いまなら彼女達の気持ちがよくわかる。
あのときは殺さず国外退去という体で遠国に配流していたものだが、その境遇についてもっと話を聞いておくべきであったと、いまさらながらに思う俺であった。
「マリスちゃん、マリスちゃん……大丈夫ですか?」
アリスの声で、我に返る。
気がつけば座学が終わり、講堂には俺達三人しかいなかった。
「あ、ああ……いえ、大丈夫よ」
地が出そうなところを、すんでのところで食い止める。
突拍子もないだけだったらまだ我慢できるのだが、ときおり俺がしたことを恐ろしい精度で記したものもあり、そのうえで俺が少女になって『再演』されているものだから、たちが悪いことこの上ない。
「大丈夫ですか? もう少し休みますか?」
クリスが、心配そうに訊く。
「いえ、大丈夫。それより、現状と今後の話をしましょう」
「わかりました。それなら……」
久々に見る赤い背負い箱から、クリスが紙の束を取り出す。
なんでも休憩時間中に運営本部に出向き、引き出せるだけの情報を引き出した上でまとめたのだという。
そこは流石、護衛艦隊の司令官であった。
「まず、灰かぶりという名前ですが、これは教義を書き換えたときに付与されたそうです元は——」
「古いおとぎ話、ね」
と、俺。
「ええ。継母と義理の姉達に虐げられていた女の子が、魔法使いにたすけられ舞踏会に出る——という古いおとぎ話から取っているみたいですね。なんでも、名前をあえて無くされた古き神のために、新たな名前を与えるだという方針から付けられたそうです。こういうのを——えっと」
「習合」
「それです。習合と呼ぶそうです。マリウ——マリスさん、詳しいですね」
「昔の話だけど、厄介な宗教国家を滅ぼしたとき、その影響を消すためにそれ以前の宗教を呼び起こす必要があったのよ。そのとき、その古い宗教をそのまま使うのには無理があったから、こっちが知っている現代式の宗教と体制を合わせて布教させたってわけ」
「なるほど、勉強になります……」
クリスが新たにメモを取る。
願わくば、それが活かされるようなことが無ければよいのだが……。
「次に、灰かぶり杯についてです。これは教義が書き換わったときに制定されたもので、四年に一度、現行の教団最高位にして船団最高位『聖女』の座を志願者の中から募るというものです」
「つまり、四年に一度お互いに競い合って一番を決めるということか——ことね」
「そういうことです。審査基準は、歌と踊りということになっていますが、それ以外にも容姿、気品などを細かい裏基準があるみたいですね」
「でも、なんで歌と踊りなんでしょう?」
アリスが、疑問を投げかける。
「それは多分、さきほどの座学にあったとおり、灰かぶりが歌と踊りを得意としていたからだろう……でしょう」
と、俺。灰かぶり杯を作るために歌と踊りを得意としたのか、歌と踊りが得意であったから灰かぶり杯を作ったのか、どちらが正解かはわからなかったが、今は置いておく。
「それがなにかしらの意図を含んでいるのかどうかは、追って調査してみます。そして最後ですが……私達の今後の方針をまとめます。私達はこれから座学、稽古を繰り返し、そのあと試験を受けます。ここで合格するともう一度座学、稽古——となり、これを四回繰り返すそうです」
「四回、か……」
思っていた以上に、長そうだった。
「ですが、第三期——座学、稽古、試験までを一期と呼ぶので、これの三回目が第三期ということになります——になると、聖女が参加するようになるそうです。そこでうまく接触して——」
「承認印をもらえばいいわけですね」
アリスが、力強く頷く。
「はい。その後は棄権すればよろしいかと」
「それが一番だな……一番ね」
俺も強く頷く。
一国も早く、この状況から抜けなければならない。
でないと、女言葉が抜けなくなりそうで、色々と怖かった。
「では、この方針で——」
と、クリスがまとめかけたときである。
「ああ、お前たちこんなところにいたのか」
稽古を担当している教官が、ひょっこりと講堂に顔を出していた。
「通達が遅れていたが、基礎課程が修了したので、お前たちは明日から共同宿舎で寝起きしてもらうことになる。今のうちに船に戻って、荷物をまとめておくように」
『えっ!?』
日頃の稽古の賜物か、俺達の声が綺麗に重なった。
それはつまり、人形ごしとはいえ、俺がアリスやクリス、そして他の候補者達と寝食を共にするということ——か!?
「返事はどうした?」
『は、はいっ!』
再び、三人の声が重なる。
これは相当に——厄介なことになりそうであった。




