第八十話:どうしてこうなった!
「1・2・3・4! 1・2・3・4!」
稽古場の中を、指導員の声が響く。
「ユーグレミア、足運びだけのことを考えるな! 全身の動きを考えないからもつれるんだ!」
「は、はい!」
「クリスタイン! いまユーグレミアと衝突しかけたぞ。もっと周りを見ろ!」
「わかりました!」
「マリウス、リズムに対する動作がコンマ数秒遅れている! ひとりよがりになるな!」
「はいっ——あっ」
返事ついでに、足がもつれた。
その拍子に、俺は後ろに倒れ込む。
「大丈夫ですか、マリスちゃん!」
即座にアリスが駆け寄り、助け起こしてくれた。
「ありがとう、アリス」
「いえいえ、どういたしまして」
そこへ、つかつかと指導員が歩み寄る。
「大事はないか、マリウス」
「はい。大丈夫です。捻っていたり痛めていたりはしていません」
「そうか……いったん休憩する。各自体調を整えておけ!」
『ありがとうございましたっ!』
俺達三人の声が、同時に響いた。
■ ■ ■
事の次第は、入港する直前にさかのぼる。
『船が増えてきた。そろそろ次の船団じゃね?』
雷光号の船内に、二五九六番の声が響いた。
「船団ジェネロウスですね。確かに距離から計算するとそろそろです」
クリスがそう答える。
「ほら、みえましたよ。あれです」
皆で、操縦室正面に表示される映像を眺める。
「中枢船——大きいですね」
アリスが、感嘆の声を上げた。
「いえ、あれは島です。船団ジェネロウスは、珍しく島を持っている船団なんです」
「ほう!」
俄然興味を抱く俺だった。
「島だったんですね。わたし、すごく大きい中枢船にしかみえませんでした」
アリスがそういうのも無理はない。
その島は、無数の白い長方形の建物に覆われていたのだ。
その様子は、まるで島そのものを白い煉瓦に覆っているようで、遠くから見ると中枢船、ある程度近寄っても巨大なひとつの建造物に見えてしまうだろう。
「島に何か、あるんでしょうか」
「かもしれないな……」
島をすっぽりと建物群で覆う理由となると、そういったものがすぐに思いついてしまうのは、もはや魔王としての職業病だろうか。
仮にそうだとすれば、アリスはだいぶ俺寄りの考え方になってしまっているようである。
「ところで、前から気になっていたんだが、ジェネロウスとはどのような船団なのだ?」
前に訪れていた船団ウィステリアで、俺は何度かジェネロウスの話をアステルやミニス王から聞いていた。
特にミニス王は何かを掴んでいたらしく、船団ジェネロウスには気をつけよと何度か忠告してくれたほどだ。
「そうですね……一言でいうと、宗教船団です」
「宗教か!」
俺はうめく。
封印される前から、それらに頭を悩ませてきたからだ。
信仰は、強い。
良い意味でも、悪い意味でも。
「それで、なにを信仰している?」
「そ、それは……その」
珍しく、クリスが言いよどんだ。
「どうした? クリス」
「あの、いままで黙っていて申し訳ないと思うんですが……」
「別に気にしない。アリス?」
「もちろん、わたしもです。でも、どうして内緒にしていたんですか?」
「それは……アステルさん達に、マリウス艦長の正体を知られたくなかったらからです」
ちょっとまて。
「ということは、ジェネロウスで信仰されているのは——」
嫌な予感に髪を逆立てながら、俺はおそるおそる訊く。
「はい……古き神、つまりマリウス艦長です」
「ぐぁっ……!」
思わず、変な声が出てしまった。
「ごめんなさい、マリウス艦長。ウィステリアでいうとアステルさん達に気付かれてしまいそうでしたので……」
「いや、いい。それであっている」
勘の良いアステルのことだ。俺が今みたいな声を上げたら疑問に思うだろうし、そこから真相に至ることもあっただろう。
「つまり、この先は俺を少女として崇めたてまつっているわけか……」
「ええ。ですから、滞在するのは少し辛いかもしれません、さっさと用件を済ませて次の船団に行きましょう」
「ああ、そうだな……!」
だが、そうはならなかった。
そうは、ならなかったのだ。
□ □ □
「は——? 男性は上陸禁止?」
「はい」
中枢船の桟橋に雷光号を停泊させて、上陸しようとしたまさにその矢先、俺たちは女性兵の集団に槍の穂先を向けられていた。
正確には、俺だけが槍衾の対象になっていた。
「こ、これはどういうことですか!?」
即座にクリスが食ってかかる。
しかし俺達に槍を向けた女性兵の隊長は顔色を変えず、
「どうもこうも、そのように規則が変わりましたので」
「またですか……!」
「また?」
「いえ、こちらの話です。それで、なぜ男性が上陸禁止になったのですか? そちらの教義に、そのような記述はなかったはずですが」
さすがはクリス。この船団の根幹をなす教義について、あるていど勉強してきているらしい。
だが——。
「それはもはや過去のことです。教義そのものが書き換えられましたから」
「はい——!?」
クリスが目を丸くさせた。俺も、内心では驚いている。
なぜなら、教義の書き換えなど滅多にないことだからだ。
たとえば封印される前、ひとつの国を落としたときその国内で布教されていた宗教を別のものに置き換えるのに、約十年ほどの月日を費やしている。
それだけ、教義を書き換えるのは大変なのだが……。
「あの、わたし達は雷光号の艦長、マリウスさんの『海賊狩り』の許可をいただきたいだけなんです。それをいただくことだけでも、お許しになってくれませんか?」
アリスが、そう折衷案を出した。
「でしたら、代理の方を出して下さい。もちろん、女性の代理人ですが」
「秘書官であるわたしではいけませんか?」
「いけません。貴方は秘書官であり代理人ではありませんから。代理人は、あくまで申請者の親族、それも女性に限ります。もし現在それに該当する代理人がいらっしゃらないのなら、直ちに出航して出直してきてください」
「そんな……」
普段は温厚なアリスすら、悔しそうに絶句する。
そんなこと、無理だとわかっているからだ。
だが——。
だが、そこで俺はあることを思いだした。
「わかりました。船室に姪がおります。人前にでるのを恥ずかしがるため今回船に残すつもりでしたが、本人を説得し代理人にしようと思います」
「それなら結構です」
「ですが、説得に時間がかかります。半日ほど、お時間をいただけますか?」
「かまいません。ただし、上陸するそぶりをみせたら直ちに逮捕致しますので、そのおつもりで」
そういうことになった。
「ま、マリウスさん?」
「代理人にあてがあるってどういうことですか?」
女性兵の部隊が去って行く——一部は残って俺達を監視しているが——のを確認してから船室に戻る俺に、アリスとクリスがかわりばんこに訊いてきた。
「なに、ヘレナに渡された積み荷に、不可解なものがあってな」
「ヘレナ司書長が?」
クリスが、怪訝な声を上げる。
「ああ。だが、それを積んだ理由がやっと納得できた。これのためだったんだろう」
そう言って俺は、船室のひとつ下にある倉庫の扉を開いた。その奥にあるのは——。
「前に耳掻きの講習で使った、お人形ですね」
「ああ、そうだ。これを使う」
アリスとクリスを象った、人形である。
髪型はクリス、髪の色はアリス、背の高さはアリスで体つきはクリスと複雑な構造をしているが、どうやらさらに一手間加えなければならないらしい。
「使うって、どうやってですか?」
「こうやってだ。見ていろ……」
ふ。
ふは。
ふはは!
ふはははっ! ふはははは!
お久しぶりです! ハーッハッハッハァ!
□ □ □
——翌朝。
「貴方が、代理人ですか?」
「はい。マリス・マリウスと申します。以後よろしくお願い致します」
俺は、ぺこりと頭を下げる。
ここまでくればわかると思うが、俺自身が頭を下げたわけではない。雷光号の船室に残っている俺が、改造を施した『人形』を操作しているのであった。
その人形も、操作のためだけに改造を施したわけではない。
俺の親族に見えるように、多少の改変を施している。
具体的にいうと、髪型はクリス、髪の色は俺、背の高さはアリスで体つきはクリス、そして顔つきはふたりの要素に加えて俺の要素も混ぜてあった。
「わかりました。それではあなた方の上陸を許可致します」
「ではさっそく、上層部に取り次ぎを——」
「なりません」
行動を開始しようとしたクリスであったが、すぐさま止められる。
「なぜですか。私は船団シトラスの——」
「なんびとたりとも、聖女さまにお目にかかることは出来ません。この時期は——灰かぶり杯がありますので」
「灰——」
「かぶり——」
「杯——?」
俺、アリス、クリスがそれぞれその得体の知れない名前を口にする。
「ええ、聖女さまを含む、この島にいる有志が歌と踊りを競い合い、頂点を目指すお祭りです! だれがかの古き神、灰かぶりにもっとも近いのか、それを競う祭典なんですよ!」
「え、え、まってください。私達もそれに参加しないといけないんですか?」
「別に構いませんが、聖女さまに謁見されたいのなら参加することをお勧めします。でないと、次に謁見できるのは灰かぶり杯が終わったあと、聖女さまが連覇されるか、新しい聖女さまが即位されたあとになりますので」
つまり、灰かぶり杯なるものに参加しなければ、聖女とやらに会えず延々と待たされるらしい。
「それで、あなた方はどうされますか?」
俺は、アリス、クリスと顔を見回せる。
どうやら、選択肢はひとつしかなさそうだった。
■ ■ ■
「よし、やめ!」
指導員の号令で、俺達はぴたりと動きを止める。
「だいぶ動作が合うようになってきたな。次の教練までに各自指定された点の改善にいそしむように。解散!」
『ありがとうございました!』
俺たち三人の声がぴったりと重なる。
「思っていた以上に、大変ですね……」
頬からしたたる汗をタオルでぬぐいながら、クリスがそう呟いた。
「でも、なんだか身体をここまで動かすのが久しぶりで楽しいです」
弾んだ呼吸を整えながら、アリスがそう言う。
「マリウ——マリスちゃんは、どうですか?」
「そうだな……いや、そうね——」
怪しまれないようわざわざ実装した発汗機能に悩まされながら、俺は答える。
「これなら、待っていた方がよかったわ……!」
本当に、どうしてこうなった……。
どうしてこうなった……!
■今日のNGシーン
「なんびとたりとも、聖女さまにお目にかかることは出来ません。この時期は——ガンダ◯ファイトがありますので」
「ガン——」
「◯ム——」
「ファイト——?」
俺、アリス、クリスがそれぞれその得体の知れない名前を口にする。
「ええ、聖女さまを含む、この島にいる有志が船団の覇権を懸けて、四年に一度ガ◯ダムの名を冠するモビルファイターを駆り、船団をリングに戦う武闘大会なのであります! そして、戦って! 戦って! 戦い抜いて! 最後まで勝ち残った者が『◯ンダム・ザ・ガンダ◯』の栄光を手にすることが出来るのです!
それでは! ガンダムファイトッ! レディィィ——ゴォォォォォ!」
「おい、最後伏せ字がはずれているぞ」




