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第八話:おおいなる遺産

『目視距離に入るぜ』


 二五九六番が、静かにそう言った。

 ほぼ同時に、船内から重低音が響く。

 この振動は知っている。砲弾を装填した音だ。


『見えた。多分こっちも見えてんぞ』

「アリス、相手が交易できそうな相手かわかるか?」

「ごめんなさい、この距離だとちょっと」

「そうか。なら——」


 魔力を編み上げ、小鳥型の仮装生物を作る。

 前にあの名状しがたい魚と釣った時と違い、今度は発光させない。

 用途は疑似餌ではなく、偵察用だからだ。

 甲板への扉を開け、放つ。

 視覚は俺と、二五九六番とに同期してある。

 現に操縦室には、二五九六番の視覚情報と仮装生物の視覚情報とが同時に映っている。


 アリスが祈っている。

 それは、何に対する祈りだろうか。

 そして、どのような祈りなのだろうか。


「だいぶ近づいたぞ。これならどうだ」


 俺の言葉に、アリスは弾かれたように祈るのをやめ、正面の映像——二五九六番と仮装生物から映し出された視覚情報を、食い入るように見つめる。


『向こうさん、慌ててんな』

「それはそうだろう。商船に似せたつもりはないからな」


 元は変異した機動甲冑、現状はアリス曰く海賊船だが、武装などを隠す仕組みはまだ搭載していない。

 機動甲冑である意匠は相手に敵意を持たれるだけなので可能な限り消去したが、砲塔などはそのままだ。

 故に、相手にはどこかの船団の軍艦、あるいはアリスの言う人を襲う船に見えるだろう。

 さて、相手は——。


「——商船です」


 どこかほっとした様子で、アリスはそう言った。


「まず大規模な武装が見られません。次に自衛用の大砲の準備ではなく、発光信号の用意をしています。軍艦とかでしたら、その順序が逆ですから。——発光信号、来ます」


 アリスの言う通り、発光信号が来た。人間は魔法が使えないから、何かしらの手段で光らせているのだろう。

 さて、発光信号は解読できるだろうか——。


「オマエ、コシヲフル、トメル——!?」

「違いますっ! 『貴船に告ぐ、停船せよ』です! 続きも来ています『停船のち、目的を報せ』まずは止めてください」

「わかった。二五九六番、停止」

『あいよ』

「アリス、ここに発光信号装置がある。俺では訛りがひどいようだから、代わりに返信してくれないか」

「わかりました。『当船の攻撃の意図なし。交易を求む』でいいですね」

「ああ、それでいい」

「わかりました。返信します。あと、砲塔を相手の船の反対方向に向けてください。攻撃はしないという意思表示になりますから」

「聞いていたな、二五九六番」

『あいよ、やっとく。相手に武器を向けないなんて、はじめてだぜ』


 船の武装が動く中、アリスは信号発光装置を打ち込む。その動きは、なかなか様になっていた。


「これ、すごく軽いですね」


 引き金式って、もっと重いものだった気がしますけど。と、アリス。


「それは機械式だからだろう。俺のは魔——特別製だからな」


 魔法式といってもいいのだが、ややこしくなりそうなのでそう答えておく。


「たぶん、これだと女性でも楽に扱えると思いますよ——返信来ました。『そのままゆっくり進め。我々は貴船との交易を歓迎する』……うまくいきました!」

「よくやった」


 実を言うと敵対してくれた方が、対応ははるかに楽だったのだが、それは黙っておく。


「次は、俺の番か」


 操縦席からゆっくりと立ち上がって、俺。

 既に変装の準備も出来ているし、商品の干し魚も、一夜干し状態だが売り物として出せる。


「高笑いしたら、駄目ですからね」

「アリス、貴様俺をなんだと思っている」


 これでも大陸をひとつ手中に収め、人間の国へ次々と侵攻していった魔王なのだ。

 商売のひとつやふたつ、できないでなんとする。



 ■ ■ ■



「疲れた……」

 くつろぐために作った長椅子にぐったりと倒れ込んで、俺はそう呟いてしまった。

「お疲れ様です。マリウスさん。商売、大成功だったじゃないですか」

「商品が、良かっただけだ……」


 前言を撤回する。

 やってみてわかったが、俺は商売に向いていない。

 これが戦であれば、最適解を導き出し、速やかに兵を動かして相手を殲滅する。それだけで良い。

 相手が降伏するというのならともかく、まっすぐぶつかるというのならば手加減など愚の骨頂、迅速な相手の殲滅こそ、戦でもっとも必要とされるものだろう。

 だが、商売は違う。

 まず大きな経済という金銭の動きを妨げてはならない。そしてその流れの中で適正な品質のものを適正な価格で、適正な量を適正な時間で提供する。

 口にするのは簡単だが、実行するのは困難を極めた。

 そういえば、封印される前は機動甲冑の新型を作る度に、経理を担当するものと激しい口論を繰り広げていたのを思い出す。あの時の彼らも、さきほどまでの俺のように苦労していたのだろう。


「それで、報酬は全部貨幣に?」

「ああ。一番流通していて信頼できるものにしてもらった」


 価値があってかさばるものの重さがほとんど無い紙幣も進められたが、本位となる貴金属が使われていなかったので遠慮させてもらった。

 ついでにいうと貨幣も受け取る瞬間、相手の船に横付けにしてある二五九六番から走査させ、その成分を確認させている。変に安い金属であれば、即座に砲撃するつもりであったが、相手もまっとうなる商売人であったのだろう。例の干し魚にみあう報酬をしっかりと払ってくれていた。

 しかし、本当に高級魚であったのか、あの魚……。例のおぞましい触手など、綺麗に残っているという理由で信じられない量の報酬がはずまれている。味が良いのは体験済みだったが、本当に高級魚だったのは驚きだった。

 閑話休題。


「これが、今の貨幣か?」

「一番信用されている古銭ですね。金の含有率が多いわけではないんですけど、とにかく摩耗に強いので」

「ほう」


  古銭を手に取ってみる。

 そこで、はじめて気がついた。


「これは——」

『オイラ達の装甲板に使われている素材と似てるな』


 二五九六番のいうこともかなり重要であったが、それよりも気になったのは、コイン表面に浮き彫りにされた肖像の方だった。

 簡略化されているが、その横顔は見間違えようもない。


「——アリス」

「は、はいっ」


 その少し怯えたような返事で、アリス。

 一瞬漏らしてしまった殺気を感じ取ってしまったのだろう。悪いことをしたとは思うが、今は確認を取り合い。


「教えてくれ。こいつは誰だ」

「えっと、伝承上の人物なんですけど……」

 本当に古い貨幣なので、諸説あるんですが——と、アリスは断りを入れる。

「古き神を封印した、天の使いだそうです」


 ふ。

 ふは。


 ——古き神を封印した、天の使い!


 ふははは。

 ふはははは!


 ——この俺を封印した、あの忌々しい勇者が!


 フハハハハハ! ハーッハッハッハァ!


「礼を言おう。今後の目標が決まった」


 古銭を握りしめて、俺は言う。

 まずはこの古銭で色々と足りないものを補うのが先だろう。だが、その後の予定は正直曖昧なままだった。

 だが。


「この貨幣の由来を、調べる。いいな?」

「は、はい!」


 あの忌々しい勇者が天の使いなどと言われるのはわかる。それは勝者の特権だろう。

 だが、この俺を古き神とは!

 よりによって魔王を神扱いするとは、屈辱の極みだった。

■今回のNGシーン


「教えてくれ。こいつは誰だ」

「えっと、伝承上の人物なんですけど……」

 本当に古い貨幣なので、諸説あるんですが——と、アリスは断りを入れる。

「マヒシュマティ王国の王、バーフ◯リです」

「バー◯バリ」

「王を称えよ!」

「バ◯フバリ! バー◯バリ! バーフ◯リ!」

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[一言] 「マヒシュマティ王国の王、バーフ◯リです」 これを読んだ後、私は真剣に笑いを抑えることができません。 インドからのご挨拶
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