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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第四章:提督令嬢、颯爽登場!

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第七十九話:提督令嬢の餞別

「いよいよ、明日で出航されるんですね……」


 雷光号(らいこうごう)の船室。皆の集まる居間の部分で、アステルは名残惜しそうにそう呟いた。


「アステルさんから見ればそうかもしれませんが、私達から見ればかなりの長逗留ですよ、これ」


 アリスが淹れた茶を飲みながら、クリスがそう指摘する。


「いろいろなこと、ありましたもんね」


 アステルが持ち込んだ菓子――果物の糖蜜漬け――を切り分けて皆に配りながら、アリスがそういった。


「だが、いつまでもこの船団にいるわけにはいかないからな……」


 俺の一言に場が静まりかえる。

 それは気まずくなったとか、寂しくなったとかではなく、それぞれがそれぞれの思い出に浸ってるためであった。

 それは、悪いことではないと思う。


「あ、そうですわ。明日の出航までに用意するものがございましたの」


 こうしてはいられませんわ! とアステルが席を立つ。


「別にそういうのはかまわないぞ。気持ちだけで十分だ」

「そうは参りません。わたくし自身も、いろいろと恩を受けましたわ。それはちゃんと、感謝として形にしなければ」

「……なるほどな」


 それもまた、感謝の形であろう。

 そんなわけで、アステルは俺たちへ優雅に一礼すると、中枢船へと帰って行った。


「変わりましたね、アステルさんも」


 クリスがそんなことを言う。


「具体的には?」


 俺がそう訊くと、クリスは思い起こすように一度目を閉じて、


「そうですね……全体的に、よく笑うようになったと思います。あと、周りのことをよく見るようになったところでしょうか」


 ……ふ。


「アステルさんも、そう思っているかもしれませんよ」


 俺と同じ感想を抱いたのだろう。アリスがそう指摘した。


「えっ、それってどういうことですか?」

「さてな」


 首をかしげるアリスに、俺は片目を瞑る。


「どうやら、似たもの同士というのは、お互い気付きにくいものらしいな」

「マリウスさんも、ですよね?」

「な、なに!?」




 ■ ■ ■




「……名残惜しいですわね」

「……私もです」


 中枢船の港湾部。出航準備を整えた雷光号のを見送りに、アステルはやってきた。

 アステルだけではない。救急搬送を行ったときの新米夫婦とその子供、雷光号に同乗した医務局員、そして意外なことにミニス王までもがチクロ元帥を伴って来てくれていた。


「こちら、マリウス艦長に」

「ほぅ……これは」


 渡されたのは、装飾が施された短剣であった。

 基本的に儀礼用のようだが、ある程度の戦闘にも耐えられる造りをしているのが、持ってみただけでわかる。


「ありがたく、頂戴する」

「喜んでいただけたようで、嬉しいですわ。そしてこちらは、クリスさんとアリスさんに――」

「ありがとうございます。アステルさん」


 アステルが、クリスに大きな紙袋をふたつ手渡した。

 クリスはそれを受け取り、気を利かせたアリスがクリスから受け取って、船室に運び込む。


「模擬戦、うやむやになってしまいましたわね」

「アステルさんの不戦勝でいいですよ」

「あら、それならクリスさんの方がその資格をお持ちでしょう」

「いいえ。私ではなくマリウス艦長ですよ」

「――それもそうですわね。では、引き分けのままに致しましょう。今度お会いしたときに、続きをするということで」

「ええ。それでお願いします!」


 船団シトラスの護衛艦隊司令官と、船団ウィステリアの海軍艦隊司令官が、がっちりと握手を交わす。


「……ふむ、よいものを見ることができたな? (だい)ステラローズ」

「仰せの通りで」


 それを見ていたミニス王がそう呟き、チクロ元帥が頷いて答える。


「マリウス男爵よ」

「ははっ!」

「航海の無事を祈る」

「ありがとうございます」

「重ねて言うが、船団ジェネロウスに気をつけよ」

「御意に!」

「大ステラローズ、そなたからはなにかないのか?」

「いえ、陛下のお言葉のみで充分かと」

「で、あるか」


 満足そうに頷いて、ミニス王は一歩下がった。

 もう、話すことはないという意思表示だろう。


「あの……マリウス男爵」


 そこで控えめに話しかけたのは、俺達が緊急搬送した新米の母親であった。その腕の中には、すやすやと眠る赤子がいて、隣を夫が支えている。


「もう、立ってもよいのですか?」

「ええ、おかげさまで。何もお返しすることができませんが、せめてお見送りを……と」

「それだけでも、嬉しいですよ」

「そう言っていただけると――あ」


 そこで赤子が目を覚ました。

 彼女は俺を見上げると、にっこりと笑う。


「ふふ……名付け親とわかっているんですね、ヴィネットは――」

「そうなのかも、しれませんね」


 正直、あの方と同じ名前をつけておかげで少し背中がこそばゆい。


「どうか娘さん共々健やかに」

「はい。マリウス男爵も……」


 一礼する新米の母親に、俺は一礼し、身を翻した。

 既にアリス、クリスが乗船している雷光号へと。


『それじゃーなー!』


 二五九六番の声が響き、雷光号はゆっくりと桟橋を離れていった。

 俺とアリス、クリスは甲板に残って、手を振る皆に振り返す。


「クリスさーん! アリスさーん! わたくしが贈ったもので――」


 腕を大きく振りながら、アステルが大きな声で続ける。


「マリウス大佐を、ものにするんですのよー!」

「な、なにをいっているんですかー!」

「な、なにをいっているんですかー!」


 どっと笑う一同を背景に、クリスとアリスが、ほぼ同時にそう叫んだ。




 ■ ■ ■




「まったくもう!」


 船室の居間部分――各自の私室のと操縦室の間にある広い部屋。食事やくつろぐときに皆が良く集まる——で、クリスは少しむくれていた。


「もしかすると、わたしとクリスちゃんとマリウスさんって、そういう風に見えているのでしょうか……?」

「えっ」

「えっ」


 俺とクリスの声が、ほぼ重なる。


「——すいません。いまのは、なしで」


 少し赤くなって、アリスはそう訂正した。


「で、ですよね!」

「ああ……そうだな!」


 なんとなく、気まずくなる俺達であった。

 というかそれだと、俺が少女ふたりを侍られているようであり、外聞上きわめてよろしくない。

 いや、魔王としては正しい姿なのかもしれないが。

 念のため言っておくと、封印される前は俺の周囲に女っ気などほとんど無く、良く配下からお世継ぎのためにも——とせっつかれたものだった。


「ま、まぁアステルさんも別の意味で言ったのかもしれないですし……」

「他の意味だと占領しろとかそういう意味になりそうなんだが」

「アステルさん的にないとは言えないところが怖いですね」

「あはは……」


 ありえると思ったのだろう。困った顔で笑うアリスであった。


「あ、アステルさんにもらった紙袋に小さいお手紙がついています」

「私のにもありますね」


 自分の分を確認しながら、クリス。


「内容はなんなんだ?」

「えっとですね……『普段着と寝間着を使い分けて、マリウス大佐を悩殺! ですのよ!』だそうです」

「こっちにも同じ事が書いてあります! やっぱりそういう意味でしたか……!」


 手紙を勢いよくテーブルに置き、顔を赤くするクリスであった。


「どうやら……普段着として使う水着と、寝間着が一緒に入っているみたいですね」


 紙袋をのぞき込みながら、アリスが言う。


「とりあえず、着てみましょうか。クリスちゃん?」

「そうですね……奇跡的にまっとうな意匠かもしれませんし。でもひとりでへんな格好になったらいやなので一緒に着替えませんか?」

「じゃあ、わたしの部屋に行きましょう」


 こうして、俺ひとりが取り残された。

 アリスとクリスにも、武器のひとつでも贈れば良かったのにと、思わずにはいられない。

 やがて——。


「な、なんなんですかこれはーっ!」


 アリスの部屋から、クリスの怒声が響いてきた。


「うわぁ……すごい……」

「こんなの着られませんよ! ひとりのときならともかく、マリウス艦長にはとてもじゃないけどみせれられませんっ!」

「まってください、クリスちゃん。これとこれを組み合わせれば――」

「う……それならまぁ、ましかもしれないですけれど」

「きっとアステルさんも、そうやってマリウスさんにみせてあげようって意味を込めたんですよ」

「それは絶対違うと思いますが――」

「とりあえず、着てみましょう」

「ですね……」


 ……。

 ふ?

 ふは?

 ふはは?

 なんかちょっと不安なんだが?


 そんな俺の懸念をよそに、アリスの部屋の扉が、ゆっくりと開いた。


「ど、どうでしょうか? マリウスさん……」

「……逆に聞いてすまないが、どう言ってほしい?」

「え、ええっと——」


 アリスが困ったように同じ格好のクリスを見る。


「一言でいえば、破廉恥(はれんち)ですよね」

「それが一番、近い……だろうな」


 結論から言うと、アリスとクリスはアステルからもらった水着を着込んだ上で、同じくアステルから贈られた寝間着を着用していた。

 どうして寝間着の下に水着を着込んでいるのがわかったのか。

 それは、寝間着が全体的に透けていたからだ。

 そして水着だが——たいへん大胆な意匠であった。

 本来上下に分かれているはずの水着を下だけ着用し、腰の部分を両肩まで引っ張り上げている——そう言えばいいのだろうか。

 肩まで上げたお陰で胸が布地によって隠れているというわけではなく、たまたま布地の通り道に胸があったと言うべきだろう。そんな水着であった。


「おそるべきところは、まったくこぼれる様子がないと言うことだな」


 おそらく、ふたりのドレスを作ったときに念入りに採寸していたのだろう。

 そういう意味では、アステルの手腕は見事ではある。

 だが——。


「じゃあ、重ね着すればどうにか普段使い出来ると言うことで……」

「「ないない。それはない」」


 完全無欠にぴったりとあった呼吸で、

 俺とクリスは同時に否定したのであった。



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