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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第四章:提督令嬢、颯爽登場!

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第七十八話:魔王と、身に余る栄誉

「論旨勲功である」


 船団ウィステリア最上層、宮廷。

 その大広間で、ミニス王は厳かにそう宣言した。


「マリウス(きょう)、前に」

「はっ……!」


 先日の急患搬送で報償がある故参内せよとのことであったが、正直大仰に過ぎるような気がする。

 これでは、まるで叙勲の式典ではないか。


「叙勲。此度の働きを認め、(けい)に男爵位を授ける」


 叙勲の式典であった。


「おまちください」

「不服であるか?」

「とんでもない。ですが、私には過ぎた身分かと」

「船団シトラスは大佐の地位を与えたではないか。それに相応するのは、こちらでは男爵位となるのだが」

「ですが……」

「こちらでは、大佐となるには最低でも男爵位が必要なのだ。受け取られよ、マリウス大佐」


 ミニス王の隣に控えていたアステルの父、チクロ元帥が重い口調でそういった。


(だい)ステラローズの言うとおりである。それに安心せよ、すでにシトラスのクリスタイン公とは話が付いておる」


 横目で、他船団の貴族――自身は平民なのだが、司令官に相当する爵位として公爵扱い――として参列しているクリスを見ると、ぷいと視線をそらされた。

 おそらく、俺が事前に知った場合強硬に辞退すると危惧したのではないだろうか。

 ならば……。


「――わかりました。謹んで、拝命いたします」


 頭を垂れて、受領することにする。

 チクロ元帥だけの思惑であるなら辞退するところであったが、おそらくアステル、そしてクリスの考えがあるのだろう。

 それに、ミニス王の面目を潰したくもなかった。


「そうか、そうか」


 どうやら、政治的なものだけでなく、本人の意向もあったらしい。

 ミニス王は、満足そうに笑顔を浮かべた。


「それは重畳である。――爵位では、足りぬのかもしれぬが」

「充分に、身に余る光栄です」

「で、あるか? そなたには、王の資質を感じるのだが」

「それは……」


 お戯れを。そう言いたかったが、ミニス王の眼は真剣であった。


「お褒めにあずかり、ありがとうございます。陛下」

「うむ。そなたは『海賊狩り』の承認を受ける旅の途中故、忠勤に励めとはいえぬが――何かあったときはこの船団を頼るがよい」

「ありがたき、お言葉です……」

「なお、アリス少尉とニーゴ兵曹長には騎士叙勲をもって報償とする。マリウス男爵に配下の者がいなくては示しがつかぬからな」

「えっ!?」

「マジで!?」


 予想外だったのだろう。後ろで控えていたアリスとニーゴが、そんな声を漏らす。

 本来中枢船に入れないニーゴも呼ぶというから何事かと思ったら、そういうことだったか……。


「ふたりに代わりまして、重ね重ね御礼申し上げます」

「で、あるか……予言しよう。卿はこの後、いまよりさらに身に余る栄誉を受けるであろうよ」

「それは、どういう……?」

「すぐにわかる」


 はじめてみる悪戯っぽい表情を浮かべて、ミニス王はそう締めくくった。




 ■ ■ ■




「ありがとうございました……! 本当に、ありがとうございました!」

「ああ――いや……」


 中枢船上層、医務局。

 患者の見舞い時に各種手続きを行う待合室で、俺たちはひとりの青年にひたすら感謝されていた。

 なんでも、変形した雷光号で直接搬送したあの妊婦の夫で、普段は中枢船に務めているのだという。

 それ故あのときは中枢船で祈ることしかできず、忸怩(じくじ)たる思いを抱いていたそうなのだが……。


「それでも、妻と子の命を救ってくれたのは、あなたです。あなたと、あなたの船がなければ決して助からなかった命なんです!」


 俺たちが送った情報を中枢船の医務局を経由して聞いたとき、これはもう助からないと絶望したらしい。それでも諦めない俺たちに一縷(いちる)の望みを託していたそうだ。


「だから……本当に、ありがとうございましたっ!」


 これが、ミニス王が言っていた身に余る栄誉というものだろう。


「それと妻が是非お会いしたいと――」

「もう具合がよろしいんですか?」


 隣で話を聞いていたアリスが、そう訊いてくれる。


「ええ、もう命に別状はないようです」

「それならば……」


 大人数で迷惑かもしれないが、俺、アリス、クリス、ニーゴでぞろぞろと病室にお邪魔することになった。

 病室には、あのときの妊婦――いや、新米の母親か――の寝台と、小さな寝台が用意されており、その上には――。


「わあっ……!」


 アリスが、小さな声で歓声を上げた。

 眠っている新生児を起こさないように、配慮したのだ。

 クリスも、無言ながら興味津々といった様子で、ちいさな命を見つめる。


「かわいい……」

「ですね……」


 母性を刺激されているのだろうか。

 ふたりとも、新生児に目が釘付けであった。

 そんな中、新米の母親が俺を見上げて問う。


「あなたが、あの船の船長でしょうか……」

「ええ」

「ありがとうございました。おかげさまで、私も赤ちゃんも無事でした……」

「俺にできることを、したまでです」


 実際、あの救急搬送は俺だけでなくアリス、クリス、ニーゴ、そしてアステルや医務局員の努力なしには成し遂げられなかっただろう。


「ぶしつけで申し訳ありません、おねがいがあるのですが……」


 か細い声で、新米の母親はそういった。


「俺にできることなら、なんなりと」

「では――」


 母親は言う。


「この子の、名付け親になってほしいのです」


 ……。

 ふ。

 ふは?


「名付け親……!? 俺に!?」

「はい……」


 ミニス王が言っていた身に余る栄誉は、こちらのことだった。


「いや、だがそれは……」

「お願い致します」

「おねがいします!」


 新米の母親に加えて、父親も頭を下げる。

 だが……正直、困る。


 俺は魔王だ。

 今はいざ知らずとも、かつては人間の国をいくつも滅ぼしてきた、魔王だ。

 その事情をしらない新米夫妻であるからこそ、名付け親を頼んだのであろうが――。


「マリウスさん」

「マリウス艦長」


 アリスとクリスが、俺の脇腹をつつく。

 暗に――いや、あからさまだが――受けろと言いたいのだろう。

 だが……。


「(魔王なんだぞ、俺は)」

「(知っていますよ。でも、受けちゃえばいいじゃないですか)」


 小声ながらも、あっけらかんとした調子で、アリス。


「(だからこそだ)」

「(アリスさんの言うとおり、いいじゃないですか。そもそも魔王だと名乗っても、この夫妻はお願いすると思いますよ)」

「(それにマリウスさん、いまはわたし達の社会を滅ぼそうとか思っていないじゃないですか)」

「(む……)」


 クリスの推測も、アリスの指摘も、もっともだ。

 たしかに俺は人間の社会を滅ぼそうとした。

 だが、今は……? と問われれば、否と答えることになる。

 ならば――。


「わかりました。お受けいたします」


 心配そうにこちらを見守る母親を安心させるように、はっきりと俺は答えた。


「ありがとうございます……」


 安心したかのように、母親が微笑む。


「ちなみに、子供の性別は……?」

「女の子です」


 なるほど。

 それなら……。

 それ、なら……。


「――ヴィネット」


 自然と、その言葉が口から出てきた。


「ヴィネット……良い名前ですね」

「古い言葉で、意味は本の装丁を表すのですが――本当にそれでいいのですか?」

「はい。本好きな子に育てばよいと思います……」


 嬉しそうに微笑んで、新米の母親はそう答えたのであった。




 ■ ■ ■




「赤ちゃん、かわいかったですね!」


 雷光号の待つ港湾部へと降りながら、アリスは嬉しそうにそういった。


「私も十年とちょっと前はあんな感じだったなんて、なんだか信じられないです」


 クリスがぽつりと、そんなことを言う。


「まぁ、昔の事というのはそういうものだ。特に、自分のことはな」


 と、俺。

 それが、ちょっとまずかった。


「そのことなんですが」


 俺の前に回り込んで、クリスが眼光鋭く訊く。


「赤ちゃんの名前はヴィネット……でしたよね。よければ、由来を教えてほしいんですけど」

「わたしも、気になります。赤ちゃんが女の子だと聞いてから付けた名前と言うことは、元々女の人の名前だったんですよね?」


 アリスまでもが、俺の前に回り込んで訊く。

 なんというか、こういうときのふたりは妙に鋭い。

 俺が適当に誤魔化しても、そこから推理を重ねて真相に至ってしまいそうであった。

 ならば、答えた方が賢明というものだろう。


「――大恩のある方の名だ」

「大恩?」

「ああ。今の俺がいるのも、その方のおかげと言ってもいい」


 先代魔王。

 俺を拾い上げてくれた方。

 本来七二の位階のどれかに名を連ねるはずなのに、それらの一切と関わりを持たない異色の魔王。


「それだけじゃ、わかりませんよ。詳しく話してください」


 名前の由来だけで満足したアリスと違い、なおも食い下がるクリス。


「いずれ、な」


 それを軽くあしらって、俺はそう答えたのであった。


■本日の楽屋裏


「ところでマリウス男爵」

「なんでしょうか、陛下」

「爵位を得たものはなにかしらの一芸が必要とされておる」

「一芸……ですか」

「やってみせよ。男爵にふさわしいものをな」

「いや、あの」

「そなたなら、できる」

「——ス……」

「聞こえぬ。はっきりと申せ」

「ルネッサーンス!」

「……うむ! みごとな男爵っぷりであったぞ」

「(男爵っぷりってなんだ……!?)」

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