第七十五話:王と魔王
「では、こちらで少々おまちくださいませ」
宮廷舞踏会当日。
船団ウィステリアの中枢船、その最上層の待ち合わせ場で、俺とアリスとクリスはアステルと一時的に別れることになった。
「いきなり会場に入るわけではないんですね」
ドレス姿のアリスが、小首をかしげる。
待合室はその手の催し物にふさわしい豪華な作りであり、ドレス姿で座っても差し支えないよう、クッションがよく効いていた。
「ああ。こういうのは呼ばれるまで待つものだからな。それにしても、この最上層のみが宮廷なのか……」
「普通は違うんですか?」
「ああ。通常は建物――もっといえば、敷地内に入れば宮廷と見なされる場合もあった。今で言えば、中枢船そのものをそれと見なすようなものか」
「地上をそこまで使えたんですが。昔の人って贅沢だったんですね……」
クリスが司令官らしい発言をする。
周囲に誰もいないとはいえ俺の過去を話すということは、防諜体制は何らかの方法で整えられているのだろう。
「そうだな。俺が封印される前は、土地はあって当然のものだったが、いまから見ればそう思っても仕方はあるまい」
「そうだったんですか……」
「あまり気に病むな」
「お心遣いありがとうございます。逆に気を遣ってもらっては、本末転倒ですね」
「それを気にすることこそ、本末転倒だ。歴史にも残っていないことをとやかくいっても、何も始まりはしないからな。それより――」
声を潜めて、俺は言う。
クリスが防諜を施しているのを確認しているのに重要なことをに対して声を潜めてしまうのは、もはや魔王としての職業病だった。
「舞踏の方なんだが……クリスの見立てでは少し古風だそうだと言っていたな。本当に、それでいいのか?」
「ええ、その方がいいです。下手に現代式を憶えて動きがおぼつかなくなっては意味がありませんし、なにより古い方式の方がマリウス艦長が設定した出自に説得力を持たせることができますからね」
「なるほどな」
一応この場で俺が魔王であることを把握しているのはアリスとクリスだけだ。
アステルをはじめ船団ウィステリアでは、俺は発掘品の収集・管理を専門とする船団の出ということになっている。
「お待たせいたしましたわ、お三方。王がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
そこへ、アステルが俺たちを呼びに戻ってきた。
いよいよか。
「行くぞ、アリス」
「あ、はい」
アリスが俺の腕に、そっと手を添え、その反対側をクリスが固める。
それを確認してからこっそりと気合いを入れ、俺はふたりと供に待合室の奥、宮廷内へと足を踏み入れた。
船団ウィステリア中枢船、最上層『宮廷』。
そこは、俺が今まで訪れたどの船団のどの部屋とも違う、不思議な空間だった。
一言でいうと、夜空だろうか。
照明を半球状の天井に直接埋め込んだため、まるで夜の空にまたたく星のようにみえていたのだ。
しかも、その星の並びは適当ではなくこの船団が位置する星の並びを正確に模してある。
それゆえ、星の配置に詳しければ詳しいほど、本物の夜空にみえるように感じてしまうのであった。
さらには地上――いや、海に相当する床にも照明が設けられている。
その配置は……。
「船団の主立った船……か?」
「正解ですわ。マリウス大佐」
先導するアステルが、そう答えてくれた。
つまり天には星があり、海には自らの船団があるという趣向らしい。
そして、中枢船があるべき場所の照明の下には――。
「そなたらか」
矍鑠たる老人と、ひとりの青年が座っていた。
老人の方は、おそらく政治の中枢にいるというアステルの父親だろう。
アステル自身が遅くに生まれた子だと言っている以上、つじつまは合う。
そうなると青年の方が王というわけだが……。
見た感じ、まだ若かった。
俺と外見年齢が似ているということは、魔族の寿命がだいたい人間の十倍であるわけだから……二十代前半といったところだろうか。
白く、ゆったりとした長衣を纏っているその姿は、王と言うよりも神官のようであった。
「近う」
「はっ」
短く一礼して、俺はさらに前へと進み出た。
緊張しているのだろう。腕をつかむアリスの手に、少しだけ力がこもる。
「案内大義である。小ステラローズ」
「お役に立てて光栄です、陛下」
アステルが恭しく一礼し、後ろに下がる。
小ステラローズとは、アステルのことであろう。おそらく大ステラローズが、彼女の父親であり、現在政治の中枢を握っているチクロ・パーム元帥のことに違いない。
「船団ウィステリアが王、ミディ・ミニスである」
ミニス王の自己紹介に対し、俺とアリスは深く頭を垂れる。
王と謁見する場合、先方から問われる前に自分で名乗ることは礼儀に反するのだ。
「そなたが、雷光号という船の長か」
「はい。雷光号艦長、アンドロ・マリウス大佐と申します、陛下」
「隣の乙女は秘書官か」
「はい。雷光号の通信士も務めております、アリス・ユーグレミアと申します、陛下」
事前にアステルやクリスとの打ち合わせ通りに、俺たちは一礼する。
その所作にミニス王は満足したらしく、深く頷いた。
「小ステラローズとの模擬戦中に、我が船団を護ったそうだな」
「私にできることを、したまでです」
「船団の皆に代わり礼を言おう。大義であった」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
王は、ちらりと隣の老人に視線を向けた。
「報償は与えたか、大ステラローズ」
「娘がすでに『海賊狩り』への許可を与えております」
老人が重々しく口を開く。
俺も長身と呼ばれる方だが、この老人はさらに高い。
髭を長く伸ばし、長い髪を首の後ろでひとくくりにしているその姿は、青年よりも王のように見えた。
彼がやはりアステルの父親、チクロ・パーム元帥であるらしい。
「それだけでよいのか」
「それ以上は、発起人であるクリスタイン公、ひいてはシトラスを刺激いたします」
「そうか。ならば仕方あるまい」
(本人を前にして言いますか……)
極小さな声で、クリスがあきれたようにそう呟いた。
それはチクロ元帥の余裕なのか、それとも船団としての意思を表明したいのか――。
あるいは、その両方なのか。
この手のものは考えれば考えるとどつぼにはまるものなので、俺は三番目と即決する。
「訊きたいことがある、マリウス卿」
「私に答えられることでしたら、なんなりと」
「そなたは歴史を探っておるそうだな」
「――ご存じでしたか」
少し緊張する。どうやら、クリスの船団のように表立っていないものの、アステルの船団にも情報機関はあるらしい。
「聞き流すつもりであったが、古き神の伝承を追っていると聞いてはな」
無表情気味であったミニス王の瞳に、光が宿った。
……ような、気がした。
「趣味でな、昔の話をよく読むのだ。特に古き神の物語は良い。神だというのに非常に人間くさいところが、な」
「それは……」
感想に困る。なにしろ古き神(伝承では口が悪いが根が素直な少女)は、俺のことを指しているからだ。
「よい。古き神の話題は返答に困ろうな。なにしろ裏付ける史科が皆無と来ている」
「仰るとおりです。陛下」
「だからこそ、改めて忠告しよう。次に訪れるであろう船団ジェネロウスには気をつけよ。最近よい話を聞かぬ」
「肝に銘じます」
なにがあるのだろうか。次の船団に。
古き神と関係――つまり、俺となんらかの繋がりがある?
まさか……。
「小ステラローズを供に付かせたいが」
ミニス王の言葉に、アステルの顔が、ぱっと輝いた。
「防衛の要にある身、おいそれと連れて行けぬ」
アステルが、目に見えて落ち込んだ。
「それ故に、大ステラローズがつかんだ情報を提供した活用せよ、マリウス卿」
「感謝いたします、陛下」
「うむ。――さて、長々と話してしまったな」
ミニス王が、両手をぱんと打ち鳴らす。
すると、照明の影に隠れていた招待客の面々が姿を現した。
「卿らの舞踏は、古式ゆかしいものらしいな」
「陛下がご満足できればよいのですが」
「よい。気兼ねなく舞うがよいぞ」
「では――アリス」
「はい……」
アリスと共に、部屋の中央に進み出る。
その間に楽士が緩やかに音楽を奏で始めていた。
「行くぞ」
「はい。お願いします」
俺とアリスは、ゆったりと、それでいてしっかりと足を踏み出す。
ふたりで一緒に踊るのは、練習を除けば初めてのことだった。




