第七十一話:提督令嬢の来訪と、雷光号の危機
「ふむ……ここが雷光号ですのね!」
船内を見回し満足深げに頷いたのは、他の誰でもないアステルだった。
「前にお風呂に入ったとき、乗船したじゃないですか」
「そのお風呂が衝撃的で、他のことがほとんど頭の中に入らなかったのですわ」
クリスの指摘が入るが、アステルは涼しい顔でそう躱す。
「ええ、ええ。お風呂もそうでしたから察しておりましたけれど、落ち着いた内装ですのね。改めまして、気に入りましたわ」
「そう言って貰えると、改装したかいがあったな」
と、俺。
「あら、この内装もマリウス大佐が手がけられましたの?」
「ああ。元はもっと無骨で無機質だったからな」
元が機動甲冑という、巨大な兵器であったため仕方のないことであったが、今は仕事道具であるし、なにより家でもある。
ならば、生活にも潤いがあるように、配慮するべきだと考えたのだ。
「ふむ……なかなかいい美術感覚をお持ちですわね!」
「そう言われるのは、はじめてだな」
先代も配下の者も、俺のそれは地味であるとよくいっていたからだ。
「そうかしら、とてもよいとわたくしは思いますわ」
「ですよね!」
なぜかクリスが胸を張って言う。
「ねー」
おなじく胸を張るアリスであった。
「お、らっしゃい」
そこへ、ニーゴ状態になった二五九六番がひょっこりと顔を出す。
「あら、貴方は――」
「オイラはここの操舵士をやっているニーゴってんだ。よろしくな」
「ええ、こちらこそ……はじめまして、ですわよね?」
「んだな。オイラ、下士官だから中枢船に入れなくてよ」
「あ……そうでしたわね」
自信に満ちたアステルの表情が、少しだけ曇った。
「どうしてあんな政策を?」
ここぞとばかりに、クリスが訊く。
アステルと同じく、船団の要職にいるものとして気になっていたのだろう。
「そうですわね。貴方達でしたら、真実を話してもいいでしょう」
一同を見渡してから、アステルはそういった。
「建前から言いますと、人口の分散ですわ」
「——本音は?」
俺がそう訊く。
「下士官の家が我先に子弟を中枢船に送り込むので、そうしましたの」
「……あー、士官の募集をしたらどっと押し寄せてくるあれですか」
「腕っ節に自信のあるものが立身出世を夢見て押しかけてくるようなものだな」
「ええ、それですわ。それ」
俺、クリス、そしてアステルでため息をつく。
アリスはいまいちぴんときていないようだが……あるのだ、そういうことが。
「ただ、わたくしたちの場合は本人の自由意志ではなく、家の意向というものがありますわ。それがよりたちを悪くしておりますの」
「てことはつまり、本人が行きたくなくても行かされるってやつ?」
ニーゴがそう訊く。
「ええ、まさにそれです」
「それは、なんかいやだよな」
「本当に、そうですわね。ですので、こうさせてもらったのです」
「……納得は、できました」
やや憮然としたままだが、それでも司令官としての立場的にわかるのであろう。クリスが頷く。
「クリスさんにそうおっしゃっていただけると、問題が本質的に解決していなくとも――少しだけ、心が軽くなりますわね」
「お、おだててもなにもでませんよ?」
照れ隠しにそっぽを向くクリスだった。
「ところで本題に入りたいのですけれど……」
そうだった。アステルはひとつ気になることがあると言って、雷光号の見学を申し込んだのだ。
「ニーゴさんは、操舵手ですのよね?」
「おうよ!」
「では、操船はともかくといたしまして――」
考え込むように下あごに手を添えて、アステルは言葉を続ける。
「あの強襲形態という人型の時はどのように操縦なさっておられるのです?」
「……へ?」
――し、
しまったっ!?
そっちの説明を全く考えていなかった!
「えー……なんていやいいんだろうなあれ」
いったいどうするんだという、クリスとアリスの視線が痛い。
「用意する。少しだけ待ってくれ」
「え、えぇ」
俺は船室を飛び出して、前部にある操縦室に飛び込んだ。
ふ。
ふは。
ふはは以下略!
「待たせたな。操縦室に来てくれ」
「あら、ずいぶん疲れていらっしゃいますのね……」
「見苦しくないように少し改装したからな」
事情がわかっているアリスとクリスが、妙に優しい視線を投げかけてくる。
「こ、これは……!」
「これが雷光号の操舵輪だ」
もちろん、いままでそんなものはなかった。
ニーゴ、つまり二五九六番が雷光号そのものなのだから当然の話だ。
その間ニーゴの身体はどうしているのかというと、普段は船室の適当な場所で、雷光号の揺れによって転がり出さないように適度に固定させていたのだが、まさかをれをアステルに見せるわけにはいかない。なので――。
「寝台が、垂直に切り立っているようにみえるのですけど……」
金属製の寝台というか、担架というか、たしかにそういうものが俺の席の真後ろに屹立していた。その左右をアリス、クリスの席が占めるようになっている。
「ああ。それにニーゴが合体する」
「「「「が、がったい!?」」」」
俺以外の全員が、素っ頓狂な声を上げた。
「な、なぜクリスさんもアリスさんもニーゴさんも驚いていますの……?」
「い……いえ、合体という言い方は初めてでしたので!」
クリスが無難ないいわけを考えてくれた。
”話をあわせろ、二五九六番!”
”お、おう……!
その隙に、魔力による念話で俺はニーゴに指示を飛ばしておく。
「普段は融合というか、なんつーか?」
「は、はぁ……」
ニーゴの言葉に、釈然としていそうにないものの、アステルが頷く。
「合体……」
なぜそこで顔を赤らめる、アリス。
「もしかして、ニーゴさんが鎧姿なのもそれに関係がありますの?」
「そそ。オイラ前の船で海賊の弾をまともに食らっちまってさ。んで大将に発掘品を使ってもらってこの身体にしてもらったわけよ」
「なるほど。でないといくら船の中とはいえ、鎧姿は自殺行為ですものね」
「んだな。オイラの場合、海に落ちてもどうにかなるんだけどよ」
本当にどうにかなる。
ニーゴの両脚には雷光号の推進機関を小型化したものが内蔵されており、姿勢のこつさえつかめば、水中で思うがままに動けるほどなのだ。
「それでは、軽く動いてみるか」
「あいよ!」
”二五九六番、その寝台に背中を預けろ。自動的に固定されるはずだ”
”あいよ。外れるときは?”
”貴様が明確に分離したいと思えば解除されるようになっている”
”なる。んじゃいっちょやってみっか!”
「合体!」
無駄にそう叫んで、ニーゴが寝台に背中を預けた。
おまけになぜか、無駄に腕を組んでいる。
その瞬間、かちりという音が響いた。
明確に固定していることがわかるように、わざと音が鳴るようにしておいたのだ。
『合体完了っと!』
「なっ……いったいどこから声が出ているんですの?」
『艦内からだぜ。オイラの感覚を雷光号に移しているんだ』
「そ、そこまでできるのですか……!」
『できるできる。んじゃ、だすぜ〜』
ゆっくりと、雷光号は出航した。
「見事な操舵だと前から思っておりましたけれど、こういう仕組みだったのですね。眼から鱗が落ちる思いですわ……」
引き出した臨時用の座席に座って、アステルが感嘆したかのように言う。
『んじゃ、こいつも見ていきな! 大将!』
「ああ。雷光号、強襲形態!」
『よっしゃあ!』
砲塔部分はそのままに、艦首部分が四分割された。
上のふたつがそのまま肩となり、下のふたつは関節部分が引き出され、上腕部、前腕部となる。
船体後部は二分割され、上の部分がそのまま背部に、下の部分はさらに左右で二分割され、両舷にある推進器が折りたたまれた状態から大腿部を引き出し、そのまま脛部を形成する。
そこで推進器が全開となり、沈んでいた下半身部分が水上に押し上げられ、雷光号は海の上に立つ。
最後に、砲塔部分が真横に回転し、肩の上に固定され——竜骨部分に収められた巨大な剣を、右手で振るう。
『強襲形態! 雷・光・号ッ!』
その瞬間、雷光号の周囲の海が急激に熱せられ、水蒸気が吹き上がった。
「なんだ、今の蒸気」
『機関に溜め込んだ熱を開放してみたわけよ。ああしたほうがかっこいいじゃん?』
「わからないでもないが……」
「わかりますわ! ええとても!」
琴線に触れるものがあったらしい。アステルが頬を上気させて頷く。
「ほら、中枢船の皆さんも驚いたようにこちらをみていますわ!」
たしかに、城郭の窓という窓から、俺達を見つめる貴族たちの姿があった。
「あの……中枢船の側でわざわざ変形することはなかったのでは? めちゃくちゃめだっていますけど……」
「そうだったな……」
クリスに言われて、ようやくそれに思い当たる。
「これ、しばらくは見世物みたいになっちゃいますね」
アリスが困ったように笑ってそう言った。




