第六十九話:提督令嬢で学ぶ、戦闘艦の種類。
「ううーん……」
クリスが唸っていた。
中枢船のサロン。
その一角で、クリスとアステルが額を付き合わせるように、小さな地図を見つめていた。
いや、正確には小さな地図ではない。
俺も昔やったことがある、模擬戦を簡略化させた遊戯盤だった。
どうやら、クリスとアステルが対戦中で、その様子をアリスが横から見ているようだ。
「懐かしいな。『陸戦盤』か」
「いいえ、これは『海戦盤』と呼ばれる遊戯盤ですわ」
アステルにやんわりと訂正される。
陸戦盤は駒として、『王』『王妃』『近衛』『騎兵』『歩兵』を使ったものだったが、海戦盤でも似たような構成になっていた。
おそらく、陸の概念が消失してしまったため、このように名前が変化していったのだろう。
「すまないが、駒の種類を教えて貰えないか」
「ええ、構いませんわ。クリスさんがまだ理解しきれていないようですから、その再確認も兼ねてご説明致しましょう」
「むぅ……お願いします」
少しだけふくれたが、事実であるらしい。クリスは素直に教えを乞うた。
「まず中核となる駒が『中枢船』これは左右に一マスずつしか動けません。この駒は最後列にあるので、前には一切動けないと言うことですわ」
「なるほど」
つまり、『王』に相当するらしい。
「次にその隣にあるのが『旗艦』上下左右に一マスずつ進めます。中枢船の次に重要な駒ですわね」
つまりそれは、『王妃』に該当するのだろう。
「『中枢船』と『旗艦』の左右に控えますのは、『戦艦』ですわ。こちらは前後左右、障害がなければ、いくらでも動けます」
なるほど、これが『近衛』に相当する訳か。
「なんでいくらでも動けるんでしょうね。それがわかればいいんですが」
「射程じゃないか? 戦艦の」
「——あっ!」
「そういうことですわ。さすがマリウス大佐、飲み込みが早いですのね」
「でもそれなら、旗艦が一マスずつしか動けないのはおかしくないですか?」
少しだけ食い下がって、クリス。
「いや? 本来指揮中枢というものは戦闘に参加しない方が望ましいからな。それを忠実に再現しているのだろう」
「な、なるほど」
思い当たることがあるのだろう、深く頷くクリスであった。
「納得していただけたところで、話を進めますわよ?」
と、アステル。
「次に戦艦の左右を固めますのは『巡洋艦』。こちらも障害が無い限り、斜めにいくらでも動けますの」
なるほど、これが『騎兵』か。
斜めに移動するというのは、包囲機動を元にしているのだろう。
「そして最後に自陣最前列に8隻並んでいるのが『駆逐艦』。これは前にのみ一コマずつ動くことが出来ますわ」
つまりは、『歩兵』か。駆逐艦という言葉は聞き慣れないが、これだけの数があることを考えると、かなり普及しているのだろう。
「なるほど、だいたいわかった。察するに、相手の動きを予想しながら、隣接する駒を取っていき、最終的に中枢船の駒を取った方が勝ちというわけだな」
俺の一言に、ぎょっとした様子でアステルとクリスがこちらを見た。
「その通りですけれど、良く初見でわかりましたわね……」
「マリウス艦長、すごいです——!」
「いや、先ほど別の遊戯盤と間違えただろう。それ遊び方から推測しただけだ」
どうやら駒の名前が変わっただけで、基本的な遊び方は変わっていないらしい。
「さて! クリスさん。復習も出来たことですし、もう一戦行きますわよ!」
「の、望むところです!」
一度駒を並べ直し、クリスとアステルが再度対戦する。
俺は、アリスの隣に並んでその推移を見守ることにした。
「う〜ん……こうでしょうか」
「ですから、その駒はそうは動きませんわ」
「あっ! じゃ、じゃあ今の無しで!」
「またですの?」
「うぅ……」
全般的に、クリスが苦戦しているようであった。
「この遊戯の優劣は、やはり経験の差がものをいうのか?」
「いいえ。基本的な知識は必要ですが、あとは全体を俯瞰する眼と、わずかばかりの直感がものをいいますわ」
盤面から目を離さずに、アステルがそう答える。
「ですから、駒の動きなどを熟知すれば同等の勝負になるでしょう。そもそもクリスさんの方がわたくしより戦略眼は上ですし、油断をすればあっさりと負けるかもしれませんわ」
「ふぇっ!?」
意外だったのだろう。クリスが変な声を上げた。
「あ、アステルさん? いまなんと言いましたか!?」
「ですから、戦略眼はクリスさんの方が上と申し上げたのですわ」
盤面を見つめたまま、けろっとした口調でアステルがそう答える。
「え、え、それって……」
「貴方の才能と、それを磨いた努力の成果ですわ。もっと胸を誇りなさいな」
「……ありがとう、ございます!」
真剣なまなざしに喜びの火を灯して、クリスは再び盤面へと視線を向けた。
「あの、マリウスさん」
それまで、じっと盤面を見つめていたアリスが、不安げな様子で俺に訊く。
「どうした?」
「わたし、秘書官失格なんでしょうか……なにからなにまで全然わかりません!」
「いや、気にすることはないぞ」
まずこの遊戯盤が、戦略を元にしているというのがある。
次に秘書官は、全体の様子を把握することは必要でも、その状況を作り出す必要は全くない。
そして——。
「俺にも、駒の名前の意味はさっぱりわからないからな」
「な——」
「なんですって!?」
クリスとアステルが、同時に立ち上がった。
「だってマリウス大佐、先ほどこの遊戯盤の遊び方を完全に解説されてましたわよ?」
「そうですよ! いままでだって色々な船とお仕事していたじゃないですか!」
「そうはいわれてもな……中枢船と戦艦はわかるが、それ以外はなんとも——だ」
「……そういえば、クリスさんのところは大型艦、小型艦だけの種別でしたわね」
「——うっ! そ、それは運用の選択と集中を突き詰めた結果です!」
「はっきりいって、大雑把すぎますわ」
「うちだって、そろそろ中型艦という種別を作ろうかという話も出ているんです!」
先ほどまで争っていたふたりが急に和やかになり、そしてまた争う——まるで、子猫同士の喧嘩を見ているようであった。
「少々お待ちくださいませ——アセスル。黒板と白墨を!」
「はい、こちらに」
まるで前もってわかっていたかのように、アステルの秘書官であるファム中佐が言われたものを持ってくる。
「まぁ、まずはクリスさんのところですわね」
そう言って、アステルは黒板に何かを書き始めた。
■シトラス護衛艦隊
・種別
大型艦
小型艦
「正直言いまして、小型艦が多用途過ぎますわ。もう少し用途にわけた艦の種類を設けませんと」
「う……実感はしています……」
頬を膨らませて、クリス。
「では、次に我が艦隊の種別ですわ」
引き続き、アステルは黒板に描き込みはじめた。
■ウェステリア海軍艦隊
・種別
戦艦
高速戦艦
巡洋艦
駆逐艦
「うちより二種類多いだけじゃないですか」
「その二種類で大分違うんですのよ」
と、アステル。
「さて、戦艦に聞き覚えがあると言うことですので、簡単にご説明致しますわ。戦艦とは、クリスさんのところでいう大型艦のことを指します。速力はそれほどではありませんけど、剛健な装甲と、それに見合う大口径の主砲が特長ですわ。一般に、戦艦は戦艦でないと沈まないと言われています。まさに海の主役ですわね」
「私の『バスター』がまさにこれですね!」
先ほどまでの不満顔はどこへやら、大きく胸を張って、クリス。
「続いて高速戦艦ですわ。これは実は発展途上の艦種でして、わたくしたちも日々研究に励んでおりますの。現時点では、戦艦よりも装甲を少しだけ薄く、そして主砲をひとまわりだけ小さくさせて、代わりに快速性を持たせたものにしてありますわ。将来的には、機関の出力をあげて装甲、主砲の規模を保ったまま高速性能を手にしたいと思っておりますの」
「これはアステルさんの『ステラローズ』が良い例です。今アステルさん自身が言ったとおり『バスター』と静止した状態で撃ちあえばまちがいなくバスターの勝利ですね。ですがお互い航行中であれば、『ステラローズ』の方が速度も小回りも利きますから、『バスター』の砲撃が当たらず一方的に『ステラローズ』の主砲弾を食らい続けるという可能性もあります」
今度はクリスの解説も長かった。どうやら、高速戦艦の研究にはアステルに負けず劣らず熱心に行っているようだ。
「次に巡洋艦。こちらは戦艦に随伴する中型の戦闘艦ですわ。戦艦よりも装甲、主砲に劣りますが、その分快速性を重視しております。また、劣ると申しましても、後述の駆逐艦よりは強力ですわ。この艦と戦艦、高速戦艦が、主に船団間の海で闘うことを想定されておりますの」
「護衛艦隊はあまり他の船団に出向かないので使われていない艦種ですね。とはいえ、まったくないのも困ると言うことで、うちでは中型艦という名前で採用しようという話も出ています」
こちらも研究済みなのか、クリスの解説にはよどみがなかった。
「そして最後は駆逐艦。こちらはクリスさんのところでいう小型艦になりますわ。主に船団内での海で警備や違法交易船への立ち入り検査、そして彼らが牙をむいたときに文字通り駆逐するための艦ですの」
「ある意味、どこの船団にもなくてはならない存在です」
と、クリスが補足する。
「これで主だった艦種の説明は以上ですわ。何かご質問などはありまして?」
「ひとつだけ。これは他の船団でも適用されるのか?」
「そうですわね……ジェネロウスはわたくし達とほぼ同じで、たしか高速戦艦がないはずです。ですが、ルーツとフラットはどちらもこういうことに熱心かつ、日々研究や実験、そして模擬戦を繰り広げておりますので、もっと細かく種別わけされているでしょうね」
「そうなのか……」
どうやら、これでもう新たな艦種を覚える必要はないとはいかないようだ。
「あの、わたしからもいいですか?」
アリスが、手を上げて質問する。
「なんでしょう、アリスさん」
「今の分類だと、わたしたちの雷光号はどれに相当するんでしょうか?」
「そうですわね……」
アステルが、クリスと顔を見合わせる。
「大きさで言えば、巡洋艦でしょうね」
なるほど。つまり巡洋艦『雷光号』というわけか。
「でも、ただの巡洋艦ではありませんからね。より豪華な装備を施したりすると特型って付けるんでしたっけ?」
「そういえば、そんな艦種を時々付けますわね。ですから、特型巡洋艦と致しましょうか」
なるほど。つまり特型巡洋艦『雷光号』というわけか。
「あの……アステルさん、クリスちゃん、雷光号は変形とかしますけれど……」
「……特型可変巡洋艦でいかがかしら」
「いいと思います」
なるほど。つまり特型可変巡洋艦『雷光号』というわけか。
「あ、発掘品であることは考慮しなくてもいいんでしょうか」
「そういえば、普通の機関ではありませんでしたわね」
「『発掘品級特型可変巡洋艦』でしょうか」
なるほど。つまり発掘品級特型巡洋艦『雷光号』というわけ……。
「あ、お風呂がすごいことは外せないのでは?」
「アリスさんの言うことももっともです。ここは『発掘品級特型可変巡洋艦・お風呂がすごい』……?」
「それ、戦闘艦としてどうですの?」
なるほど。つまり発掘品級特型巡洋艦・お風呂がすごい『雷光号』という——。
「長すぎるわっ!」
思わず天に向かって、俺は吠えた。
その結果、特型巡洋艦『雷光号』ということになったのだが……。
新たな機能を加えた際、変な肩書きが増えないか、今から心配ではある。




