第六十五話:提督令嬢、堕ちる。
「それにしても、美しいですわね!」
強襲形態に変形した雷光号を見上げて、アステルはややうっとりとした口調でそういった。
「乗っている時も視線が高くてデタラメ感がありましたけど——」
雷光号の背後から差す陽光——木漏れ日ならぬ、艦漏れ日といったところか——が眩しいのか、手をかざしながら、クリスは続ける。
「外からこうして見上げると、さらにそう感じますね……」
言われてみると、そうだった。
強襲形態の雷光号はいわゆる先祖返りなのだが、元の大きさは大きく異なっている。
そもそもの機動甲冑は平均的な魔族の身長のおおよそ十倍程度であったが、長い時を経て変異した際に二十倍、そして度重なる改装を続けた雷光号の強襲形態では、約四十倍に達していた。
つまり、並みの機動甲冑のおおよそ四倍の高さを誇るのだ。
仮に俺が封印される前であったら、そんじょそこらの機動甲冑ではまともに相手できなかっただろう。それこそ、あの忌々しい勇者か俺ぐらいではないだろうか。
「でもこのような機構を搭載するとなると、内部はさぞかし狭いのでは?」
と、司令官の顔になってアステルはそう指摘する。
「いやそんなことはない。機関が発掘品で極端に小さいお陰で、そのほかの空間に余裕が持てるからだ。特に船室など生活に関わる部分は普通の船よりも広いだろう」
そう返答する、俺。
ただし、強襲形態になるとさすがに倉庫などに入れておいたものは取りに行けなくなるのだが、それはまぁ言わなくともわかることだろう。
「あら、では船内の生活には、余裕がありますの?」
「そうですね。特に厨房は広さはともかく、その機能は船団の中枢船にも引けを取らないと思います」
と、俺の代わりにアリスが答える。
「そして、お風呂ですね。これも下手な中枢船よりすごいですよ」
さらには自信満々な顔で、クリスがそう付け加えた。
「……お風呂?」
司令官の顔から、公爵令嬢の顔になって、アステル。
「それは流石に聞き捨てなりませんわね。我が船団中枢船の上級貴族用公共浴場、通称『薔薇の湯』よりも素晴らしいお風呂があるというのでしたら、一度入って確かめませんと」
「それならば、一度変形させるぞ。このままでは乗るのも一苦労だからな」
と、俺。
強襲形態は常に機関が通常の五割り増しで回転しているため、結構疲れるというのもあるのだ。
それにしても、この流れは——。
なんとなく、先が読めるのだが。
■ ■ ■
『んああああああああ!? なんですの!? なんですのこれええええ!?』
予想通り、アステルの声が聞こえてきた。
二五九六番が音声を流したのではない。
船室にまで、その声が響いてきたのだ。
『お湯が真水で! しかも十分に熱くて! おまけに湯船が広くて深いなんてえええええ!?』
『提督の姉ちゃんも、大将の風呂に沈んだか……』
二五九六番が、重苦しい口調でそう呟く。
「まて、その風呂に沈んだという表現はやめろ」
『んじゃ、大将に風呂でめろめろにされたで』
「それはそれで誤解を招くだろう!?」
「マリウスさんに——」
「お風呂でメロメロにされる——」
一斉に顔を赤くするアリスとクリスだった。
そこへ、風呂場から全力疾走しているような足音が響く。
「マリウス大佐っ!」
「アステルさん! なんて格好しているんですか!?」
クリスが叫ぶのも無理はない。
アステルはよほど我を忘れていたのか、何も身につけていなかったらだ。
「なにか着てください! なんでもいいですから!」
アステルの前に立ちはだかり、俺が直接見ないようにしてくれるクリスだった。
「マリウス艦長も、こちらを見ちゃだめです! こんな無駄に大きい胸、目の毒ですよ!」
「アリスほど大きくはないと思うが」
「つまりわたしのは、より無駄に大きいってことなんですね……」
「あああああ、ちがいますっ! アリスさんのは有意義に大きいんですっ!」
世の中には、無駄に大きい胸と有意義に大きい胸にわかれているらしかった。
「あらいやだ、わたくしったら殿方の前ではしたない——」
「いまになってやっとですか……!」
多少冷静になったアステルに、クリスが呆れたかのようにため息をつく。
「とりあえず、こちらをどうぞ」
「あら、助かりますわ」
アリスがタオルを一枚、アステルに手渡した。
それによりアステルは前を隠したのだが……なんというか、あちらこちらがはみ出している。
なるほど、これはクリスの言う通り目の毒ではあった。
「それよりも、大事なことがありましたわ。お願いいたします。わたくしの船団中枢船に、大規模なお風呂を造っていただけませんか!」
「いや、いきなりそんなことをいわれても」
「ただでとは言いません、名誉大佐の称号を差し上げますわっ!」
「いやいや、まってくれ」
「ご不満でしたら、名誉准将の称号を——!」
「うちより階級を上にしてどうするんですかーっ!」
クリスの怒りも、もっともな話だった。
「では——どなたか、紙と筆記用具を!」
「あ、はい!」
アリスが航海時に雑記を書き込む紙とペンを渡す。
「そうですわね……これでいかがでしょう?」
「どれどれ——いいのか、これ」
アステルが書き込んだその額は、かなり破格の報酬だった。
見た目だけであれば、雷光号と同規模の船が造れるほどの金額であったのだ。
「構いませんわ!」
「注意点がひとつ。機関が発掘品のそれと通常のものとではどうしても出力が異なってくる。そのため雷光号のそれと完全に同じ機能というわけにはいかないが、それでもいいか?」
「構いませんわよ。そもそもうちの中枢船の機関は、発掘品ですし」
「——なんだって?」
「発掘品ですわ」
胸を張って——その際タオルからこぼれたので、クリスが慌てて間に入る——アステルはそう答えた。
「それ、見てもいいのか?」
「ええ。……この仕事を、受けてくださるのなら」
くっ!
さすが、クリスよりも長く司令官をやっているだけのことはある。
だが、その誘惑は断り難い。
「わかった、受けよう」
「ありがとうございます。では早速浴場を! 一心不乱の大浴場を!」
「まぁ、広さの制限がないのは魅力的だが……」
いっそのこと、魔王城の風呂を完全再現してみようか。
そんなことを思う俺だった。




