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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第四章:提督令嬢、颯爽登場!

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第六十四話:提督令嬢の告白

『クリスタイン提督! 通常弾の換装を終えましたわ。(くだん)の大型海賊はどちらに——』


 機関全開で飛ばしてきたのだろう。雷光号(らいこうごう)が元の形態に戻る前に、アステル中将座乗の高速戦艦『ステラローズ』は演習海域に戻ってきてくれた。

 なので、強襲形態の雷光号をまともに見ることになった。


『な、なんなんですのそれーッ!? クリスタイン提督! クリスタイン提督ーっ!?』

「私が聞きたいくらいなんですけどね……」


 提督席で頭を抱えて、クリスはそう呟いた。


「なんて説明する気なんですか、マリウス艦長」

「そうだな……艦そのものが、まるごと発掘品——」

「その言い訳、そろそろ苦しいですからね」

「やはり、そうか」

「あはは……」


 アリスが困ったかのように、笑う。

 いや、もう笑うしかない状況であった。


『ええっと……剣を持ったまま敬礼すんのって、両手で持って平の部分を正面に向けて直立するんだっけ?』


 雷光号が『ステラローズ』に向けて、剣を掲げる。


『ちょ、ちょっとクリスタイン提督! それすごく格好いいんですけれど! クリスタイン提督! クリスタイン提督ーっ!?』

「……説明、全部任せましたからね。マリウス艦長」


 考えることを放棄したのだろう。クリスが俺に丸投げをする。


 ふ。

 ふは。

 ふはは!

 ふはははっ! ふはははは!

 どうしたものかこれ! ハーッハッハッハァ!



 ■ ■ ■



「まず一番最初にするべきことは、これだと思いましたの」


 そう言って、アステル中将は、クリスの持つ『海賊狩り』の証書に捺印した。

 中枢船の城郭にある、船団『ウィステリア』海軍司令部。

 その司令官私室にて、俺はその船団から承認を得たことになる。

 これで、クリスの船団『シトラス』、アステル中将の船団『ウィステリア』で好きなように航行できるようになったわけだ。


「感謝します、パーム提督」


 一同を代表して、クリスが礼を言う。


「いえ、こちらこそ船団を守っていただき感謝しております」


 優雅に一礼して、アステル中将はそう言った。

 曰く、今回の襲撃は広範囲かつゆるやかに船団を包囲していたらしい。

 俺たちが沈めた場所以外では、ウィステリアの防衛を担うアステル中将の海軍が、全ての海賊を撃沈したそうだ。


「聞くところによりますと、あの大型海賊を仕留めたのはマリウス大佐の手腕だそうですわね?」

「恐縮です、パーム中将」

「アステルで結構ですわ、マリウス大佐」

「では、個人ではそのように……アステル中将」

「ええ、それで構いませんわよ」


 どうも、クリスや雷光号だけでなく、俺自身もアステル中将——いや、アステルのお眼鏡にかなったようであった。


「それにしても、今回の襲撃は、過去にあったどの例とも違いましたわ。これからは、演習海域の設定も見直さないといけませんわね」

「こちらでも、海賊が今までにない出現の仕方をみせたことがありました。そろそろ、船団会議を開いたほうがいいかもしれないですね。この航海が終わったら、船団長に具申してみましょう」

「船団会議……そう、ですわね」


 ばつが悪そうに、アステルはそう呟いた。

 ——空気が重くなった。

 それは、前回の船団会議で、先代の護衛艦隊司令官であるクリスの父親が戦死したことに起因するのだろう。


「あの」

「あの」


 ほぼ同時に、アステルとクリスがそう声を発していた。


「く、クリスタイン提督からどうぞ」

「いえ、ここはパーム提督から」


 重くなった空気が、さらに緊張を孕む。

 当事者たち、すなわちクリスとアステルの気持ちもわかるが、(はた)で聞いている俺とアリスにとっても、それは十分な重圧であった。


「おじさまの……貴方の、お父様の件ですわよね?」

「——ええ」


 その重圧に耐えられなかったのか、あるいはそれでも話すべきだと判断したのか、アステルが重い口を開く。


「聞いても、あまり気分の良いものではありませんわよ……」

「構いません。そこになにがあろうと、私が知りたいのは()()です」

「そう……ですわね。では、お話しいたしましょう。長くなりますから、皆さんお好きな席へ。アセスル、皆様にお茶を」

「かしこまりました」


 ファム中佐が、一度部屋を退出する。


「さて——」


 俺たちが席に着いてから、アステルは言葉を選ぶように沈黙した。


「どこから話すべきか迷いましたけど、やはり初めからのほうがよさそうですわね」


 クリスが静かに、両手を握る。


「あれはわたくしが司令官代理に着任した年の事ですわ……」



 〜〜〜



 クリスタイン提督はご存知でしょうけれど、司令官が着任した際は、他の船団を訪れ、挨拶をするのが習わしですの。

 わたくしの場合、お父様——ステラローズ公、チクロ・パーム元帥の名代という形になりますけれど、実務は引き継いだわけですから、中将の地位のまま司令官の地位に収まるという少し珍しい形となったのは事実になります。

 だからといって、特別扱いされるつもりはありませんでしたから、あのジェネロウスはともかくとして、ルーツ、フラットの船団では事務的に対応していただいて、むしろほっとしたものでした。

 ——変わっていたのは、最後に訪れたシトラスでしたわ。


「シトラスへようこそ、アステル・パーム司令官」


 港へ直々に出迎えてくださったのは、クリスタイン提督のお父様——当時の護衛艦隊司令官、オスカー・クリスタイン元帥でした。


「まぁ、クリスタイン司令官が自ら——お忙しいところ、恐縮です」

「ああいえ、小官の手がたまたま空いていただけのことですから、どうかお気になさらず」


 これもクリスタイン提督はご存知でしょうけれど、マリウス大佐とユーグレミア少尉のためにお話し致しましょう。

 オスカー・クリスタイン元帥は目つきも顔立ちも剃刀(かみそり)のように鋭く、体つきも細身ながら決して鍛錬を怠っていない、抜き身の剣のような方でしたけれど、わたくしが今まで出会った軍人の中で、もっとも紳士的な方でした。


「失礼をお許し下さい。いま、おいくつですか」

「十三になります。いつつの船団の中でも、歴代最年少の司令官就任ですわ!」


 お恥ずかしい話ですが、そのときのわたくしは、それが自慢だったのです。

 本当、今思い出すと、穴があったら入りたいお話ですわね……。


「いつ聞いてもすごいですな。……十三でしたか。うちの娘よりみっつ上ですね」

「あら、娘さんがいらっしゃいますのね」

「ええ、まもなく十一歳になります」

「まぁ……」

「まだ子供だと思っていたのですが、近頃は詩や物語ではなく、戦術書や戦史を読むようになりまして——本人曰く、早く護衛艦隊に入りたいと」

「将来有望ですわね」

「ええ。まだまだ先のことになるかと思いますが、娘が我が護衛艦隊に加わった暁には、どうか先達として指導していただきたい」

「かしこまりましたわ」

「それと——」

「はい?」

「これは、小官の個人的なお願いなのですが」

「なんでしょう?」

「その際はどうか、娘の友人となっていただけませんか?」

「お安いご用ですわ!」

「ありがとうございます。どうもうちの娘は周囲と壁を作りがちで、なかなか友人と呼べる者がおりませんので……」

「悲観されることはありませんわ。わたしくもそうでしたから……ですから、クリスタイン司令官——いえ、おじさま?」

「お、おじさま!?」


 それが、わたくしがみた最初で最後の、オスカー・クリスタイン元帥の驚くお顔でした。


「どうか、未熟なわたくしに司令官としての色々なことを教えて下さいませ」

「——小官でよければ、喜んで」


 こうして、わたくしとおじさまは、交易船を通じて、手紙をやりとりするようになったのです。

 おじさまの知見は広く、深く、まだ司令官として日の浅いわたくしは、とても励みになりました。


 そして……あの、船団会議の日を迎えたのです。



 〜〜〜



「船団——会議」


 まったくの無表情で、クリスがそう言った。


「ええ。場所はウェステリアとジェネロウスの間の海域——普段は波穏やかな場所でしたわ」

「つまり、どの船団とも属さない海で会議を開こうと」

「ええ。そして各船団海軍の旗艦は、それぞれの国家元首を乗せていたのです。体調不良と偽ってお休みされた、おじさまの、艦以外」


 ぎりっ。

 俺にも聞こえるほどのクリスの歯ぎしりに、アリスが青ざめた。


「他の船団まで事情が筒抜けじゃないですか、あのボンクラ——!」


 その声は、限界まで押し殺していていたのですぐそばにいた俺とアリス以外には聞こえなかっただろう。

 現に、アステルは気付かずに話を続けている。


「そしてそれが、すべての命運をわけてしまったのです——」



 〜〜〜



『おじさま! わたくしも残ります!』

『なりません、アステル司令官! ここは国家元首を乗せていない小官の艦が抑えます。今のうちに離脱を!』


 わたくしが贈った拡声器のお陰で、こうしてお話ができたことが、不幸中の幸いでした。

 ジェネロウス、ルーツ、フラットの旗艦が先に待避する中、わたくしは最後まで残るつもりでしたの。


『ですが、あんな大型の海賊を一隻で抑えるなんて、無理ですわ!』

『小官に策があります。どうかここはお逃げ下さい。——せめて、そちらの国家元首を他の艦に移乗していただくまでは!』

『それですわ! 我が艦隊は随伴艦を会談海域外に待機させてあります。直ちにもどってきますから、それまでどうかご無事で!』

『ありがとうございます。ですが、アステル司令官、決して無理されますな。——それと』


 それが、わたくしが最後に聞いた、おじさまの声でした。


『娘を、よろしくお願い致します』

『すぐにもどりますわ!』


 あのときほど、ステラローズが高速戦艦で良かったと思ったことはありませんでしたわ。

 わたくしは急いで、元首を待機していた艦に移乗させ、大急ぎで戻りましたの。

 おじさまの役にたつ。司令官として役に立てる——と。でも……。



 〜〜〜



「でも、間に合いませんでしたわ……」


 唇を噛みしめて、アステルは、ぽつりとそう呟いた。


「とってかえしたわたくしが最後に見たのは、超巨大海賊に文字通りまるごと食われるおじさまの旗艦『スマッシャー』の姿。そして直後その超巨大海賊は、爆発四散いたしました……」

「……ゼロ距離射撃か」

「——おそらく、そうでしょうね。それが一番相手に打撃を与えられると思ったのでしょう」


 クリスが、何でも無いかのように言う。ただし、その拳はわなわなと震えていた。


「そしてそれから数ヶ月後、史上最年少の司令官が挨拶をしに、わたくしの許にやって参りました。貴方のことですわ、クリスタイン提督」


 クリスも良く憶えているのだろう。ただ黙って、こくりと頷く。


「お恥ずかしい話ですけれどね、わたくし貴方と初めてお目にかかったとき、恐怖を覚えましたの」

「恐怖……?」


 予想外の言葉であったのだろう。クリスがやや声音をあげる。


「あの時は、始終余裕のある顔をしていたじゃないですか。なのに恐怖って——」

「わたくしが十一歳のとき、あんな顔はできませんでしたわ」

「あんな、顔……?」


 アリスが首を傾げる。


「ええ。敵陣の中に単身乗り込み、ひとりでも多くを討ち取ってみせる。そんなお顔でした」


 懐かしむように、そして哀しむように、アステルは続ける。


「だからわたくし、こう思いましたの。このままだと、おじさまの娘さんはすぐに死んでしまう。わたくしが助けられたように、今度はわたくしが助けねば——と。結果として、ただ鍛えるだけになってしまいましたが……」


 なるほど。

 クリスが初めてあった時からずっと模擬戦を仕掛けられていたのは、そういうことだったのか。

 道理で格闘技の時も、剣戟のときも、そして模擬戦の時もまるで教師のように振舞っていたわけだ。


「いえ。それで良かったんです。あのときの私は、貴方を含め他の船団の司令官全員を、父を見捨てた敵だと思っていましたから」


 意外にも冷静に、クリスはそう答えていた。


「そう言って、いただけますの?」

「ええ。でも今パーム提督が——アステルさんがお話ししてくれたお陰で、すべてが氷解しました。父は、最後まで立派だったんですね」

「クリスタイン提督——いえ、クリスさん……それでもわたくし、貴方に謝らねばなりませんの!」


 クリスの手を取り、アステルは(せき)を切ったように続ける。


「あのとき、おじさまの意を汲んで真っ先に逃げていれば——真っ先に逃げて、元首を移乗させ急いで戻っていれば、わたくしとおじさまの二隻であの超大型海賊と戦えたのでは——と」

「いけませんよ、アステルさん」


 そのアステルの唇を、クリスは自分の人差し指でそっと閉じさせた。


「私達はそれぞれの艦隊の司令官です。司令官が()()()なんて過去を振り返ってはいけません。私達は常に、これからを見なくては」


 そのクリスの言葉に、アステルは何かを思い出したかのように、顔を(ほころ)ばせた。


「……おじさまも、そんなことを仰っていましたわ。やはり親娘(おやこ)ですのね、貴方達は」

「当然です。私はオスカー・クリスタインの娘、クリス・クリスタイン。船団『シトラス』護衛艦隊司令官ですよ」

「そうでした……そうでしたわ……」


 そう言って、アステルはクリスをそっと抱きしめた。


「それでも……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……!」


 その震える肩に、クリスがそっと手を添える。


「私こそ、ありがとうございます。ようやく——ようやく父の——お父さんの最期を知ることができました……っ」


 アステルの胸の中で、クリス。その声は、アステルと同じく涙声になっている。

 そしてそのまま、ふたりは抱き合ったまま泣いていた。


「マリウス大佐、アリス少尉……」


 申し訳なさそうに、ファム中佐が声をかける。


「わかっています。この件は、内密に——ですね?」

「——助かります」


 アステルの判断は、たしかに当時十一歳だった少女の人生を、大きく変えてしまった。

 だがそれによって、クリス・クリスタインという稀代の名将が表舞台に立つことになったのも、また事実だ。


「運命とは……複雑怪奇なものだな」

「そうですね……」


 アリスと共に、そう呟く。

 教え子と娘、ふたりの司令官を世に送った男、オスカー・クリスタイン。

 彼はいま、この光景をみてどう思っているのだろうか。

 そんな、詮無(せんな)きことを考える俺であった。

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