第六十三話:強襲形態・雷光号
大型の海賊が近距離で出現した直後、高速戦艦『ステラローズ』は雷光号に横付けせんばかりの距離まで近づいていた。
『クリスタイン提督!』
危険だというのに、艦橋から身を乗り出して、アステル中将が拡声器を使う。
『ここは装甲の厚いこちらが残りますわ。時間を稼ぎますから今のうちに後退して通常弾に換装なさってください!』
『その必要はありません!』
俺と共に甲板に上がって、拡声器を使いクリスは答える。
『むしろ、そちらの方こそ一度引いてください。雷光号はこれより、あの大型海賊との戦闘に入ります』
『——本気ですの……!? まさか、念のために通常弾をお持ちになっているとか——』
『規定の違反なんて、していません! ただ、その術があるから戦うだけです』
『わ、わたくしに下がれと……?』
『そう言っています』
『そんな! 貴方を残して下がるなんてできませんわ!』
『弾薬のない高速戦艦は、体のいい的です。それくらいわかっているはずだと思いますが』
『たとえそうだとしても!』
艦橋から飛び降りかねない勢いで身を乗り出し、アステル中将は叫んだ。
『おじさまの——貴方のお父様のときのように置いて行かれるのは、もう嫌なのです!』
その一瞬、クリスはアステル中将から顔を背けた。
そのとき、俺にだけ見えた表情は——驚きと、怒りと、哀しみが混じった。複雑な表情だった。
〜〜〜
「クリスちゃんが雷光号に乗りたいというのはね、キミに対する好意でもあるけれど、それ以外の理由もあるのよ」
「それ以外の、理由だと?」
「そう。『バスター』に乗っていた場合、他の乗組員が絶対いるわけでしょう? 彼らに見られたくないことが、クリスちゃんにもあるのよ」
〜〜〜
クリスが自分の乗艦である『バスター』ではなく、雷光号に乗ると言った時、ヘレナがいっていた言葉を思い出す。
そういえば、クリスの父親、そして先代の護衛艦隊司令官は、船団会議中に現れた超巨大海賊と相討ちになったと聞いている。
それはつまり、その場に他の船団の司令官も居合わせたということだ。
「クリス——」
『——大丈夫です』
再び拡声器を握って、クリス。
その言葉は、アステル中将に向けたものだろうか、それとも俺に向けたものなのだろうか。
『あの時のように、国家元首を乗せた貴方達を避難させるためではありません。あくまで戦うために、私達は残るんです。ですから——早く』
『……約束ですわよ。絶対に生き残ってくださいませ』
『約束します。その代わり、そのときのこと、ちゃんと聞かせてください』
『ええ……ええ!』
ようやく納得してくれたらしい。『ステラローズ』は、雷光号から離れていった。
「大口を、叩いてしまいました」
船室へと歩きながら、クリスがぽつりとそう呟く。
「なに、構わない。俺がそれを実現させよう」
「お願いします、マリウス艦長。私には、弾薬のない艦で海賊をどうにかする手段を思いつくことが出来ません」
「ああ、任された!」
船室内に戻る。
俺は操縦席に、クリスは提督席に着く。
「二五九六番、大型海賊の様子は」
『でたらめな射撃をはじめながら、あの赤いヤツを追いかけようとしているぜ』
「よし、ではそれを阻止し——大型海賊を撃破する」
『あいよ!』
「総員、安全帯を着けろ。反対側に予備もある。それもつけておけ」
普段はたすきのように装着する安全帯とは別に、もうひとつの安全帯を装着し、バツの字になるようにする。
これで座席への固定力が、増すわけだ。
「これからかなり揺れるぞ、舌を噛まないように気をつけろよ」
「はい!」
「了解しました!」
クリスとアリスが、ほぼ同時にそう答える。
それを確認して、俺は一度だけ深呼吸をした。
「行くぞ、二五九六番。雷光号・強襲形態!」
『よっしゃあ!』
雷光号の機関が、全開となった。
いや、正確にはいままでの全開より五割増しで、機関をふかしたのだ。
「ぐっ……!」
その動力源となっている、俺の魔力が一気に持っていかれる。
そして——。
雷光号が、変形をはじめた。
まず砲塔部分はそのままに、艦首部分が四分割された。
上のふたつはそのまま肩となり、下のふたつは関節部分が引き出され、上腕部、前腕部となる。
船体後部は三分割され、上の部分がそのまま背部に、下の部分、両舷にある推進器が折りたたまれた状態から大腿部を引き出し、そのまま脛部を形成する。
そこで推進器が全開となり、沈んでいた下半身部分が水上に押し上げられた。
まるで、海の上に立つように。
最後に、砲塔部分が真横に回転し、肩の上に固定され——竜骨部分に収められた巨大な剣を、右手で振るう。
『変形完了! いつでもいけるぜ!』
複合測距儀——元々頭部であった部分で左右を見回してから、二五九六番がそう報告した。
「よし。雷光号、突撃! あの大型海賊を撃破しろ!」
『おうともよ!』
水上を滑るように、少し身をかがめた雷光号が突進をはじめた。
それまで去りゆく『ステラローズ』に気を取られていた大型海賊が、慌ててこちらを振り向く。
だが、何もかもが遅い。
『くらいやがれ!』
水上を突進する勢いを利用して、雷光号が巨大な剣を上段から振りかぶった。
その刀身は防ごうとした大型海賊の腕部にめりこみ——そのまま、船体を斜めに両断する。
その機関をも斬ってしまったのだろう、その瞬間大型海賊は大爆発を起こした。
だが、その時は雷光号は大きくとびすさり、ゆっくりと構えを解く。
『——やってやったぜ!』
「ああ。俺達の勝利だ」
ニーゴとして魔族や人間と変わりない動きが出来るようになってから、二五九六番はアリスをいざというときに守れるよう、メアリから剣などの近接武器の使い方を学んでいた。
その腕はめきめきと上達していたが、一方で雷光号の状態ではそれが活かされないという欠点があった。
剣で闘いたいというのは、もともとが機動甲冑である故の本能なのだろう。
だから俺は、その本能を活かすため、そして艦としての機能も維持するために——変形という機構を、今回の改装で組み込んだのだった。
「終わったぞ。アリス、クリス」
操縦から、後方のふたりを振り返る。
「アリス……? クリス……?」
ふたりとも、何も言わなかった。
ただただ、驚愕の表情を浮かべている。
「どうした、揺れすぎたか?」
「……いえ。そういうわけではないですけど」
かろうじてといった様子で、アリスがそう言った。
そして一方のクリスは——。
「——な」
「?」
「——な」
「な?」
「なんなんですかっ! このでたらめはーっ!?」
いや、そんなことを言われても困るのだが……。




