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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第四章:提督令嬢、颯爽登場!

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第六十一話:提督少女vs提督令嬢 前哨戦

「気がついたか」


 濡れたハンカチを額に乗せたところでクリスが目を覚ましたので、俺はそう声をかけた。

 船団ウェステリアの訓練場。

 その隅、俺の膝枕で寝かされていたクリスの視線は、どことなく弱々しかった。


「あれ、私……」


 ぼんやりとした瞳で、俺を見上げるクリス。


「大丈夫ですか、クリスちゃん。どこか痛かったり、気分が悪かったりはしませんか?」


 本格的な氷嚢を借りにいっていたアリスが、それを両手に持ったまま心配そうに声をかける。


「いえ、大丈夫です……それより私、どうなって——」

「アステル中将との格闘技での勝負で、投げ技を食らったんだ」

「投げ技……?」

「相手の勢いと、自分の膂力(りょりょく)を利用して、文字通り投げ飛ばす。東方の格闘技にあるものだな」

「なるほど、それで私は負けたんですね……負け……負け!?」


 そこで急にクリスの目が焦点を結んだ。

 そして、ばね仕掛けのように飛び起きる。


「ごめんなさい、マリウス艦長! 私、パーム提督に負けちゃって——!」

「構わない」

「しかも、ひ、膝枕なんて!」

「いいんだ。それよりクリスに大事がなくてよかった」


 クリスがあまりに綺麗に投げ飛ばされ、気を失った時は流石に焦ったものだ。


「でも、でも——」

「それより身体に異常がないか、確認してくれ」

「あ、はい!」


 訓練用の水着——前に俺が作った、食い込みが起きないように太ももまで覆う形のもの——の上から、身体の各所を触って、異常かないかどうかを確かめるクリス。


「大丈夫です。気分も悪くないし、頭痛もありません」

「よし、それならば大丈夫だな」


 ようやく、一息つく。


「やっと思い出しました。三本勝負の一本目で負けちゃったんですね、私……」

「だから気にするな。あと二本ある」

「はい……ただ、ここまであっさりやられるとは思わなくて、悔しいです」

「そうだな」


 勝負の流れは、始終クリス側にあるように見えた。

 手足の長さが不利だとあらかじめ悟っていたクリスによる、接近と連撃。その戦術に間違いはなかったと思う。

 だがそれ以上に、翻弄されているように見せかけていた向こうが巧みだったわけだ。


「あら、目を覚まされましたのね」


 そこで、クリスを投げ飛ばした張本人である、アステル中将が顔を出す。

 現在は上着を羽織っておらず、あの過激な水着だけを見にまとっていた。

 恐るべきことに——いや、呆れるべきことに、か?——彼女はその水着姿で、訓練用の水着に着替えたクリスと相対していたのだ。


「なかなか良い拳筋でしたわ。ただ少し攻めに焦りが見えましたけど」

「そこまで見抜かれていましたか……」


 悔しそうに、クリス。

 提督としての技量は未知数だが、少なくとも武人としてアステル中将はクリスと同格か、それ以上のようであった。


「御加減がいかがです? もし悪い様でしたら、以降の勝負はそちらのマリウス大佐を代わりに立てられても構いませんわよ?」

「馬鹿にしないでください」


 しっかりとした声で、クリスはそう言った。


「あと二本をとって、私が勝てばそれでいいんです」

「ふふ……そうこなくてはいけませんわね!」


 本当に楽しそうに、アステルはそう答えた。


「それで次は何にします?」

「……剣で、お願いします」

「明日に致します?」

「いいえ、今日で。できることなら、いますぐにでも」

「まぁ……もう休まなくてもよろしいの?」

「ええ。むしろようやく、身体があたたまりました」

「ただの強がりではなさそうですわね」

「当然です。貴方と同じ、司令官ですよ。私」

「ふふ、そうでしたわね。それでは、早速準備を致しましょう。アセスル」

「はい。こちらを」


 まるであらかじめわかっていたかのように、アステル中将の秘書官であるファム中佐が、各種練習用の剣が乗せられた盆を差し出す。


「わたくしは、これですわね」


 そう言ってアステル中将が選んだのは、細身の突剣だった。


「では、私も」


 そしてクリスが選んだのも——。


「突剣ですの? クリスタイン提督のお得意な武器は片手剣と記憶しておりますけど」

「これでいいんです——いえ、これがいいんです」


 練習用の軽い刀身を確認して、クリスがはっきりと答える。


「それでしたら、わたくしから言うことはありませんわ。中央へどうぞ、クリスタイン提督」

「二本目の勝負、よろしくお願いいたします。パーム提督」


 お互いに言葉を交わして、クリスとアステル中将が練習場の中央に進み出る。

 それに合わせて、俺とアリスはクリスの後ろに、ファム中佐はアステル中将の後ろに控えた。


「よろしくて?」

「ええ——いきます!」


 はじまりは、お互いの刺突がそれぞれの切っ先で弾かれるところからであった。

 続いて、上段、下段、そして中段と、互いの突剣が交差する。


「腕が上がりましたわね!」

「おかげさまで!」


 格闘戦の時はお互い無口であったが、どういうわけか今回は会話を交わしているふたりであった。


「腕だけではありませんわ。剣筋が変わりましたわね!」


 アステル中将の突剣が、クリスの長い髪を貫いた。


「良い師匠に恵まれましたので!」


 ほぼ同時にクリスの突剣が、アステル中将の左右二つに結われた金髪をかすめる。


「クリスちゃん、戦い方を変えましたね」


 ふたりの剣戟(けんげき)を見つめながら、アリスがぽつりとそう呟いた。


「ああ。前は持久力と筋力が足りないから手数で畳み掛ける手法だったが、今は俊敏さと一撃の強さにかけているな」

「でもいつのまにあれだけの——」

「メアリに色々習っていたからな」


 そして、何度も俺に挑んでいた。

 それの成果が今、芽を出しているのだ。


「ふっ——!」

「やっ——!」


 ほぼ同時に、双方から会心の突きが繰り出された。

 全身に勢いをつけて突進した結果、お互いがお互いをかするようにすれちがい、背中あわせのような状態になる。

 そしてふたりは、そのまま時計回りに体を回転させた。

 クリスは剣を持ちなおし、独特の振り抜き方で、アステル中将の背中を狙う。


「切っ先が、稲妻のように——!? でも!」


 がしかし、当の中将は姿勢を低くし、その肩口をクリスの腹部に向けると、押し出すように一歩だけ突進。その全体重をクリスに叩き込んでいた。


「ぅあっ!?」


 たまらずに、クリスが突き飛ばされる。


「クリスちゃん!」


 背中から倒れこむクリスに、アリスが叫ぶ。

 だが、今のは——!


「……やりましたよ」


 苦しそうに身を起こしながらも、クリスはニヤリと笑っていた。


「簡単に、()()()()()。その露出過剰な水着が、仇となりましたね」


 そう言って、自分の突剣を掲げるクリス。

 その切っ先には、アステルの水着、その上部分が引っかかっていた。


「あらまぁ……」


 ようやく気づいたように、アステルが自分の胸元を見下ろす。

 水着がないからその豊満な——。


「クリスちゃん、すごいです!」

「アリス、前が見えない」


 思いっきり両手で俺に目隠しをするアリスであった。

 後ろからするものだから、背中にアリス自身の胸が当たっているのだが、それはいいのだろうか。


「見事でしてよ! クリスタイン提督!」

「両手を腰に当てる前に、まず前を隠してください」

「減るものではありませんわ」


 それでも俺の目は気になるのだろう。クリスから手渡された水着の上を手早くつけなおすアステル中将であった。(その段階で俺はアリスの手から解放されたので、推測になるが)


「さてさて、これでお互い一本ずつ取りましたわね」

「ええ、次の勝負方法はそちらの方でどうぞ」

「あら……では、最後の勝負方法をご提案したしますわ」


 一瞬、アステル中将の瞳にどう猛な光が宿る。


「お互い提督なのですもの。前回と同じく模擬戦で行きましょう」

「ええ、ええ。のぞむところです」


 同じように強い光を瞳に(とも)し、クリスが頷く。


「前は模擬戦の三本勝負で一勝二敗でした。ですが、今回そうは行きませんよ」

「結構なことですわ。お互い、悔いの無い戦いを致しましょう!」


 アステル中将が、大きく胸を張る。


 ——ぶちっ。


 その瞬間、上の水着の細い紐が、切れた。


「あらあら、クリスタイン提督が乱暴に絡め取るから、紐が傷んでしまったのね」

「それより、前を隠してください。前を! 自慢ですか! 自慢ですね!」

「あら、クリスタイン提督も、成長する可能性は残されておりますわ」

「可能性は余計です! 私もあと三年経って貴方と同じ歳になれば、それくらいの大きさになるんです!」

「それは頼もしいですわ。でも、それならもう少し見られる事に慣れませんと」

「み、見られることに慣れるって、それくらい——」

「あら。貴方、殿方に見せたことがありまして?」

「そ、それは……」


 クリス、それくらいにしておこう。

 でないと、察しのいいアステル中将のことだ。ばれるぞ……。


「あらあら……なかなか隅に置けませんわね」


 どうやら、手遅れのようであった。


「お相手はもしや——うふふ」


 お戯れを。そう言いたいのだが、その前に。


「アリス、前が見えない」

「まだ駄目です」


 俺の顔から、決して手を離さないアリスであった。

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