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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第三章:提督少女

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第五十八話:アリスのお料理教室with提督少女

 波の穏やかな昼のことだ。


「そろそろ、クリスちゃんも自分だけでお料理してみましょうか」


 アリスのその一言で、クリスは愕然とした。

 以前からアリスに料理を習いたいと言っていたのは、俺も知っている。

 だがどうやら、そこまで評価されているとは思っていなかったらしい。


「あ、あのアリスさん……それは、本気でしょうか?」

「本気も何も、クリスちゃん料理の基本はできていますから」

「いつのまに!? 私、全然自覚がないんですが!」


 クリスが驚くのも無理はない。

 いままで、本人がひとりで料理をしたことはなく、何度かアリスの調理を手伝っていたくらいだからだ。


「大丈夫です。クリスちゃんはできています」


 だから自信を持ってください。と、アリス。


「あの、差し支えなければ理由をお願いします。アリスさんから認めてもらうのは嬉しいですけど、ちゃんと理由がないと私自身が不安ですので」


 おずおずとクリスがそういうと、アリスはたしかにそうだと言わんばかりに手を打って、


「たしかにそうでした。単純な話なんですけど、わたしのいう基本ができているというのは、クリスちゃんがちゃんと材料や調味料を測っているのと、ちゃんとお料理の本通りに作っているところです。それがちゃんとできているから、クリスちゃんはお料理の基本ができているなって」

「それが基本なのか?」


 予想以上に単純な話だったので思わず口を挟んでしまう、俺。


「そうですよ。ここを守れないとそう簡単に先には進めませんから」

「そうなのか……」

「例えばマリウスさんがお料理中に、お塩小さじ一が必要だとします。でも手近に小さじがありません。その場合、どうします?」

「どうしますって——茶さじで代用するとかか」

「駄目です。その時点で味が変わります」

「そ、そうなのか」


 意外と厳しいアリスだった。


「クリスちゃんなら、どうしますか?」

「そうですね…… 。小さじを探すか、無いのなら秤で小さじ一分の塩を測って入れる——でしょうか」

「はい。大正解です!」

「あ、ありがとうございます……」


 にっこり笑うアリスと、照れるクリスだった。


「なるほど、そこが基本か……」

「あと、本の手順通りに作ることも大事なんです。先ほどちゃさじで代用するとマリウスさんは言いましたけど……粉を振るうとか、材料を少し寝かせるとか、そういう工程を面倒だから、無駄に見えるからと飛ばしたりしていませんか?」

「し、しているが——やはり味が変わるのか?」

「変わりますよ? 具体的にいうと、粉を振るわないと口当たりが悪くなりますし、素材を寝かさないと後の調理で味が染み込みにくくなったりします」

「そこまで違うのか……」


 あまり料理で腕を振るうことはなかったが、言われてみると覚えのあることばかりであった。


「その部分も、クリスちゃんは合格ですね。特に事前に手順を読み込んで、全体の動きを把握しておくところがすごいです」

「機械の組立手順を最初におさらいするようなものか」

「そうですね。そうしておくと、実際に組み立てる時迷うことが少なくなりますし、不測の事態に陥った時もすぐに動けるようになりますよね?」

「ああ、たしかにその通りだ」


 自分の得意な分野に置き換えてみるとわかる。

 なるほど、たしかに俺がやっていたことは手抜きに近い。

 そしてそれは、すぐに結果に反映されていたということだったのか……。


「というわけで、クリスちゃんは基本ができているというお話でした。納得してもらえましたか?」

「はい。細かいところまで見てくれていたんですね……ありがとうございます」


 と、嬉しそうにクリス。


「では、ひとりでお料理、やってみますか? もちろん、隣にはわたしがいますし、必要だと思った時には声をかけますから」

「……はい。是非ともお願いします!」


 艦隊を指揮するときのように鋭い表情で、クリスは頭を下げた。


「では早速、はじめましょうか」


 そういうわけで、俺たちは雷光号(らいこうごう)の厨房へ移動することになった。

 なにかこう、逆らえない流れによって俺も一緒について行っているが……今回は、見学ということでそのまま居ようと思う。



 ■ ■ ■



「それじゃ、始めましょうか」


 エプロンを装着して、アリスはそう言った。


「よろしくお願いします」


 同じくエプロンを身につけたクリスが、一礼する。

 ——どうでもいいことだが。

 ふたりとも水着の上にエプロンを着ているため、角度によっては衣服を一切見に纏わずエプロンだけを着ているように見えてしまって俺の情操に悪かった。


「というわけで、今回クリスちゃんには——サンドウィッチを作ってもらおうかなって考えています」

「サンドウィッチか……」


 なるほど、あれならそれほど難しくは——。


「さ、サンドウィッチですか……! 予想以上に難解なものが来ましたね……!」


 俺と違い、思いきり身構えているクリスだった。

 正直警戒しすぎではないかと思ったのだが——。


「クリスちゃん、もしかしてサンドウィッチで失敗したことがありませんか?」


 アリスには別の視点で見えていたらしい。

 優しい口調で、そうクリスに訊く。


「はい。実は何度か試したことがあるんですけど、いつも失敗してしまうんです。最初は出来がいいんですけど、少し時間をおくとパンがぐっしょりしてしまって——」

「あ……それは……具を挟む順番に問題がありますね」

「具を挟む順番で変わるのか?」

「具を挟む順番で変わるんですか?」


 ほぼ同時に聞いてしまう、俺とクリスであった。


「はい。意外と重要なんですよ。今日作ってもらうサンドウィッチの具なんですが——」


 そう言って、アリスは保管庫から材料を取り出し、並べていく。


「パン、チーズ、トマト、レタス、そして塩漬け肉。一番外側はパンだから除外するとして、クリスちゃんはどう並べます?」

「最初にシャキッとした歯ごたえが欲しいので、レタス、トマト、チーズ、肉、チーズ、トマト、レタスの順番に並べていたんですけど……それだとぐっしょりしてしまうんですよね」

「歯ごたえを考えるのはすごく大事ですよ。だから不正解ではないです。ただ、レタスもトマトも水分が出やすいですよね」

「——あ! そうです、そうです!」


 思い当たったとばかりに、クリスが頷く。


「だから、パンに挟むときは水分が多いものを真ん中にするようにすればいいんです。つまり、チーズ、お肉、トマト、レタス、トマト、お肉、チーズ——ですね」

「だが、それだとどうしても分厚くなるな。クリスの並べ方でもそうだが」

「はい。マリウスさんいい質問です。今のは上下を対照にしているから、どうしても分厚くなりますね」

「どうすれば、いいんでしょうか? 実を言うと、それも悩みごとだったんです」


 と、困った様子でクリスも訊く。


「単純ですよ。順番をひとつにまとめればいいんです。この場合は、チーズ、お肉、トマト、レタスですね」

「だが、そうするとレタスの水分をパンが吸ってしまうのではないか?」

「はい。なので解決策を使います」


 そう言って、アリスが保管庫から取り出したのは……。


「バターですか?」

「バターですね」

「ちょっとまってくれ。そのバターとはもしや」

「はい。ウミウシのミルクから作りますけど……?」


 そこにもいるのか、ウミウシィ!

 普段考えないようにしているのに、随所随所で顔を出すその軟体動物に、内心頭を抱える俺であった。


「あの、アリスさん。マリウス艦長がなんか懊悩(おうのう)していますけど……?」

「お料理のこととは関係ないみたいですから、そっとしておきましょう」


 そっとしておかれる、俺であった。


「それで、このバター、パンに塗るんですよね。どういう効果があるんですか?」

「簡単に言うと、水分を弾くようになります」

「——あっ! 油分があるからですね」

「そういうことです。だから、心持ち多めに塗りましょう」

「わかりました!」

「あ、2枚目には塗らなくていいですよ。そちらは野菜とは接触させないので、そのままでいいです」

「なるほど。そうすればバターでくどくなりませんもんね」

「はい、分厚くなるのも防げるので、ちょうどいいんですよ。というわけで、バターを塗ったパンの上に、レタス、トマト、塩漬け肉、チーズの順番に載せていきましょう」

「塩胡椒は、振らなくていいんですか?」

「塩漬け肉を少し厚めに切ることで、その味を活かすようにするんです。ただ、臭みが気になる場合は胡椒をお肉に振るといいかもしれませんね」

「了解です!」


 慎重な手つきで、クリスが人数分のサンドウィッチを組み上げていく。


「アリスさん、こう……でしょうか?」

「うん、いい感じです! あとは上に油紙を載せて、上からぎゅっと押さえてください」

「い、いいんですか? 潰れたりは」

「力任せにしたらそうなりますから、ぎゅっとする程度ですね。それくらいなら、大丈夫ですよ」

「ぎゅっ——具体的には、どれくらいですか?」

「うーん……好きな人を抱きしめるくらい?」

「好きな人——」


 そこでなぜか俺を見るアリスとクリスだった。


「と、とにかくやってみます。よいしょ——」


 両手をいっぱいに広げて、均等に圧力がかかるようにクリスが上から軽く押さえつける。


「これで、なにが変わるんだ?」


 ふと疑問を覚えて、俺はそう口を挟んでみた。


「細かいことなんですけど、サンドウィッチとして、まとまりが良くなるんです。お弁当とするなら必須ですし、すぐに食べる場合でも簡単にばらけなくなるので、食べやすくなるんですよ」

「なるほどな……」


 この圧縮があることで、具材を挟んだパンから、サンドウィッチになるのだと言う。


「あの、アリスさん。これくらいでいいですか?」

「そうですね。それくらいで。一旦上の油紙を剥がして、新しい油紙に包みましょう。それで少しだけ寝かせます。クリスちゃん、その理由わかります?」

「えっと、推測ですけれど……具材をなじませる?」

「大正解です!」

「あ、ありがとうございます……えへへ」

「その間に、お湯を沸かしてお茶を淹れましょうか。あ、それはわたしがやっておきますよ」

「じゃあ、配膳を私が」

「なら、手伝おう」


 俺はほとんど何もしていないのだから、ここは動かなくてはならないだろう。

 クリスと一緒に、三人分の配膳を済ませる。


「あとは、油紙をまた解いて、食べやすいように斜めに切りましょう」

「了解です!」


 普段から刃物の扱いには慣れているのだろう。

 正確な手つきと慣れた手早さで、クリスがサンドウィッチを切っていく。


「できました!」

「あとはお皿に持ったら完成ですよ」

「はいっ!」


 斜めに切ったサンドウィッチを互い違いに立てて置く、クリス。

 なるほど、アリスのいっていた圧縮がここで効いているのか、サンドウィッチは一切崩れなかった。


「完成ですか!?」

「はい、完成です。クリスちゃん、お疲れ様でした。ひとりでお料理できましたね」

「あ……本当だ……」


 そこで実感が湧いたのだろう、クリスが顔を綻ばせる。


「それじゃクリスちゃん、マリウスさん、いただきましょう」

「はいっ! いただきますですね!」

「ああ。いただきますだな」


 そういうわけで、その日の昼食はクリスのによるサンドウィッチだった。

 サンドウィッチは誰が作っても一緒だと偏見を持っていたが、ちゃんとしたアリスの指導によってクリスが一生懸命に作ったそれは——。

 控えめに言っても、美味いものであった。


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