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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第三章:提督少女

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第五十七話:二五九六番のジレンマ

『なぁ、大将』


 波の穏やかな夜、船室で光帯剣(こうたいけん)の整備をしていた俺に、二五九六番が声を掛けてきた。


「どうした」

『いやさ、今回の改装でよ。風呂、少しだけ大きくしたんだよな』

「そうだな」


 ざっと、五割増しといったところであろうか。

 これにより、長身の俺でも湯船で足が伸ばせるようになって、具合が良くなっていた。


『でも、二倍じゃないよな?』

「さすがに、そこまではな」


 全力で取り組めば二倍を達成することは出来ただろう。

 だが、今回は急な改装であったことと、別の部分に集中しなければいけなかったからというものある。


『んじゃ、質問なんだけどよ』

「なんだ?」


 風呂に興味を抱くとは珍しい。そう思いながら、俺は先を促す。

 すると二五九六番は遠慮がちに、


『なんで嬢ちゃんと小さい嬢ちゃん、一緒に風呂に入っているんだ?』


 ……ああ、それは。


 〜〜〜


「マリウスさん! お風呂なんですけど、わたしクリスちゃんと一緒に入ってきますね」

「あ、あぁ……。それは構わないが」

「大丈夫です。クリスちゃんも是非にとのことでした!」

「そ、そうか」


 〜〜〜


「なんでだろうな……」


 さきほどのやりとりを思い出しながら、俺。

 俺にも、わからないことがある。

 魔王であっても、わからないことがある。

 今の質問が、そうだった。


『不思議だよな。ひとりあたりの広さ、前より狭くなるじゃん?』

「そうだな。その通りだ」

『なのになんで、一緒に入るんだろうなぁ』

「推測は、できるがな」

『マジか。教えてくれ大将、オイラ気になって夜も眠れねぇ……!』


 いや、もともと睡眠の必要なないだろう。

 そう言いたかったが、その前に推論を述べることにする。


「確実にそうだとは言えないが、ふたりとも同世代の友人が少ないだろう」

『ほんで?』

「わからんか。だから、お互いに親睦を深めようとしているのだ」

『あー……つまり、仲間を集めようってことか』

「端的に言うとな」


 ふたりとも、もう少し複雑な経緯があるはずだ。

 たとえばクリスは十一歳で親の跡を継がなくてはならなくなった。

 そしてアリスは——親も、友人も、帰るべき船団と共に喪ってしまった。


「同じ釜の飯という古い言葉もある。さながら同じ釜の風呂というべきなのだろうな」

「なるほどなぁ……オイラたちにはそういうのがないから参考になるぜ」

「そうか、ないのか……」


 そういえば、まだ二五九六番以外の知性のある海賊とは遭遇したことがなかった。

 アリス曰く、滅多に出てこないということだから仕方のないことであるが。


『あれ? んじゃ大将は? 大将はそういうのほしいと思わねぇの?』


 本当に不思議そうに、二五九六番がそう訊く。


「俺は——そういう感情を抱くには年を取り過ぎたからな。もう二百三十六歳だぞ?」

『でもよ、魔族の寿命から考えたら、大将ってまだまだ若いんじゃねぇの?」

「たしかにそうだが……それでも、もう立派な大人だ。郷愁や哀愁を抱くような歳じゃない」

『そういうもんか?』

「そういうもんだ」


 二五九六番の指摘通り、魔族の寿命は、だいたい七百歳から八百歳。

 それに比べれば俺の年齢など若造も同然だ。

 だが、魔王となったあの日から、俺はそういった諸々のものを、切り捨てていた。


『まぁ大将がそれでいいんなら、いいけどよ。たまには嬢ちゃんとかに話せよ? そういうの』

「善処しよう」


 人間の議会で良く聞いた言葉を返し、俺。

 つまりはまぁ、そういうことだ。


『んじゃ、そっちの方はいいや。もう一個の問題の方な』

「ほう、もうひとつ問題があるのか?」


 今のは問題というよりも、疑問であったと思うだが。


『こっちは間違いなく問題だぜ』


 と、いつになく真面目な調子で、二五九六番。

 その物々しさに、俺は思わず姿勢を正す。


「続けてくれ」

『おう。まず、オイラにゃ自分で決めたいくつかの決まりがある。そいつはわかっているよな』

「ああ」


 上は戦術戦略の一手から、下は細かい日常の一コマまで、二五九六番が色々とこだわっているのは、よく知っていることだった。

 おそらく、元機動甲冑としての本能がそうさせているのだろう。

 故に、俺は何度かの改装を経ても、そこだけは変わらないように最新の注意を払ってきた。


『たとえば嬢ちゃんが風呂に入っているときは、映像も音声も絶対に流さない』

「ああ、そうだな」

『でもよ、ここに外部の人間が入ってきたら、逐一監視する。それもそうだよな?』

「そういえば、そうだな」


 以前クリスが乗船したときは、そのようにしていたことを思い出す。


『んじゃ、情報を流すべき小さい嬢ちゃんと、流しちゃいけない嬢ちゃんが一緒に風呂に入っている場合、オイラはどうすればいい!?』

「それは……それは……」


 ——どっちだ!?

 上位はアリスだろうから流すわけにはいかないはずだが、かといってそれを正直に適応すれば、アリスを悪用してこちらの監視をかいくぐることが出来てしまう。

 で、あれば取得するしかないが……。


『というわけでオイラは現在、罪悪感にまみれながら両方映像も音声も記録しているわけよ』

「あ、ああ……」

『だから大将、共犯者になってくれ』

「なに!?」

『いーくーぜー……!』

「ま、まて、映像はいくらなんでも——」

『いや、それは前に嬢ちゃんが禁止しているから音声だけ』

「なんだそうか……ってまてまてまて!」

『いいや待てないね! オイラは流すぜ!』



 ♨♨♨



『えっ……! このお風呂って監視されているんですか!?』

『はい、監視されてますよ』

『もしかして、映像とかも見られるんですか!?』

『見られますね。でも、マリウスさんには見せないようにって、二五九六番ちゃんにはお願いしていますから』

『そ、そうですか……でも、マリウス艦長が本気で望めば見られるんですよね?』

『たぶん、そうだと思います。でも、マリウスさんは見ないと思いますよ』

『信頼されているんですね——わ、私も信頼していますけど!』



 ♨♨♨



『信頼されているってよ。よかったな、大将』

「貴様が我慢できなくなって映像も流していたらそうも言えなくなっていたがな」



 ♨♨♨



『ところで……アリスさん』

『はい?』

『私本当に、あと二年でアリスさんくらいになれるんでしょうか!?』

『えっ!? それは……その……どうでしょう?』

『では……その……触ってみてもいいですか?』

『えっ、いやだってクリスちゃんだってあるじゃないですか!?』

『そうですけど……大きくなるとどうなるのか知りたくて……だめですか?』

『う〜……少しだけなら、いいですよ……』

『あ、ありがとうございます! では——』

『——っ!』

『すごく……柔らかいです』

『あ、ありがとう……ございます?』



 ♨♨♨



「音声、切ってくれ。いますぐだ」

『駄目だね。オイラだけいたたまれない気持ちになるのは御免だぜ!』



 ♨♨♨



『でも、本当に……すごく、大きいです』

『クリスちゃんも、すぐにこうなりますよ』

『だといいんですけど……』

『あの——クリスちゃん? なんで手じゃなくて顔を?』

『あ——すみません。前に抱きしめられた時を思い出しまして……』

『いえ、いいんですけど』

『……あの、母の胸の中って、こんな感じなのでしょうか? 私、母の記憶が無くて』

『そうですね……わたしもだいぶ忘れちゃいましたけど、きっとそうです』

『暖かくって……すごく、おちつきます……』

『うん、しばらくそのままでいいですよ……』



 ♨♨♨



「なぁ、大将」


 いつの間にかニーゴ状態になったいた二五九六番が、ぼそっと呟く。


「なんだ?」

「なんでオイラたち、正座してこれを聞いているんだろうな」

「さてな……」


 聞いた話だが。

 東方では、真面目な話は正座をして聞くものといわれている——らしい。


「なんつーかさ」

「ああ」

「オイラ、嬢ちゃんのために頑張ろうと思っていたけどよ」

「そうだったな」

「これからは小さい嬢ちゃんのために()頑張ろうと思うわけよ」

「それでいいんじゃないか?」

「それでいいってことは、大将もか?」

「そうだな……」


 正座をしたまま、天井を見上げる。

 魔法の灯りが、少し目にまぶしかった。


「俺も、同じ気持ちではある」

「そっか。んじゃ、一緒に頑張ろうぜ」

「ああ、そうだな」


 正座をしたまま、お互い頷きあう俺達であった。

 なお、アリスとクリスが風呂から上がるまでずっと正座をしていたので、クリスはともかくアリスには大体を察せられてしまったらしく——。

 しばらくの間、風呂に入る度に赤面されるようになってしまった。

 正直、怒られるよりもきついのだが、聞いてしまったのはたちが悪いので、しばらくはこの罰を受け続けようと思う……。

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