第五十二話:提督少女と学ぶ、軍の階級と歴代司令官。
「準備はいいですか、アリスさん」
護衛艦隊詰所の私室で、クリスはそう言った。
「は、はい! いつでもどうぞ!」
メモとペンを携えて、アリスが頷く。
「行きますよ、マリウス艦長」「ああ、こい」
「護衛艦隊の」「魔王軍の」
「「階級」」
「二等兵」「二等兵」
「一等兵」「一等兵」
「上等兵」「上等兵」
「兵長」「伍長勤務上等兵」
「待ってください、なんですかそれ!」
聞いたことがないですよ! と、クリス。
「読んで字のごとしだ。次の階級である下士官扱いの兵を指す」
「長くないですか」
「長いとは思うが、決めたのは俺ではないからな……」
先代も、特に階級をいじったとは言っていないから、おそらくずっと使っていたのだろう。
「で、では続けますよ」「ああ」
「二等兵曹」「伍長」
「一等兵曹」「軍曹」
「上等兵曹」「曹長」
「兵曹長」「特務曹長」
「今度は俺の方が短いな」
「初めて聞く階級ばっかりですね」
「二五九六番ちゃん、特務曹長もかっこいいとかいいそうです」
たしかに、『特務』の部分を気に入っている下士官が多かったと聞いたことがある。
「少尉」「少尉」
「中尉」「中尉」
「大尉」「大尉」
「少佐」「少佐」
「中佐」「中佐」
「大佐」「大佐」
「いいですね! 息がぴったりです」
「士官は変わらないのだな」
不思議と、ここが変わっている国は少なかったと記憶している。
クリスの護衛艦隊もここは変わっていないようだ。
「」「准将」
「少将」「少将」
「中将」「中将」
「大将」「大将」
「」「上級大将」
「なんでそんなに将官の階級が多いんですか!」
「端的に言うと、司令官級が足りなかったからだな……あと、多分上級大将はクリスのところにもかつてはあったんだろう」
「というと?」
「星の数だ」
「——あっ!」
思い当たったのだろう。クリスが大きな声を上げる。
「そう。大将は星がみっつ、元帥は星がいつつ、上級大将は星がよっつなんだ」
「そ、そうだったんですか……! 元帥が特別なのだと思っていました」
「いや、それも間違いではないのだがな」
「では、最後ですね」「ああ」
「元帥」「元帥」
「」「大魔元帥」
「なんですか、その最後のは」
「俺専用の階級みたいなものだな」
実質はともかく、名目上は元帥と権限は一緒のはずだった。
まぁ、魔王ともなると元帥の特権もへったくれもないのだが。
「星の数も、むっつとか?」
「いや、同じ数だ。ただし5本線とは別に魔王軍の守護獣である竜の紋章が五つ星の中央に描かれる」
「竜?」
「他のどの動物とも異なる、獣のことだ。四本足で、翼があり、角が二本生えている」
「なるほど……」
「俺以外にも元帥は四人いてな。その四人と同格だとなにかと問題になるというから、大魔元帥という階級が作られたというわけだ」
「なるほど……色々と大変なんですね」
「以上です。参考になりましたか?」
必死になってメモを取っていたアリスに、クリスが訊く。
「ど、どうにか……っていうか、少尉って結構偉いんですね……」
ようやく階級を理解できたといった様子で、アリス。
「そうだな。ここからが幹部と言っていい。俺の軍の場合は、小隊という隊の隊長を任される階級だな」
「私たち護衛艦隊の場合は多岐に渡ります。小型艦よりさらに小さい哨戒艇の艇長や、大型艦、旗艦司令部の要員はここからですね」
さすがは最上位の元帥。すらすらと役割が出てくる。
というか、総員数ではこちらより少ないはずなのに役割が随分と多岐に渡っているようであった。
「そして、艦長を補佐する副官もこの階級からです。アリスさんはこれに該当しますね」
「そういうことなんですね……がんばります!」
「がんばってください。司令官としても、私個人としても応援しています」
司令官か。……司令官といえば。
「クリスは確か、八代目だったな」
「はい。詳しい資料がありますけど、観ますか?」
「そうだな。もしよければ」
「ではこちらへどうぞ」
司令官の私室、その隣の部屋に通される。
ここは——。
「図書室?」
「歴代司令官の、資料室みたいなものです」
慈しむように本棚を指でなぞって、クリス。
「ここに過去の記録を蓄積しておくことで、次の司令官の指針になるようになっているんですよ……」
「なるほど、な」
思わず想像してしまう。
ここにこもって、歴代司令官の記録から一所懸命になって勉強するクリスの姿を。
「あ……あの肖像画って、もしかして」
部屋の奥の壁に並んでかけられている肖像画を眺めて、アリスがそんな声をあげた。
「はい。歴代司令官のものです。少し恥ずかしいですけど、私のもあります」
よく見ると、肖像画の下にはなにかが書いてある。
初代:ノーリオ・クリスタイン:太陽の司令官
二代:シャノレル・クリスタイン:開拓の司令官
三代:アーナード・クリスタイン:忠勤の司令官
四代:バロン・クリスタイン:蒸気の司令官
五代:ゼール・クリスタイン:白兵の司令官
六代:ビクトール・クリスタイン:勝利の司令官
七代:オスカー・クリスタイン:鉄壁の司令官
八代:クリス・クリスタイン:妖精の司令官
「クリスちゃん以外、全員男の人なんですね……」
「そうですよ。私が異例中の異例なんです」
「妖精……?」
「そ、それは司書長が冗談半分でつけたら広まっちゃったんですっ!」
「ふむ……ん?」
彼らの肖像画の前に、テーブルがひとつ設えてあり、それぞれ一冊ずつ本が置いてある。
「これは?」
「歴代の司令官に関する簡単な紹介ですね」
俺は試しに初代の本を手にとってみた。
〜〜〜
ノーリオは激怒した。
必ず、この疑惑を説かねばと思った。
ノーリオはもともと漁師である。
その腕っ節から友人ジョウ・ニューフィールドに誘われ、集まった船を守る仕事に転向した。
そしていまや、船団を守る護衛艦隊の司令官となっていた。
そのノーリオが、船団に二心ありと疑われたのである。
「我に二心無し! お疑いであれば——」
評定の場で、ノーリオは身に帯びていた武器をすべて投げ捨てるばかりでなく、着ているものすべてを脱ぎ捨てて叫んだ。
「この通り! この身に寸鉄ひとつ帯びておりませぬ。さぁ、それでもお疑いならば首を刎ねなされ!」
当時の評定は、晴天下で行われるのが習わしであった。
「抵抗は、致しませぬぞぉ!」
そしてその時、ちょうど背後から陽光が差し、ノーリオはまるで全身が輝いているようであった。
「あいわかった。卿のその主張を認めよう」
評定の場がノーリオの献身に心打たれる中、船団長は口を開いた。
「だが、まずはそのな」
「なんなりとぉお申し付けくだされぃ!」
「せめて、前を隠せ」
ノーリオは、赤面した。
〜〜〜
「……クリスちゃん、これを参考にしたんですね」
「あああああ……! お、思い出させないでください!」
クリスが顔を両手で覆い、ふりふりと横に振る。
その赤面っぷりを見るに、血は脈々とつながっているようであった。
「マリウスさんも、クリスちゃんの素肌思い出しちゃ駄目ですよ」
「わかっている!」
「えっ!?」
「えっ、じゃない。思い出して欲しいのか?」
「いいい、いいえ! ち、違いますよ? 違いますけど……その……」
どうしろというのだ。
「と、とりあえず、他の司令官の本を見せてくれ」
「は、はいっ!」
でないと、気まずいことこの上ない。
〜〜〜
「海は! 平等ではない!」
「弱きものはたちまちにして、海の藻屑となる運命である!」
「しからば諸君! 我々護衛艦隊は弱きものか? 否! 断じて否である!」
「我ら護衛艦隊は海の強者! 強者となり、強者として振る舞い、強者であり続ける必要がある!」
「我らが護衛艦隊にぃぃぃぃぃぃ! 栄光あれぇぇぇぇぇぃ!」
〜〜〜
「なんだこれ」
「二代・シャノレル司令官の所信演説です。初代は伝記でしたが、残りの司令官は所信演説なども残されているんです」
「なんか、マリウスさんと雰囲気が似ていますね」
「そ、そうか?」
〜〜〜
「あ〜……僕は歴代で最も若い司令官となってしまった。弱冠二十六歳と先代、先々代とは経験が雲泥の差だ」
「だが、引き受けた以上は己の務めを全うしなければならない」
「だから僕についていくと決めてくれた者は……このあと一杯、どうだい?」
〜〜〜
「もしかして……」
「そのもしかです。歴代で一番若く跡を継いだのがこの三代・アーナード司令官でした」
「だがクリスが——」
「はい。私が十五歳も上回って——下回ってでしょうか?——一番若く跡を継ぐことになりました。この記録は流石に破られないのではないでしょうか」
「だろうな」
「でも、クリスちゃん。このアーナードさんって、なんかあまり若くないように見えるんですけど」
「実際、年齢より老けているように見えていたそうですよ。本人はその方が貫禄がついていいと、どこ吹く風だったそうです。私も、大人っぽくなれればなぁ……」
「いや、クリスはそのままで良かったと思うぞ」
言われるまで、このアーナード司令官が二十六歳だとは思えなかった俺がいた。
〜〜〜
「諸君! 時代は蒸気である!」
「いかに帆船が蒸気船より大きかろうと、天候頼りの船はもはや時代遅れである!」
「機械化を! 一心不乱の機械化を遂行するのだ!」
「たまらんだろぉ!? 蒸気機関の護衛艦が、いっせいに動き出すのぉ!?」
〜〜〜
「四代・バロン司令官の代で、私たち護衛艦隊は当時かなり珍しい全艦蒸気機関化を果たしました」
「だから蒸気の司令官か」
「そうです。別の呼び名として、機械化提督というのもありました」
「あの……」
アリスが遠慮がちに発言する。
「なぜ、仮面をかぶっているんですか?」
そう。四代目はなぜか頭をすっぽりと覆う仮面を装着していた。
「昔蒸気機関の実験を自ら行った際に事故が起こって、顔に傷がついたからだそうです」
「なるほど……」
「あと、仮面は浪漫だそうです」
「わかる」
「わかるんですか!」
たしかに、仮面は浪漫だと思う。
〜〜〜
「よいか、諸君。身体を鍛えよう」
「白兵戦は、最後の手段だ。それは諸君もよく知っているよう」
「だが今の時代、不埒なものが多くこの海を徘徊している。彼らを取り締まる際、最後に物を言うのは白兵戦である」
「だから、諸君。身体を鍛えよう」
〜〜〜
「五代・ゼール司令官は格闘技の達人だったそうですよ」
「クリスが戦闘訓練を真面目にやっているのは、彼の影響か」
「そんなところですね」
「でも、すごい筋肉ですね……っていうか、なんで脱いでいるんでしょう」
アリスの言う通り、彼の肖像画だけ上半身裸であった。
その要素がクリスに受け継がれなくて、本当に良かったと思う。
〜〜〜
「諸君! 勝利とは何か?」
「最近諸君の間で我が護衛艦隊に勝利なしと嘆く者がいると聞いている」
「だが待って欲しい。他の船団と戦争をして勝利することだけが勝利なのか? 断じて否である!」
「護衛を成し遂げたとき! 美味しいメロンを傷付けず輸送しきったとき! そしてこの船団を守りきったとき! それこそが勝利なのである!」
「諸君! 勝利がないと嘆く諸君! 勝利を作ろう!」
「勝利は身近なところにある!」
〜〜〜
「いいこと言いますね! クリスちゃん」
「はい。さすがは私のお爺ちゃんです。あったことは、ありませんけど……」
「メロン、好きだったのか?」
「みたいですね……」
〜〜〜
「諸君。先代は勝利にこだわり、また勝利の創出にもこだわった」
「私はこれを否定しようとは思わない。大いに推奨したい気持ちもある」
「だが、それとは別に思い起こして欲しい」
「諸君、諸君らは護衛艦隊である。護衛艦隊とは、この船団を守って、はじめてその存在を成り立たせるものだ」
「ゆえに、どうか忘れないで欲しい。諸君らの本文は、あくまで『護る』ことである、と」
「それは諸君の思う通りにしてよいと思う。前提としてこの船団を護るという大前提があるが、その理由づくりは、諸君自身で見出してほしい。その家、その仲間、そしてその家族、多岐にわたるだろう」
「私事で恐縮だが、先日娘が生まれた。私はこの娘のために、そして諸君らのために、この船団を護ろうと思う。どうか、この私に協力して欲しい。以上だ」
〜〜〜
「先代の司令官って、すごくいいお父さんだったんですね」
「そして、優れた武人であったのだな」
「ええ……ええ! 私の父——先代は、立派な司令官でした! 私が、一番尊敬する司令官なんです!」
少し泣きそうになりながらもそれを堪え、クリスは胸を張ってそう答えた。
よく見ると、この本だけ何度も読み返した跡がある。
つまりは、そういうことなのだろう。
〜〜〜
「皆さんのおかげで、無事に危機を乗り越えることができました。まずはそれのお礼をさせてください」
「その上で、皆さんが私のことを不安に思っているのは、よくわかります。今の私は、あの三代司令官が着任したときより、半分以下の年齢です。さぞかし不安でしょう」
「ですが……私は皆さんを小さい時から見ていました。今も小さいですけど、皆さんと一緒なら、この船団を護れると確信しています」
「ですから皆さん、私に力を貸してください」
「私はまだほんの小娘ですが、皆さんを率いる司令官として、その職務を全うする所存です。いえ、全うします」
「ですからみなさん、よろしくおねがいします。私からは、以上です」
〜〜〜
「恥ずかしい話ですけど、この原稿を書くのに三日もかかってしまったんです」
「——! 自分で書いたのか」
俺ですら、魔王に就任する時先に作られた原稿を手渡されたと言うのに。
「え、ええ。そうですけど……何かおかしかったですか?」
「いや……よく頑張ったな」
「ありがとうございます……えへへ」
「こうやって、司令官の皆さんの想いが伝わっていくんですね」
「ええ。私もいつか……こ、子供を作って? 九代目に引き継がなくてはなりません……!」
真っ赤になりながらも、そこははっきりとクリスは言う。
「そのためにはまず、クリスの本を他の司令官と同じくらいの厚さにしないとな」
他の司令官の本をめくりながら、俺はそう言った。
各本には、所信演説のほか、培った戦法、護衛艦隊の拡張計画、新たな艦の設計など多岐に渡った内容が記されている。
だが、クリスのそれはまだ……ごく薄い本だ。
それでも今はいいと思う。
これからクリスが経験を積むたびに、どんどん厚くなっていくのだから。
「あの、それは……マリウス艦長や、アリスさんも手伝ってくれるっことですか?」
「あぁ」
「もちろんです!」
「それじゃあ……頼りに、しちゃいますね」
クリスが、俺たちに略式の敬礼をする。
それに答えるように、俺もアリスも同じ敬礼を返した。




