第五十一話:魔王への辞令
「まったく……ここ数日間、本当に大変でしたよ」
クリスに俺の素性が知られてから数日。
俺とアリスは船団の中枢船にて待機という依頼で、ずっと待機していた。
依頼であるから、もちろん報酬も出る。給料がもらえる休暇という、ある意味理想的な状況ではあった。
ただし、護衛艦隊の詰所、そして艦橋前部への立ち入りは禁止された。
クリス曰く、政治的考慮なのだという。
そんなわけで俺は雷光号にこもって新しい砲弾を開発したり、中枢船の中央から見える海の下の街を眺めて過ごし、
アリスは買い物に出かけて新しい水着を物色したり、市場で珍しい食材を買って新しい料理に挑戦したり、
二五九六番は俺と一緒に開発に参加したり、暁の淑女号に出向いてメアリから白兵戦のの手ほどきを受けたりして過ごしていた。
そして、今日。
数日ぶりにクリスが雷光号を訪れた。
そして、先の言葉を真っ先に言ったというわけだ。
以前は仕事の愚痴は一切口に出さなかったことを考えると、少し変わったなと思う。
「済まなかった。俺たちのために」
「いいんです。私が好きでやったことですから。ところで——雷光号の皆さんは、これで全員ですか?」
「ああ」
「はい」
『おうよ』
「本当だ、ニーゴさんの声が聞こえますね……」
俺、アリス、そして二五九六番の声を聞いて、クリスは感嘆の声をあげた。
「ええと、ニーゴさんは元々海賊なんですよね?」
『おうよ。本当の名前は二五九六番ってんだ。改めて、よろしくな」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。でも、いいんですか? 私、貴方の同胞を沈めたことありますよ?」
『かまわねぇよ。オイラは大将についていくって決めたんだし。それにそいつ、人間を襲っていたんだろ? それならお互い様ってやつだ』
「なるほど……そう言ってもらえると、気が楽になります。さて——」
クリスが、姿勢を正した。
その格好はいつもの司令官の制服だが、普段と違って腰に剣を帯び、手には短い杖を持っている。
その杖は、前にヘレナが言っていた指揮杖だろう。柄頭に金色の錨とが浮き彫りにされ、その周りをいつつの星が取り巻いていた。
「まずは、状況の整理です。ニーゴさん、船外で待機しているヘレナ司書長をこちらに」
『あいよ』
船室の扉が開き、ヘレナが入ってくる。
「ふむ、事情を知るとますます興味深くなるわね、この船!」
「……クリス、これはつまり」
「はい。第一に情報共有の話をします。結論から言うと、私の独断でマリウス船長が話してくれたことをヘレナ司書長とも共有しました」
少し緊張した面持ちで、クリス。
もしかすると、俺の事情を勝手に話したことで怒るのではないかと危惧しているのかもしれない。
だから俺はなんでもないように頷くと、
「賢明な判断だと思う。この船団の情報を司る部門の筆頭は、知っていた方がいいだろう」
「——そう言ってもらえると、本当に助かります」
心底ほっとした様子で、クリスはそう言った。
「私と司書長のふたりで話し合った結果、この情報は私と司書長のみで預かることになりました。特一級の機密扱いとして」
「物々しいな」
「当然ですよ。これほかの船団に漏れたら大変なことになります」
言われてみれば、そうだった。
もしほかの船団に知られたら、場合によっては船団間の戦争になりかねない。
「なお、行政府のボンクラ——こほん! 船団長にはこの情報は共有させていません。それは安心してください」
「クリスが司令官を継ぐ時に妨害しようとした連中のことか。確かにそれは信用ならないな」
「まぁ情報を知ったら最後、十中八九マリウス君たちをどこか血気盛んな船団に売り飛ばして自分たちは関係ないと、すべてをなかったことにするでしょうね」
ヘレナが横から口を挟んだ。
本人もクリスが司令官を継ぐ時に行政府と対峙したと言うから、相当悪印象をもっているのだろう。
「幸い彼らは内政屋としては優秀よ。そしてがちがちの保守系で事なかれ主義でもある。だから今回のことは蚊帳の外にしても問題はないわ」
「わかった 」
「ですが、いままで通りというわけにも行かないところがあります」
話を自分のもとに戻して、クリス。
「まず、マリウス船長にはここを本拠地としてください。他の船団に行くのは構いませんが、定住は御遠慮願います」
「そうか……」
「もちろん、それに伴うこちらの条件を提示します」
そう言って、クリスは懐から厳重に封を施された筒を取り出した。
それを開けて、俺たちに開示する。
「これは……?」
「許可証です。南方五船団共通の——『海賊狩り』の」
「私掠免状か!」
「よくご存知ですね。古くはそう呼ばれていたそうです。って、知っていて当然でしたか」
「まぁ、封印される前は俺が発行していたからな」
私掠免状とは、軍に属さない船に対して、発行する国に対して敵対する国の軍艦、商船を好きに襲って構わないと言うお墨付きの証書だ。
これをもらった海賊(ここでは封印される前の意味を指す)は、その国を後ろ盾として、補給などのさまざまな恩恵を受けることができるわけだ。
俺自身も、かつて人間の海賊どもに悩まされた時、一部の独立した勢力にこの免状を与えて戦わせたことがある。
もっとも当時はあまり大きな効果をあげなかったが。
「マリウス船長の時代は知りませんが、現在では各船団の護衛艦隊において、優秀な功績をもつ艦長に発行されます。そしてこの許可証をもつ艦長の艦はここ南方の五船団において、自由に航行、海賊に対する戦闘、そして補給を受けられるようになります」
「まってくれ」
一点引っかかったので。俺は質問をする。
「優秀な功績をもつ艦長と言ったな。俺は護衛艦隊に属していないわけだが」
「はい。その通りです。ですから書類と会議のてんこ盛りを経て、こうしました」
そう言って、クリスは懐から階級章を取り出した。
黒字に、金色の線が三本、そして三角形に並んだみっつの星。
「……大佐か」
「はい。古い言葉で、『トライスター・カーネル』と呼ばれる階級章です」
「ありがたいが、少し階級が高くないか? 小型艦の艦長なら少佐、高くても中佐だろう」
「昔の軍制はよくわかりませんが、独立を保つには、最低でも大佐であってもらわないといけないんです」
「つまり、俺は護衛艦隊に属していても、艦隊の指揮下には入らないと?」
「そういうことです。ただし大佐は非常時に代将も兼ねますので、そのつもりで」
つまり、雷光号として独立した勢力を保つためにそれだけの地位が必要ということなのだろう。
本来であればクリスの乗る『バスター』のような大型艦の艦長か、小型艦で構成された艦隊の指揮官がなるものだが——。
「——わかった。拝領する」
「ありがとうございます。続いて、アリスさん」
「え!? わたしもですか?」
自分も護衛艦隊に組み込まれるとは思わなかったのだろう。アリスが驚いたような声を上げる。
「もちろんです。貴方には『ファーストスター・エンサイン』——少尉の階級章を。引き続き、マリウス艦長を副官として補佐してください」
そう言って、クリスは金色の線が二本、星がひとつの階級章を置く。
「わかりました。謹んで拝命いたします」
「ありがとうございます。最後に、ニーゴさん」
『おう。ニーゴになる必要ある?』
「いまは大丈夫ですよ。貴方も操舵手として兵曹長として階級章『マスターチーフ』を授与します。形式上は雷光号ではなく雷光号の操舵手という立場になりますから、留意しておいてください」
『おう! っていうかなんか意味わからねぇけど格好いいな、『マスターチーフ』ってよ!」
二五九六番の階級章は金色の線ふたつに星がゼロだった。
これはアリスよりひとつ下の階級を表す。
ちなみに俺の大佐はアリスの少尉より五つ上であり、クリスの元帥に至っては俺よりもさらに五つ上ということになる。
もっとも、俺の軍と今の護衛艦隊の階級は異なっているはずだから、細かいところは追い追い教えてもらうとしよう。
『ちなみに、小さい嬢ちゃんの階級章はなんていうんだ?』
「私ですか? 私のは『ファイブスター・アドミラル』です」
『なんかそれも格好いいな!』
「ありがとうございます。さて——ここまでは私が大変でしたが、ここからはマリウス艦長達も大変ですよ」
「任官式とかか?」
「それもあります。それもありますが——」
自分で言った『大変』の度合いを想像したのか、クリスは一度ため息をつくと、
「『海賊狩り』の許可証を得ただけでは、効力が完全に発効しないんです。それぞれの船団、その防衛を担当する部署から許可をもらわないといけません」
なるほど、クリスが見せてくれた『海賊狩り』の許可証には捺印欄がいつつあり、そこにはクリスが押したと思しき印章しかない。
「なるほど。これから残りよっつの船団を巡らないといけないということだな」
「そういうことです。一応私が同行しますから大きな問題は起きないと思いますが……他の船団はその——私たちのところより癖があるというか——個性的ですから」
「そ、そうか……」
ここも十分個性的だと思うのだが、それ以上か……。
「とりあえず、直近の予定としては三日後に任官式です。その時までに制服と装備一式を送りますので受け取っておいてください。それまでは、ゆっくり英気を養ってください」
「わかった」
「あと、これが一番大事なことです。アリスさんもニーゴさんもよく聞いてください」
クリスが大きく息を吸う。
「皆さんは護衛艦隊に属することになりましたが、式典や外交以外では今まで通りに接してください。いいですね、約束ですよ?」
「ああ、約束しよう」
「わたしもです」
『オイラもな』
「……ありがとうございます。それを聞いて、一番安心しました」
そう言って、クリスが顔を綻ばせる。
傍では、その様子を微笑ましげに見守るヘレナの笑顔もあった。
それにしても、『海賊狩り』——か。
思いがけない地位に、しばしその感慨に浸る。
これからが大変だが、それでもそのこれからが楽しみな俺だった。




