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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第三章:提督少女

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第五十話:提督少女の決断

「ま、まさか撃つとは——」


 ぴくぴくと身体を震わせながら、あの忌々しいクラゲはそう呻いた。

 それの背後には真新しい弾痕が残っている。


「次は当てますよ。必要であれば、人だって撃てますから」

「ふふふ、虚勢はやめたまえ。その年でそんなことが——」


 クリスは、容赦なく弾丸を撃ち込んだ。


「ぐうう!? 本当に撃つとは……!」

「はじめての臨検で、相手が子供だと侮って白兵戦を仕掛けられたことがあったんです。応戦しない理由は、ありませんでした」


 クリスが装填桿(そうてんかん)を動かす。

 管式弾倉から、次弾が銃身に装填されたのだ。


「あと、時々いるんです。自分は人類を超越した種族ゆえ人間の法には縛らなれないとかどうとか。だから私たちはこう答えます。私たちの船団に害を及ぼすなら、人間であろうとなかろうと、知性のある生き物であるかぎり私たちの法によって裁きます、と」

「ぼ、ボクよくわかんないクラ〜」


 クリスは、容赦なく弾丸を撃ち込んだ。


「変な語尾をつけて知性を下げたふりをしても、駄目です」

「ぐぐぐ……この幼女、魔王より怖い……そもそもだね、この身体を下手に撃つと分裂すると聞いたことがないのかね?」

「知っていますよ? でも、それなら銃を構えた時点でマリウス船長が止めるはずです。おそらく今のあなたは小さすぎて、分裂再生しても脅威にならない——もしくは、そうなっても対策は済ませてある。違いますか? マリウス船長」

「その通りだ」


 俺は頷いて答える。

 しかしまさか、そこまで推察していたとは。


「に、人間を虐殺した魔王の言うことを人間が信じるなど!」

「だから——」


 銃を構えてクリスは続ける。


「私が最も信頼するマリウス船長を侮辱すると、許しませんよ?」

「おかしいと思わないのかね? 全身を発掘品で固め、常識外れの性能を誇る船に乗り、得体のしれない知識と技術をもち、まるで魔法のようになんでもできる! それが本当に、人間だと?」

「だから言ったはずです」


 怒気を抑え、あくまで冷静にクリスは言う。


()()()()()()()()()()()()()()

「え、ええいっ!」


 ついにクラゲが自棄になった。

 先程見せた逃げ足の速さを、今度は攻撃に生かして一気に襲いかかる。

 おそらく何かしらの毒があるであろう、いくつもの触手をまっすぐ前に伸ばしクリスに迫るが——。

 それ以上に、クリスの射撃は早かった。

 自分に一番近い触手から順番に撃ち抜き、ついでに相手の勢いを殺す。


「お、おのれぇぇぇっ!?」


 そして全弾を撃ち尽くすと、


「アリスさん!」

「クリスちゃん!」


 お互いが持っている銃を投げ、交換する。

 その息はぴったりと合っていた。


「クリス! 込められているのは氷結弾だ!」

「氷結……? 範囲はどれくらいですか?」

「人の頭くらいの周囲だ、その範囲を凍りつかせることができる!」

「なら、こうです!」


 クリスが腰だめに構え、拳銃を連射した。

 受け取ったばかりのアリスの拳銃の特性を瞬時に理解し、照準を使わずに撃ったのだ。


「ぬわあああああ!?」


 無理な姿勢からの射撃だというのに、それらは狙い誤らずクラゲに次々と命中し——。

 その全身を、凍らせたのであった。

 ごとりと音を立てて、クラゲがクリスの足元に落ちる。

 もう少し射撃が遅かったら、触手は接触しなくても体当たりは成功しただろう。

 おそるべき早技だった。


「マリウスさん、これ……」

「——大丈夫だ、生きている」


 魔力をぶつけて生体反応を確認しながら、俺。

 自らが合成された生物だと(うそぶ)いていたため、そうではないかと思っていたのだが、各種魔法にそれなりの耐性と、豊富な生命力を持っているようであった。


「そうですか、それは良かったです」


 大きく息をついて、クリス。

 そして撃ち尽くした銃を再度アリスと交換する。


「とりあえずは……お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ様。本当によく頑張ったな」

「ありがとうございます。ところで、この凍りついた扉はどうしますか」


 クラゲが脱出に失敗した、さらに下層へと通じそうな床にある扉を指差して、クリス。


「おそらく海に繋がっている。下手に開けないほうがいい」

「そうですね。脱出に使おうとしていたくらいですし。それでは、戻りましょうか」

「ああ。だがその前に——」


 そこらへんに散らばっているガラクタをいくつか拾い集めて、即席の台車をでっち上げる。


「これでこいつを持ち帰ろう」

「ああ、そうですね。生きているなら色々と聞きたいことがお互いにありますし」


 少し気だるそうに、それでいてまだどこか張り詰めた声で、クリスはそう答える。


「あの、クリスちゃん。大丈夫ですか?」

「ええ、私は大丈夫ですよ。いつも訓練で鍛えていますから。それより——それより……」


 クリスが言い淀んだ。

 が、覚悟を決めたようにこちらを見つめる。

 それは、先程クラゲを(にら)んだときと同じように、鋭いものだった。


「マリウス船長……あのクラゲの戯言に、反応してしまいましたね」

「——ああ、そうだな」



 ■ ■ ■



 帰りの潜航艇の中は、重苦しい空気に満ちていた。

 クリスは何も喋らずに潜水艇を操作し、アリスも俯いたまま喋らない。

 船団の港に浮上する。

 時刻は、すっかり夜になっていた。


「お疲れ様。随分と時間がかかったわね」

「ええ。色々とありまして」


 クリスの身を案じたのだろう。ヘレナ司書長が自ら出迎えに来ていた。


「この凍ったクラゲは——ふむ? マリウス君の仕業かしら」

「まぁ、そんなところだ」

「これは大型の冷凍保管庫へ。四方をそれぞれ二名以上で警備してください。二時間交代の計二回、四時間を基本とします。何かあった場合は当直の警備隊を全員送り込んで待機。危険が及ぶようならその場で処分してください。それ以上は追って指示を出しますので」


 クリスがテキパキと指示を出す。


「司書長、諸々の報告は明日に。御足労いただきありがたいのですが……今日は色々ありましたので」

「ええ、わかったわ。今回はこちらがふった依頼ですものね」

「そして、マリウス船長とアリス秘書官は私の私室へ」

「マリウスさん……?」


 アリスが不安そうな声を漏らす。

 だが、断る理由はどこにもない。


「わかった」

「ちなみに、(あかつき)淑女(しゅくじょ)号のメアリ船長と、ドロッセル秘書官は()()を知っていますか?」

「——いや、知らない」

「そうですか。では、おふたりだけこちらへ」


 クリスが足早に歩き出す。

 俺とアリスはその後を黙ってついていった。


「(なにか、あったのかしら?)」


 俺の後ろにいつの間にかついていたヘレナが、小声で訊く。


「(あったといえば、あった。だが、これは俺とクリスの問題だ)」

「(そう……なら、私はおとなしく引き下がるわ。クリスちゃんをよろしくね)」


 そこで立ち止まり、ヘレナは俺たちを見送った。

 ……うまく、問題が片付けばいいのだが。



 ■ ■ ■



 クリスの私室の前には、歩哨が二名、扉の左右を固めていた。


「おつかれさまです」


 クリスが敬礼し、歩哨もそれぞれ敬礼を返す。


「これから少し個人的な話をします。このあと二時間——いえ、四時間、誰も部屋に入れないでください。いいですか、なにがあってもですよ」

「了解しました!」


 歩哨たち敬礼を返し扉から離れた。おそらく、部屋の外からの声を聞かないようにするためだろう。


「さて——」


 潜水服を着たまま、俺たちは勧められた応接用の長椅子に座り、クリスはその反対側に座る。

 いつかのように、深く腰掛けるので足が少し浮いていたのが、どこか懐かしい。


「まず、一番聞きたくないことを訊きます。あのクラゲの戯言は——どこまでが嘘で、どこまでが本当ですか?」

「一番答えたくないことを応えよう。多少の誇張はあったが、概ね事実だ」


 たとえば、人間を虐殺したとクラゲは言ったが、俺自身は虐殺を指示したことはない。ただ、疫病を用いた攻撃で結果的にそうなってしまったことはあったが。

 そのことを、俺はできるだけわかりやすくかつ簡潔に、クリスに説明した。


「魔王とは? それ以前に魔族とはなんです?」

「前にヘレナが古文書の話をしてくれたのを憶えているか。あの中に出てきた古き神を信奉する民が魔族で、そしてあの古き神が——魔王だ」

「——冗談じゃないんですね」

「真面目に訊いてくれる場で、俺はふざけた真似はできないし、しない」

「……では、では……天の使いの封印が解けてこの世界に戻ってきて——何をするつもりなんですか。再度、戦いを……?」


 クリスの手がわずかに震えた。

 俺はそれに気づかぬふりをして、静かに答える。


「いいや。俺を残して、現時点で魔族はどこにもいない。少なくとも、俺はみたことがない。たったひとりで人間に戦争をふっかけるほど、俺は愚かではない。それよりも——」

「——同胞を探したい?」

「というより、どうしてこうなったのかを知りたい。なぜ魔族はいなくなったのか。なぜ海が上がってきたのか」

「……それって、私と出会った時に話してくれた、歴史を調べたいってことと一緒ですね」

「ああ。それは本心だからな」

「それで——正体が判明してしまったいま、どうするつもりなんですか」

「どうもこうもない。黙っていた——騙していたのは事実だからな。この船団から退去しろというのなら、退去しようと思う。拘束するというのなら、おそらく抵抗すると思うが」


 それを聞いて、クリスはいきなり立ち上がった。

 そして潜水服の腰に巻き付けていた銃帯をはずしてこちらに放ってよこす。


「クリスちゃん……?」


 それまで黙っていたアリスが、心配そうな声を上げる。


「アリスさんは——アリスさんはその事情を知っていたんですか?」

「はい。その……封印が解けたマリウスさんと初めて出会ったのは、わたしですから」

「では、マリウス船長が船団を退去するというなら、アリスさんも?」

「はい。わたしはマリウス船長の秘書官ですから。クリスちゃんと別れるのは、寂しいですけど」


 それを聞いて、クリスは自分の机の引き出しを開けると、銃を二丁とりだし、それも俺達の前に置く。


「クリス?」


 さすがにその行動の意味をはかりかねて、俺は声を上げる。

 だがクリスはそれには答えず、潜水服を脱いだ。

 そしてその下に着込んでいた水着姿になると、普段から身につけている頭のリボンを解いて、それを放ってよこす。


「クリス、いったいどうし——」

「リボンの裏に刺突用の大針があります。確認してください」

「——ああ。あるな」


 こんなところに、武器を隠していたのか。


「腰に下げていた銃は撃ち尽くしましたが、引き出しの銃には弾丸が装填されています。確認してください。アリスさんもです」


 言われるまま、俺とアリスは二丁の銃の装填状況を確認する。たしかに、弾丸は装填されており、引き金を引けばいつでも撃てる状態になっていた。


「確認できましたか?」

「ああ」

「アリスさんも?」

「はい」

「では——」


 俺たちから一歩離れて、クリスは、迷わずに水着を脱いだ。


「なっ!?」

「クリスちゃん!」


 俺とアリスが同時に声を上げる。


「これで、私は無防備です」


 部屋の(あかり)が消えた。ランプの油が切れたのだ。

 窓から月明かりが差し込む。

 それが部屋の中を、そしてクリスのしなやかな肢体を照らし出す。

 その身体の線はまだ幼くはあったが、女性特有の丸みを帯びはじめていた。


「なにも、しないんですか?」


 軽く手を広げて、クリスはそういう。


「する理由がない」

「今の私はご覧の通り何もできない状態です。人払いは済ませてありますから、殺すなり、犯すなり、他に思いつくどんなことをしても、誰も来ません。私にはまだ子供がいませんから、それによってこの船団の防衛を完全に切り崩すことだってできるんです」

「それでもだ」

「本当に? いまならマリウス船長の思うがままですよ?」

「そうだな——なら」


 俺は立ち上がって、一歩前に踏み出した。

 魔力を右手に集め、編み上げる。

 いつもより派手に、わざと光らせながら。


「マリウスさん!?」


 アリスが悲鳴に近い声をあげる、

 だがしかし、クリスは瞬きもしない。

 その行動に敬意を表し、俺はクリスの目の前に立つと——。

 魔力で編み上げたマントをクリスに羽織らせた。


「——」

「……すまなかった、今まで黙っていて」

「クラゲにもいいましたけど、そんなこと、()()()()()()()()()()


 はじめて、険しかったクリスの表情が柔らかくなった。

 そしてそれは堰を切ったようにくしゃくしゃになりかけ——どうにか、踏みとどまる。


「いまので、確信しました。マリウス船長も、アリスさんも、私や船団に害意を持っていません」

「ああ、そうだな」

「であれば、私たちはあなたたちを歓迎します。たとえ人でなくても、かつて人と争っても、知性があるなら、私たちは同胞としてあなたたちを迎い入れましょう」

「感謝する。護衛艦隊司令官、クリス・クリスタイン提督」

「——もう、無しですからね。本当にこういうの、もう無しですからね!」

「あぁ。約束しよう」


 そこで、突然クリスは俺に飛びついてきた。


「よかった……三人を信じて、本当に良かった……」

「三人?」


 薄いマントの布地越しに伝わる、クリスの柔らかさを抱きとめながら、俺はそう答える。


「マリウス船長と、アリスさんと——かつて船団を二分した時に同じ行動を取った、初代司令官——私の祖先です」

「そうだったのか……」


 その時は、まさに決死の行為だったのだろう。

 ……いや。

 いまだって、クリスにとっては決死の行為だったに違いない。

 もし俺に悪意があったら、いまのでこの船団が危機に陥ったかもしれないのだから。


「さぁ、明日から忙しいですよ。まずは……部屋の灯をつけないといけないですね」

「それなら——」


 俺は光をランプの中に呼び出した。


「これが、魔法ですか……このマントも?」

「ああ。一晩たったらどちらも消えるから、そのつもりでな」

「このマント、すごいですね」


 マントを羽織ったままくるりと回転して、クリス。

 その際、その肢体が見え——いやいや。


「まるで何もつけていないみたいに軽いです。なにも——なにも——」


 たちまちにして、クリスの顔が真っ赤になる。


「はい、クリスちゃん。水着です」

「あ、ありがとうございますアリスさん!」


 アリスから水着を受け取って、クリスがマントを羽織ったままごそごそと水着を着る。


「わたしからも、ひとついいですか?」

「は、はい。なんでしょう?」


 上手く着られないのだろう、ごそごそと続けながらクリスが返事をする。


「女の子が、人前で肌を晒しちゃ駄目ですよ?」


 両手の人差し指でバツの字を作りながら、アリスはそういう。


「も、もうしませんよ! 絶対に!」

「そうだな。そうしてもらうと非常に助かる」

「こ、こ、今夜のことは他言無用で!」

「もちろん、そのつもりだ」


 でないと、ヘレナあたりになにをされるのかわからない。

 それはさておき、俺は魔王として、この船団にいることを許されたようであった。

 それは普通に——いや、本当に喜ばしいことだと思う。


「あとは今度、わたしも見せなくちゃ……」

「貴様は何を言っているんだ、アリス」

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