第四十五話:魔王で学ぶ、◯◯の壁。
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。二百三十六歳。
【平均睡眠時間】
「本来必要ないんだが、アリスに合わせて七時間取っている」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。十四歳。
【平均睡眠時間】
「七時間ですね。マリウスさんが必ずとれと言ってますし」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。年齢不詳。
【平均睡眠時間】
『オイラは不夜城だぜ……?』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。十八歳。
【平均睡眠時間】
「気がついたら酒場で朝迎えることがるから——平均すると五〜六時間かしら?」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。十六歳。
【平均睡眠時間】
「八時間。一分たりともまからない」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。十二歳。
【平均睡眠時間】
「六〜七時間ほどです。結構忙しいんですよ」
ヘレナ・ニューフィールド:図書館の司書長。二十八歳。クリス大好き。
【平均睡眠時間】
「クリスちゃんと一緒よ。できれば寝床も一緒にしたいんだけど! したいんだけど!」
夜も遅くなると、やることは大体限られてくる。
なので基本的には明日に備えてさっさと寝てしまうのが、俺とアリスの共有事項であるのだが、それがままならない時もある。
「マリウスさん、今週の請求書です」
「ああ、そこに置いといてくれ」
「わかりました」
すなわち、こういった書類仕事だ。
書類仕事は俺とアリスが分担して行なっている。
交易船と直接取引していた時はその場の商談ですべてが終わっていたが、クリスやヘレナの依頼を受けて報酬をもらうという今のやり方だと、どうしても書類仕事が増えてしまうのだ。
もっともこれも、封印される前はしょっちゅうやっていたので懐かしさもあったりするのだが。
「アリス、この報酬の明細は?」
「こちらです。ヘレナ司書長から依頼された、古文書の解読ですね」
「ああ、あれか。実入りはいいんだが——」
「どうかされたんですか?」
「ヘレナには悪いが、俺にとっては普通の読書なのがな」
一から十まで完全に訳してしまうと逆に怪しまれるので、難解な言葉遣いは敢えて解読不能としている俺である。
「では、報酬を引き下げるようにしますか?」
「いや、こちらからそのようなことをしたら不自然だし、そもそも学問系の仕事を勝手に安く請け合うと、他の学者が困るだろう」
彼らは、その知識をもって生計を立てている。
いくら俺にとっては普通の文章でも、彼らにとっては生活の糧、あるいは宝の山なのだ。
俺が出会った学者のほとんどが勉学対象を後者として見ていたようだが、それだけに彼らにはそれ相応の報酬を得てもらいたい。
なにせ、彼らはただでさえ文字通り寝食を忘れて研究を続けているので。
「わかりました。ではそのように——ああーっ!?」
「ど、どうした!?」
「い、今更なんですけど……」
いままで気づかなかったといった様子で、アリスは俺が書いた書面と俺自身を交互に見ながら、言う。
「なんでマリウスさん、今の文字が読めるんですか?」
……ああ、それか。
「覚えた」
「お、覚えたって、そんな簡単に……?」
「ああ」
アリスがぽかんとした顔でこちらを見る。
いままで目の前で魔法を見せたり剣技をふるったり雷光号を改造したりといろいろやってきたが、今が一番驚かれているのではないだろうか。
「そもそも……言葉も一緒なんですか?」
「厳密には、違かったな。俺との出会いを思いだしてみろ」
〜〜〜回想シーン(※第一話参照)
「ククク——世が滅ぶ前に封印は解けたぞ、勇者よ。俺の、勝ちだ!」
辺りは暗く、何も見えない。俺が封印されたのは魔王城の天守に広がる空中庭園でのことであったが——今は、夜なのだろう。
「……フン」
てのひらの上に光球を作り出し辺りを照らす。足下は固い床ではなく、砂かなにかのようだ。豪華絢爛であった魔王城であったが、さすがに朽ちてしまったのであろうか——。
「すごい。なにもないところから灯りを出してる!」
「……誰だ、貴様は」
〜〜〜回想シーン(※第一話参照)
「あれ、なんだがわたしが憶えているのと違うような……」
「そこが大事なところだ。よく思い出してみろ」
「え、えっと……」
〜〜〜アリスが憶えている回想シーン(※比較用に地の文も残してあります)
「ククク——浮き世が枯れせしめるその前に、古き戒めは解き放たれたぞ、猛き者よ。今こそ、我が勝ち鬨をあげるときなり!」
辺りは暗く、何も見えない。俺が封印されたのは魔王城の天守に広がる空中庭園でのことであったが——今は、夜なのだろう。
「……フム」
てのひらの上に光球を作り出し辺りを照らす。足下は固い床ではなく、砂かなにかのようだ。豪華絢爛であった魔王城であったが、さすがに朽ちてしまったのであろうか——。
「すごい。なにもないところから灯りを出してる!」
「……誰だ、貴様は」
〜〜〜アリスが憶えている回想シーン(※比較用に地の文も残してあります)
「そうですそうです! 最初にあったとき、マリウスさんの言い回しが全体的に変だったんですよ!」
「変って、貴様な……」
地味に傷つくのだが、それは。
「でも、途中で普通の言い回しになっていますよね」
「そうだな」
「どうしてです?」
「俺が、アリスの言い回しを憶えたんだ」
「えっ!? たった二言三言で?」
「ああ」
「ど、どうやってです?」
「そうだな……これは歴史や言葉が専門だった配下の言葉を借りるが、言葉には地域性があるそうだ」
「えっと……場所によって異なるってことですよね。たしかに北と南、西と東ではだいぶ違うと聞いていますし」
「せやな」
「へっ?」
「今のは西の領域を支配していた猫魔族の言葉だ。意味は『そうだな』」
猫魔族とは魔族の傍流のひとつで、勇猛なことで知られていた。特に半神を自称する族長直属の部隊『半神猛虎団』の活躍には大いに助けられた覚えがある。
「なんか、わたしの知っている言葉と違う……」
「ヘレナの図書館で確認済みだが、今はそれほど言葉の壁はないらしい」
少なくとも、雷光号で行ける範囲では大きな変化が無いようだ。
おそらく——今は人間しかいないからだろう。
「だが、海が上がる前は割と言葉の壁が厚かった」
「全く違うんですか?」
「ヤー、フロイライン」
「???」
「今のは北の地を支配していた鉄血族の言葉で『はい、お嬢さん』だ」
「ぜ、全然違いますね……」
「ああ、魔族の諸族でこれだから随分と苦労した」
「あれ? たしかマリウスさん魔族を率いたって——」
「ああ。魔王だからな。だから俺は——」
「ま、まさか」
「想像の通りだ。全部覚えた」
猫魔族の言葉も、鉄血族の言葉も、竜魔族、巨魔族、小鬼族、大鬼族、夢魔族、文字絵族、難侍衛族……その他諸々、全てを覚えた。
それを成すことによって、俺は歴代魔王が成し得なかった魔族の統一を成し遂げ、人間に反旗を翻したのだ。
もっとも、負けた上に封印されたわけだが。
「魔王って、すごいんですね」
「先代に比べれば、それほどでもない」
俺の功績など、すべては先代の下地があってこそのことだろう。
「話が逸れたな。そこまで言葉を覚えると、どうなると思う?」
「えっと、もともと何語を話していたのか忘れてしまう……?」
「——まぁ、否定はしないが。もっと効能的なものだ」
「どういう効果です?」
「言葉を覚えていくごとに、他の言葉を覚えやすくなっていくんだ」
俺の場合は、みっつめの言葉を習得してから、よっつめの言葉が覚えやすくなっていくとに気づいた。
「ななつめ辺りから、初めて読む言葉でもある程度わかるようになってな」
「えっと、それってもしかして最初に言っていた地域性——ですか?」
「そう、その通り。土地が隣接しているしている場合、お互いの言葉の影響を受けるんだ。それによって、共通する言葉やそこまでいかなくとも似通った言葉がでてくる。言葉だけではない。話し方や書き方にも影響が出てくるんだ」
「なるほど……だから——」
「そうだ。初めて出会ったお前の言葉も、即座に理解できたというわけだ」
「すごいですね……それ」
「そう言ってくれたのは、貴様が初めてだな」
あの頃は、とにかく諸族をまとめ上げるのが最優先であった。
俺の言語習得も、必要に迫られてという側面が強い。
「あの……わたしも覚えることができますか。マリウスさんが使っていた言葉」
「アリスでも、習おうと思えば習うことができるぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
「それじゃ、教えてもらってもいいですか?」
「ああ、もはや滅んだ言語でもいいのなら」
「よろしくお願いします!」
そういうわけで、夜の空いた時間に、やることがひとつできた。
滅びた文字と、滅びた言葉。
古文書として価値はあるものの、日常で使うのにはまるで役に立たないであろうそれを、アリスは楽しそうに覚えていく。
ここだけの話だが——。
教える方も、楽しかったのは否めない。
■本日のNGシーン
「そうだな……これは歴史や言葉が専門だった配下の言葉を借りるが、言葉には地域性があるそうだ」
「えっと……場所によって異なるってことですよね。たしかに北と南、西と東ではだいぶ違うと聞いていますし」
「煩わしい太陽ね」
「へっ?」
「今のはとある別時空の言葉だ」
「別時空」
「意味は『おはようございます』」
「おはようございます」




