第四十二話:暴走する、おとぎ話
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。二百三十六歳。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
「エジソンだな。俺と同じ雷を使ってそれまでの生活を一変させたと聞く」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。十四歳。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
「アーサー王でしょうか。どことなくマリウスさんっぽいです」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。年齢不詳。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
『戦艦大和。え? 艦は英雄じゃねぇの?』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。十八歳。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
「アレキサンダー大王か、チンギスハンね!」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。十六歳。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
「スティーブ・ジョブス」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。十二歳。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
「東郷平八郎提督ですね! T字戦法……勉強になります!」
ヘレナ・ニューフィールド:図書館の司書長。二十八歳。クリス大好き。
【気になる読者世界の偉人・英雄】
「偉人? 英雄? そんなことよりクリスちゃんよ!」
「ふぅん……キミが、マリウス船長ね……」
じっくりとこちらを品定めするような視線で、司書長はそう言った。
「自己紹介が遅れたわね。私はヘレナ・ニューフィールド。ここの司書長を務めているわ」
「雷光号船長、アンドロ・マリウスだ。こちらは秘書官のアリス・ユーグレミア。護衛艦隊司令官、クリス・クリスタイン提督からの要請で出頭した」
「感謝するわ、マリウス君。それにしてもキミ……こうしてみるとかなりの色男ね」
「容姿は特に関係がないと思うが。特に今回の件は」
「クリスちゃんがキミの話をする時、女の顔になるわけだわ……」
「女の顔言うな」
「妬けるわね」
「妬くな」
居たなぁ。
こんなノリの幹部が、我が軍にも。
思わず遠い目になって、そう思う。
だが——。
「それよりも、本題を」
「ああ、そうだったわね。クリスちゃんの手前、醜態を晒すわけにもいかないもの」
既に醜態だらけの気がする。
現に、ヘレナを紹介したクリスは恥ずかしそうにしているし、アリスに至っては完全に秘書官状態となって、表情を消していた。
そんな空気をものとせず、ヘレナは一枚の書類を俺に手渡した。
「これは?」
「音読してみなさい。それをちゃんと読み上げられたら、古文書を読めるというキミの噂を認めてあげる」
なるほど、そういうことか。
俺は姿勢を正して、それを読み上げる。
「『クリスちゃんのすべすべほっぺをつんつんしたい。指でつんつんしてくすぐったそうな表情を堪能したい』——まて、なんだこれは!?」
「……やるわね、キミ」
「なにがだ!?」
「し、したいんですか、マリウス船長」
「なんでだ!?」
「ど、どうしてもというのなら……やぶさかでも、ありませんが?」
「やりたくはない。——少なくとも、今は」
クリスがあからさまに落ち込んだので、そのように言い直す。
「——いや、驚いたわ。私が何年もかけて読み解き、作り上げた古代文字の文章をこうもあっさりと」
「何年もかけた研究成果で何を書いているんだ、貴様は」
「クリスちゃんを讃える詩を。素敵でしょう?」
「そのクリス本人が恥ずかしさで真っ赤になっているんだが」
「あああああ……恥ずかしそうに俯くクリスちゃんかわいいいいい……!」
思わず天を仰ぐ。
俺以外に当時の文字を読める人間がいることには驚いた。
だが、よりによってこの——なんといえばいいんだ、これは。
「お戯れは、ほどほどに。ニューフィールド司書長」
そこで口火をを切ったのは、アリスだった。
「あら、キミは動じないのね」
「マリウス様の秘書官ですので。それよりも本日お招きいただた理由を教えていただけませんか?」
「——ふむ。キミからは忠誠心を感じるわ。この私がクリスちゃんに捧げているのと同じくらいのを、ね」
「ですから、お戯れはほどほどに」
ヘレナの翻弄するような口調にも、アリスは動じない。
あくまで、こちらの要求を通している。
「そうね。ここでクリスちゃんを讃えるのも素敵だけれど、そろそろ本題に入ろうかしら。こちらからの要求はひとつ」
急に鋭い眼光を露わにして、ヘレナは続ける。
「古代文字の解読に協力してほしいの。先ほどの例文はね、私が解読できた文字をすべて載せてあるのよ。あれ以外の文字は、まだ読めないわけ」
「そういうことだったのか……」
てっきりクリスに対する歪んだ愛の発露だと思っていたのだが。
「まぁ、クリスちゃんへの愛の発露でもあるけどね」
「おい」
「司書長。それくらいにしてもらえませんか。そろそろ……恥ずかしくて死にそうです……」
ふるふると震えて、クリスがそう言った。
顔の方はリンゴのように真っ赤になっている。
「心配しないでいいわ、クリスちゃん。こちらの要求は終わったから。で、マリウス君たちは見返りが欲しいはずでしょう? この私、ヘレナ・ニューフィールドに何を望むの?」
この女、伊達に司書長を名乗っているわけではないな。
俺は内心舌を巻く。いままでの狂態で意識が逸らされがちになるが、これでもこの船団の情報を統括している組織の長なわけだ。一筋縄ではいかないだろう。
「歴史を」
俺は、できるだけ簡潔にそう答えた。
「歴史? どこからかしら」
「この海が上がってきたところから」
「——へぇ。それこそはじまりのはじまりからってことね……いいわ」
席から立ち上がって、ヘレナは教師のように言葉を紡ぐ。
「それじゃ質問をさせてもらうわ。クリスちゃんには一度講義したから残念だけど回答権はなし。いいわね?」
「はい」
「このお詫びはあとでたっっっっぷりしてあげるわ。——さて、マリウス君にアリスちゃん? 貴方達はどこまで歴史に詳しいのかしら」
「俺は、さほど詳しくない」
「あら、『海が上がっている』ことを知っているのって、ごく少数よ? この船団に暮らしている人は下に街があるのを見ているから感覚的に知っているけど」
ヘレナの鋭い舌鋒に、思わず冷や汗をかく。
この女、やはりただものではない。
「それは……家に伝わっていたからだ。海が上がったことだけは、ずっと伝わっていたんだ」
「ふぅん? それはまた興味深いわね。では、アリスちゃんはどうかしら?」
「わたしは——本当に最低限です。マリウス様に教えてもらうまでは、海が上がってきたものだってことすら、知りませんでした」
「それで当然なのよ。だから、その最低限のことを教えて。貴方の知っていることで、一番古い歴史はなに?」
「それは——やっぱり、古い神を天の使いが封印したというお話でしょうか」
「素晴らしいわ。それを知っているだけでもたいしたものよ」
「ありがとうございます」
「おとぎ話では、ないのか……」
思わず、そう呟く。
事実は事実だが、それはだいぶ歪められたものだからだ。
「おとぎ話よ。でもね、よほどの詩才が無い限り、おとぎ話にはそれに対応する歴史が隠されているものなのよ」
そう言って、ヘレナは本棚から一冊の本を取り出した。
古い、古い本だ。
装丁はかなり豪華であるが、ところどころが擦り切れている。
唯一当時のものから変わらないと思われる箇所は——表紙に埋め込まれた、例の古銭であった。
「読んでみなさい。マリウス君。ここに最初の歴史が記されているわ。ただし——クリスちゃんがもう言ったと思うけど、かなり荒唐無稽だから。そのつもりで、ね」
荒唐無稽——か。
俺が古き神で、あの忌々しい勇者が天の使いなどと呼ばれている時点で、既に十分荒唐無稽だ。
今更何を恐れることがある。
意を決して、俺はその本を開く。
〜〜〜
むかし、むかしのお話です。
あるところに、古き神がいました。
古き神は多くの民に慕われていました。
見目麗しい、女の子の姿をしていたからです。
「べ、別にあんた達のことなんか好きなんかじゃないんだからね!
で、でもあたしを崇めてくれるなら——導いてあげるんだから……」
〜〜〜
「荒唐無稽にもほどがあるわっ!」
図書館全体を震わせかねない音量で、俺は叫んでしまった。
「なんだ、これは!」
「だから言ったでしょう。そういう物語だと」
ヘレナが、冷静に言葉を返す。
「ほら、まだ始まったばかりよ。ちゃんと最後まで読みなさい」
ふ。
ふは。
ふはは!
ふはははっ! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「いいだろう……最後までつきあってやる……!」
正直、読破できる自信がない。
ないのだが、ここで手がかりを失うわけにもいかない。
ならば、やることはひとつ。
覚悟を決めて、俺は次の頁をめくった。
■本日のNGシーン
「読んでみなさい。マリウス君。ここに最初の歴史が記されているわ。ただし——クリスちゃんがもう言ったと思うけど、かなり荒唐無稽だから。そのつもりで、ね」
荒唐無稽——か。
俺が古き神で、あの忌々しい勇者が天の使いなどと呼ばれている時点で、既に十分荒唐無稽だ。
今更何を恐れることがある。
意を決して、俺はその本を開く。
〜〜〜
クリスちゃん! クリスちゃん! クリスちゃん! クリスちゃぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!クリスちゃんクリスちゃんクリスちゃんぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくん!
〜〜〜
「私の日記と間違えたわ」
「だろうな」




