第四話:自由への旅立ち
「ふん……」
案の定というべきなのだろうか、中は酷い有様だった。
件の変異した機動甲冑の中、本来は装着者が座るべき場所で、俺は思考を巡らせる。
これはもはや、俺の知っている機動甲冑ではない。
もともと我々の身の丈の十倍という大きさになったときから、本来の甲冑のように『着る』ものではなく、中で操縦桿を動かす『乗る』ものになってはいたが、二十倍近くとなったいまは、その様式がまるで違っていた。
まず、操縦桿そのものがない。みただけの判断であるが、音声のみの指示で動かすようになっている。
おそらく、自律するようになってから中に入るものは、操縦者ではなく、監督になったのだろう。
機動甲冑を自律させるという目的上、その設計姿勢は理にかなっている。可能であれば、設計者の顔をみてみたいところだった。
『やだ……オイラの中、見られちゃってる……まだ誰にもみられたことないのに……!』
「——気色悪いことを言っていると、ただの船に作り直すぞ」
『ひいっ! それだけはご勘弁を……!』
どこまでも調子の良い機動甲冑だった。本当に、可能であれば設計者の顔をみてみたいところだ。
ためいきを小さくついて、胸部の操縦室から外に出る。もともと喉元から乗るようにしてある設計であったが、そこは変わっていなかった。
ただ、胸部が著しく前に肥大化したせいで、喉元というよりも甲板といった方が近い見た目になっている。
——先ほど俺は、この機動甲冑に『ただの船に作り直すぞ』と言った。
これは、その場で出た軽口ではない。
詳細を調べてわかったことだが、いまの機動甲冑は甲冑と言うよりも、船に手足がついているといった方が近い外見になっていた。
腕は砲塔に置き換わっており、脚は退化して陸上を踏みしめる用途よりも、水中で姿勢を修正することに長けているようになっている。
背部の跳躍を補助する装置は、今や航行時の推進装置となっており、元来の設計であれば沈むはずの本体は(故に海を渡る場合は、専用の輸送船を必要としていたものだ)、上半身と下半身の間を吃水線として水に浮かぶようになっていた。
「聞きそびれていたが、お前たちは自らの種族をなんと呼んでいる」
『え? あー、考えたことなかったわ。なんか人間たちは海賊って呼んでいたみたいだけど』
どこまでも脳天気だった。変異元の基本設計が俺によるものとは、にわかに信じがたい。
「質問を変えよう。アリスとやらがいっていた『人も船も食べる』この言葉に心当たりはあるか」
『あー、それはわかる。オイラたち、船やその中に乗っているもんを壊すと、一時的に腹がふくれるんだ。だからそれを『食う』っていい換えるやつもいるな』
「……おまえも、人間を食ったのか」
『いや、いちど近くでみちまったけど、人間を壊すとなんていうかきもちわりいんだ。だからオイラは船を壊して腹を膨らしてた』
「——そうか」
俺自身はなんとも思わないが、これからのことを考えると、この機動甲冑が直接人を殺していないのは好都合だった。これならば、計画通りに進められる。それよりも、いまは動力源の方か。
いま機動甲冑が言っていたのは、構成力を自分の動力として取り込む魔法機関のことだろう。
構成力とは、生き物であればその生命そのもののあり方。船であれば、その形を維持する力といったところだろうか。
それを壊したとき、それ相応の力が放出される。それを吸い込み機動甲冑の動力源とする方法は、俺が封印される前から研究されていた。
ただし。
俺が健在であったころ、その方法は実用化にこぎ着けてはいたが、搭載は見送られていたはずだ。
なぜなら、破壊することが目的となり、際限がきかなくなり……いきつく先が、殺戮兵器になるからだ。
それは、避けたいところであった。
だから、俺が封印される前の機動甲冑は——。
「ならば、これならどうだ?」
『ふおおおおおお!? なんだこれ!? なんだこれ!?』
俺が封印される前の機動甲冑は、それを『着る』者の魔力で動くようになっていた。
幸いなことに、変異した機動甲冑にも、その魔力を受け入れる機関は残っていた。
だから俺は、そこに自分の魔力を注ぎ込んでやったのだ。
「これならば、むやみに人間どもを殺したり、その船や建物を壊す必要もないだろう」
『ああ! これなら大丈夫だ! アンタすげぇな!』
「その代わり、俺から離れることはできなくなるぞ」
『構わねぇよ。オイラ、アンタについていくことにする。こんなに腹がふくれたの、生まれてはじめてだから!』
「そうか……ならばよい。そういえば、名はなんという?」
俺が封印される前、機動甲冑は誰それの機動甲冑と装着者に紐付けられて呼ばれていた。いまは自律しているわけだから、なにかしらの固有名があるだろう。
『あー、あんま呼ばれたことはないけど、一応ある。オイラは二五九六番だ』
「二千——なに?」
『二五九六番。それがオイラの名前さ』
「……なるほどな」
俺が作った機動甲冑の総数より、明らかに数字が小さい。
この機動甲冑——二五九六番がかつて俺が作ったものから進化したのか、あるいは理論だけは完成していた自己作成機能製作されたものなのか、もっとよく調べる必要があるだろう。
だが、その前に。
「二五九六番。お前の身体、少し作り替えるぞ」
『い、痛くしないでね?』
「だからその気色悪い言い方はやめろ」
材料は、島の砂を少々。それと……。
「背部の格納庫に入っている武器を再構成する。使っても構わんな?」
『ああ、好きにしてくれ。なんで入ってんのかオイラにもよくわかんないし、そもそもうまく使えないからよ』
「わかった。少しくすぐったいぞ?」
『やさしくしてね……っていてて、いてててて! 痛い! 痛いってばよ! ぬあああああああ!?』
本当はもう少し優しくできるが、敢えて時間優先で俺は作業を続けた。
作業を終えて下を見ると、アリスとやらが膝を抱えて座り、こちらを見上げていた。
甲板を蹴って、そのまま島へと飛び降りる。これくらいの高さなら、造作もない。
「またせたな」
「い、いえ。特に予定もありませんし」
それはまぁ、そうではあるが。
「船が出来たぞ」
「えっ?」
「来い。お前にも見せてやろう」
アリスとやらの手を掴み、そのまま甲板まで跳躍する。
喉元部分にあった搭乗口は大型化し、簡単に出入りできるようになっている。そこに飛び込むかたちで、俺たちは内部へと到着した。
「ひゃあ!? あ……こ、これって」
「居住区画を設けた。必要最低限の生活はこいつの中で、できるようにしてある」
まずは操縦室を拡張し、後部の武器庫と接続して空間を確保。胸部と背部をさらに前後に伸ばしてその空間を広げ、寝床と台所を設けてある。流石に居間を作る余裕はなかったが、こちらは広くなった甲板を利用すればよいだろう。
「海賊が、船になっちゃった……」
「面白いことを言うな。さしずめ海賊船と言ったところか」
『いいんじゃね? オイラは気に入ったぜ』
「あ、どうも。お邪魔してます……」
『おう、大将が作ってくれたんだ。遠慮しないで存分に使ってくれよな』
「大将、か……」
その大将を任命する立場だったと言ったら、このふたりはなんと言うだろうか。
「寝床は一応個室になっている。好きな方を使うといい」
「え、あの。ちょっと待ってください」
「なんだ?」
アリスとやらの様子がおかしい。どこか無表情だったの顔が、困惑とともに青ざめている。
「わたし、この島に置きざり……じゃないんですか?」
「お前は何を言っているんだ」
俺が封印される前の戦時協定でも、そんなことは御法度だった。
もっと言えば、誇り高き魔族がそんなことをするわけもない。
戦で人間を殺すことはあるだろう。
侵略で奴隷とし、労働に服させることもあるだろう。
だが、むやみに殺すことだけはしない。
そんなことは、俺のみならず、俺たち魔族の誇りだった。
もしそれを破れば、かつて俺たちの先祖を虐げ、蜂起への原因となった人間どもと一緒ではないか。
「俺を目覚めさせた礼だ。元いた場所まで送ってやる」
かつての俺ならもっといろいろなこともできただろうが、今はこれがせいいっぱいだった。
だが——。
「……ぃんですか?」
「なに?」
「わたし、生きていてもいいんですか?」
彼女の頬を、大粒の涙がつたう。
そこでようやく、合点がいった。
長らく色々と常識はずれだった、あの忌々しい勇者を相手取っていたので失念していた。
目の前にいるのは、か弱い人間なのだというのに……まったくもって情けない。
アリスとやらは、今の今まで自分が死にゆくもの、助からぬものと覚悟していたのだ。
たしかに、ろくな装備も渡されず何もない小島に置いていかれてはそうもなろう。
目の前に、このような機動甲冑が現れればそうもなろう。
しかし、それを前にして正気を保ち、踏みとどまっていたのは尊敬に値する。
そして偶然とはいえ、俺を目覚めさせたのは賞賛に値した。
だからこそ、礼には礼をもって報いる必要があるのだ。
「当然だ。戦って死ぬ権利があるように、何があっても生きる権利がある。俺は俺を目覚めさせた礼として、その権利を保障しよう」
「ありがとう、ございます」
涙をぬぐって、アリスとやら——いや、アリスはそう言った。
「アリス・ユーグレミアです。よろしくお願いします」
「アンドロ・マリウスだ」
久々に、名乗った気がする。
それは、なんとも懐かしい感覚だった。