第三八四話:落とし前の落とし所
「というわけで!」
戦闘服の上着部分を脱ぎ捨てて――自身はライブ衣装だといていっていた。なお、下にもう一枚着ていたので俺はアリスに目潰しされずに済んだ。肩が丸出しくらいでは、アリスは怒らないらしい――クゥ・カワミは宣言した。
「うちの処断を、『アリクリリオ』の三名、アリスちゃん、クリスちゃん、理緒ちゃんに委ねるにゃ!」
「クリスと理緒は生徒会長で、アリスは副会長だからな」
「うちも生徒会長にゃ! 時々忘れるけど!」
そういえば、そうだった。
あと、俺が例の刑罰を受け入れていたら、つまりシナを作って俺に好きなようにさせていたら、クゥ・カワミはおそらく死ぬより酷い目に遭っていたと思う。
なぜならあのときアリスから噴火する火山のように立ちのぼっていた気配は、ぶち切れた前の陛下と同じものであったからだ。
「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてにゃ! でも痛いのは一瞬で終わるやつでお願いします!」
微妙に覚悟ができているのかできていないのかわからないクゥ・カワミであった。
「痛いのって……たとえば、両指の爪を一枚ずつ剥がすとか……ですか?」
「なにそれこわいにゃ!」
「また生えてくるから何度でもされるんですよね」
俺は素早くアリスの手を取り、ほっと息を付く。
アリスの爪は、綺麗なままであったからだ。
もし何度も剥がされた跡があったら、綺麗に治すつもりであったが――まさかすでに、治したあとではないよな……?
「アリス?」
「はい?」
「すまない、なんでもない……」
確認ができない俺であった。
もし想定より悪い事態が明らかになった場合、自分の感情の置き所に困ることになることにも、気付いたからである。
「えっと、爪を剥がすとかいうのは、できれば遠慮して欲しいにゃ……みたいな?」
「クリスちゃんと理緒さんはどうですか?」
「いや、私はとくには」
「私もです」
「マリウスさん?」
「やられたことには怒り心頭だが、頭を冷やせと何名かに怒られたからな。俺自身は特にない。だが、俺が許したからといって、アリスが許す道理はない。そこは自分で考えたようにしていい」
こう言わないと、アリスは多分俺の方針を尊重してしまう。いや、これでも結構怪しいものだが……これ以上いい落とし所が思いつかない俺であった。
「わかりました! といっても、結論はもう出ているんですけど」
「爪はがすのやめてにゃああ!」
わりと切実そうに、クゥ・カワミが懇願する。
「いえ、はがさないです。わたしからもとくにはありません。あえていうなら、わたし達が乗った歌を魔力に変換する機動甲冑の仕組みを、マリウスさんに教えてあげてください」
「そんなんお安いご用にゃ!」
いいのか!?
内心叫び出しそうになった俺である。
魔力を持たない種族でも、機動甲冑を動かし魔法が使えるというのは、俺が封印される前の時代、人間が鹵獲した機動甲冑に無理矢理蒸気機関を詰め込んで動かしていた偉業以上のことである。
場合によっては、各学園間の戦力的均衡が崩れかねないものだが……。
「いやでも、それだけでお咎めなしはよくないにゃ! ここまでやっておいてそれで済ませたら、超先祖さまに合わせる顔がないにゃ……」
意外と律儀なクゥ・カワミだった。
そういうところだけで、先祖であるチ・エとの共有点を作らないで欲しいのだが。
「そうだ、うちも生徒会管理委員会に参加するにゃ。役職はもちろん、いらないいにゃ」
「ほう、つまり?」
「使いっ走り上等!」
それは少し、魅力的である。
普段の言動で忘れがちになるが、クゥ・カワミの戦闘力は極めて高い。
自分の魔力で機動甲冑を仮想的に作成し、搭乗した上で複数の目標を同時に撃ち落とすなど、封印される前の俺の軍でもできた者はほとんどいなかったはずだ。
「ええと……そのことなんですが、生徒会長」
聖女研究部のダイブツガワ部長が、口を挟んだ。
その隣には、技術部のアラーキィ部長もいる。
さらにはその後ろを学園の幹部と、その部員とおぼしき一般生徒達が集まりはじめていた。
「生徒会長だけに責任を取らせるのは生徒として納得できません。ここは各部の部長も傘下に収まるべきでは?」
「いやいやいや、ちょっとまつにゃ!」
「部員にも相談したんですが、いっそのこと一般生徒も参加してもいいのではと」
「それもう学園ごと傘下に入るってことになるにゃ!? それでいいのかにゃ!?」
「とにかく、生徒会長だけが責を負うのは納得できません!」
「みんな……!」
「まぁアホやっているなとは思いましたけど、止めなかったのは事実ですし」
「とめて!? そういうときは!」
……少し、意外であった。
どうやらクゥ・カワミ生徒会長は生徒たちに慕われているらしい。
『どう? 兄ちゃん。うちらの半神猛虎団』
ふと、チ・エにそういわれたような気がして、俺の頬は静かに緩んだ。
「――決めたにゃ!」
どこからか取り出した拡声器を使って、クゥ・カワミ生徒会長は高らかに宣言する。
「聖域探索学園ハルモニアは、生徒会管理機構傘下におさまるにゃ! みんな! いたらない生徒会長だけど、これからも応援よろしくにゃ!」
どっと音圧が迫ってくる規模で、歓声が上がる。
名前は変わってしまい、やっていることも大きく変わってしまったが――あの日の半神猛虎団は、たしかに続いていた。
「わたしって、怒るとこわい?」
「捕虜交換のとき一部の捕虜が数合わせで虐殺されたのをお察しになられたとき、近くの旧火山が刺激されて再噴火したのをもうお忘れで?」




