第三十八話:ドクター魔王
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。二百三十六歳。
【克服したいこと】
「女性への免疫だな……今回特にそう思った」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。十四歳。
【克服したいこと】
「そうですね。故郷が壊滅したときのこと思い出すとちょっと調子が悪くなるので、それを何とかしたいです」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。年齢不詳。
【克服したいこと】
『陸地を飛んだり跳ねたりできるようになりてぇ』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。十八歳。
【克服したいこと】
「最近出番が少ないところ!」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。十六歳。
【克服したいこと】
「同上」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。十二歳。
【克服したいこと】
「それはもう、子供であることです。もっとも、無理な話ですけどね」
ふ。
ふは。
ふはは!
(以下略)
ふ。
ふは。
ふはは!
(以下略)
ふ。
ふは。
ふはは!
(以下略)
「これで、どうにかなるか……」
雷光号の倉庫を一度空にし、そこに作り出したありったけの観測機器を設置し終え、俺は一息ついた。
封印される前はある程度人任せに出来たのだが、今は俺ひとりでやらなくてはならない。
それはそれで楽しいものであったが、いかんせん今は時間が無かった。
「お疲れ様です。三日三晩徹夜していましたけど、大丈夫ですか?」
様子を見に来てくれたアリスが、グラスに入った飲み物をくれる。
「ああ、心配をかけてすまない——これは、美味いな」
一口飲んで、俺は唸った。
強めの酸っぱさの中に、甘味がほのかに混じっており、それらが弾けて喉を滑り落ちていく。
「ありがとうございます。ライムを搾って、お砂糖を少し加えて、隠し味にお塩をほんのひとつまみ。それを銀水で割ったんです」
「銀水……? ああ、炭酸水か」
「クリスちゃんにわけてもらったんです。大きな機関を持っていると簡単に作れるそうですよ」
「うちでもやれないことはないな。今度作っておこう。もっともいまは、こっちが最優先だが」
倉庫の中に設置した、みっつの装置を見上げ、俺。
大きさは、かなり大きめの衣装箪笥ほどだろうか。
それらが、部屋の中心を取り囲むように、等間隔に並んでいる。
「これは、何に使う機械なんですか?」
「病原菌があるかどうか、それに感染しているかどうかを検査するためのものだ」
「え、それすごくないですか?」
「それほどでもない。そもそも、魔法が絡んでいないと一切感知できないからな」
「それって、どういう……?」
少し呼吸を整える。あまり、言いたくない話題であったからだ。
「あまり、お前とクリスを不安がらせたくなかったのだがな——」
あの忌々しい勇者の、その次くらいに忌々しいクラゲとのやりとりを、アリスに説明する。
「そんなことがあったんですか……でも、納得しました。それでマリウスさん、あのクラゲが帰ったあと怒っていたんですね」
「ああ、そうだ」
アリスはクジラと言わず、クラゲと言ってくれた。
この世界ではあのような巨大なクラゲをクジラと呼ぶようだが、それでも俺に合わせてくれるのは、ありがたいことだった。
「それで、その蚊が疫病を運んだというのは——」
「昔な、俺の配下が効率よく人間を排除するために魔法の疫病を作り出しんだ。最初の種は魔法だが、その後はそれに頼ることなく、蚊を媒介にしてひたすら拡大感染していく。人間のみに高熱を与え衰弱させていくという、病理をもってな。だが、いくつかの理由で却下した」
「それを使えば、マリウスさんは勝っていたのでは?」
「そうだな。実際に試験運用まではうまくいった。だが、突然変異し魔族にも影響が及ぶ可能性があるのが一点、そして余りにもむごたらしい死に様となるのが一点……」
今でも憶えている。
敵対する人間の街で使用したとき、最終的に10日ほどで、その街は滅びた。
あまりにもむごたらしい様相であったので、最終的にその街は丸ごと焼き払われたのだ。
死んでいった者にはなんの救いにもならないが。
「そして最後に、俺がそういうやり方を好まなかったというのが一点だ」
人間と戦い、屈服させるのはよしとしよう。
だが、毒を用いてい戦えない民衆を虐殺するのでは、人間と変わらないのではないか。
「そういうことをしたんですか? わたしたちの祖先——」
「あ、いや……」
「したんですね」
「……ああ。すまなかった」
少し、配慮が足りなかった。
俺は静かに、頭を垂れる。
「気にしないでくださいっていうも変ですけど……そういうことがあったと教えて貰えるだけでも、わたしは嬉しいです」
「そう言ってくれるか」
「はい。だってわたしはマリウスさんの秘書官ですから」
それが誇りだとばかりに、胸を張ってアリスはそう言った。
「でも、お話を聞いていると、あのクラゲのべたべたは、逃げるための嘘なのではないかと思います。そんな危険なものなら、いままでの伝承とかにも残っているはずですし」
「俺も、そう思っている。だが、念には念を期したい」
「わかりました。では、クリスちゃんにも連絡を入れてきますね」
「ああ。頼む」
思っていた以上に、話は円滑に進んでいた。
アリスの器量に、心から嬉しく思う。
■ ■ ■
「健康診断、ですか」
「ああ」
アリスからは、そのように呼び出されたらしい。
クリスは、少し怪訝そうだった。
「たしかに、クジラがあんな粘液をだすとは聞いたことありませんでしたから、こちらでも一通り診てもらいましたけど、特に異常はありませんでしたよ?」
「念のため、だ」
器具の一覧を再確認しながら、俺はそう答える。
そもそも、人間の検査方法では魔族が作った病を検出することが出来ない。
「わかりました。ここはマリウス船長を信じましょう」
「ありがとう。そう言ってもらえると、助かる」
「べ、別にそこまで感謝されるほどのことはありません。——それで、どういう検査をするのですか?」
「検査項目は、たったのふたつだ。全身と、血液」
途端、クリスの髪が逆立った。
「ちゅ、注射ですか?」
「ああ。注射による血液採取だな」
「も、ももも、もう子供ではありませんので? それくらいどうってことありませんが?」
「さすが護衛艦隊の司令官だな」
「それをやめることは、できませんか?」
「……残念ながら」
これが普通の検査であれば代替手段を考えるが、とにかく時間が無い。
「それじゃ、わたしが先にやりますね」
そう言ってアリスが腕を差し出した。
「ま、待ってください。ここで注射に怯えたら、司令官の沽券にかかわります! わ、私からでっ!」
ぎゅっと目をつぶった、クリスが腕を差し出した。
「わかった。痛くないとは言わないが、すぐに済ませるからな」
「お、お願いします」
目をつぶったままクリスがそう言うので、俺は用意していた注射器を取り出すと、出来るだけ早く、そして正確にクリスの採血を行う。
「よし、もういいぞ」
「えっ!? もう終わったんですか?」
「ああ、それほど痛くなかっただろう」
「はい、本当に……」
止血方法を心得ているのだろう。渡した脱脂綿を即座に注射跡に押しつけながら、クリス。
そうしている間に、俺はアリスの採血も済ませる。こちらは特に何も言わないどころか、針を刺したときでさえ微動だにしなかった。
「よし、血液の方は異常が無い——」
採取した血液を、試薬の入ったガラスの小瓶に移して経過を観測したが、特に病原体の兆候はみられなかった。
「次は全身検査なんだが……」
そう言って、この検査でさきほどまで作っていた装置の次に重要なものを取り出し、アリスとクリスに見せる。
「これは、兜ですか?」
興味深げに、クリスがそういった。
「確かに見た目はそのように見えるな。折角だからそれを被って、俺やアリスを見てみてくれ」
「はぁ……ではお借りして——なんですかこれ! マリウス船長やアリスさんが蒼い影法師みたいに見えます!」
「それで正常動作だ。アリスも被ってみてくれ」
「はい——あ、クリスちゃんの言うとおりですね。影だけが見えます。これをわたし達がかぶるんですか?」
「いや、俺が被る」
そう言って、俺はその装置を被る。
「アリス、後頭部のベルトを締めてくれ。そうすれば、俺自身では外せなくなる」
「あ、はい。いいですけど……なんでそんなことを?」
「すぐに説明する」
それで納得してくれたらしい。アリスが固定用のベルトを締めくれた。
「さて、これで俺はこの装置を自分では脱げなくなった」
「はい」
「そうなりますね」
アリスとクリスの影法師が、ほぼ同時に答える。
「また、今試しに被ってくれたように、俺が被った装置は検査対象を影法師のように認識する。それも理解してくれただろうか」
「はい」
「理解しました」
やはりほぼ同時に、アリスとクリスの影法師が頷いた。
「最後の確認だ。そこにあるみっつの機械が三角形に並んでいるのがわかるな?」
「ありますね。さきほどから気になっていたんですが」
クリスの影法師が、背後の機械群を振り返りながら言う。
「では、ふたりとも。その三角形の真ん中に立って」
そこで言葉に詰まる。
魔王である俺でも言いにくいことはあるのだ。
「——着ているものを、全部脱いでくれ」
「「えっ?」」
「脱いでくれ」
「「ええっ?」」
「だから、脱いでくれ」
……はっきりと言っておこう。
これ、言う方も恥ずかしい。
「あの、あの。マリウスさん? それって、わたしたちがマリウスさんの前で、は、裸になるって事ですか?」
「その通りだが、さきほども説明したとおり、俺には影法師にしかみえない」
実は、この仕様にするためだけに、一晩徹夜している。
それほどまでに、大変だったのだ。
「でもその……マリウスさんはいいとして、わたしとクリスちゃん、お互いの身体が見えちゃうんですけど」
……。
……?
……。
——しまったっ!
「すまない! そこまでは配慮していなかった……! では、順番にしよう。どちらかから先に検査をして、もうひとりは別室で待機——」
「まってください。それって、私かアリスさんが先にマリウス船長に……は、肌をさらすって事ですよね!?」
クリスの影法師が、大きく挙手をしてそう言った。
「いや、俺からは見えないといったはずだが」
「見える見えないの問題ではありません。マリウス船長の前で、誰が先に裸になるかならないかの話です!」
「いや、そういう問題では無いと思うのだが」
「いえ、確かに大問題です」
——アリス!?
思わぬ方向から火がついて、俺は狼狽する。
「ですから、わたしは一緒でいいと思います。クリスちゃんは、どうですか?」
「わ、私だってかまいません! そもそも護衛艦隊の採用検査もだいたいこんな感じですし!」
あとで確認したことだが、女性の場合は肌着までであった。
ただし、男性は……クリスの言うとおりだった。
「とにかく、さっさとやってしまいましょう! こういうのは、時間をおけばおくほど恥ずかしいものですしっ!」
「そ、そうですねっ!」
「わかった。では早速始めよう。検査場の外にかごがあるから、そこに着ているものを置いてくれ」
「わかりました。さ、クリスちゃん」
「は、はい……」
ふたりの影法師が、水着の肩紐に手を掛ける。
そこで俺は、後ろを向いた。
いくら影法師でも、女性が水着を脱ぐところを見るわけにはいかない。
「あ、あの……マリウスさん」
「どうした?」
「わたしもクリスちゃんもその……全部脱ぎましたけど」
「あ、ああ……では。検査を開始する。ふたりとも気をつけの姿勢のまま、その場を動かないでくれ」
検査の装置を入れる。
すると、アリスとクリスの影法師が、青から緑に変わった。装置による走査が始まったのだ。
ここでいきなり黄色や赤にならなかったことを、心から安堵する。
それは、軽度の感染や重度の感染を表すからだ。
「あの、マリウス船長。喋るのは大丈夫ですか?」
「ああ、構わない。検査は長いからな」
「では……アリスさんの胸、本当に大きいですね」
「ありがとうございます。クリスちゃんも、形が整っていて、かわいいですよ」
「たのむから、具体的なことは言わないでくれ……!」
何でも言うが、こちらでは影法師になっている。
なってはいるのだが、俺にだって、想像力というものはあるのだ。
「大きく息を吸って——止めてくれ。……よし、はいていいぞ」
「すごい……大きい胸って、本当に揺れるんですね」
「そうなんですよ。走るとき大変なんです」
「だからな……」
正面からの影法師なので、幸いにして揺れていることはわからなかった。
わからなかったが、言わないで欲しい。
「よし、次は横を向いてくれ」
「クリスちゃんのお尻、すごい整っていますね」
「鍛えていますから。でも、そう言われると嬉しいです……えへへ」
「だからな……!」
横向きからの影法師は、そういうのがある程度わかるのが辛かった。
それに加えて、そういうのは言わないで欲しい。
「次は後ろを向いてくれ」
「……胸もそうですけど、二年でそこまで変わるんですね」
「クリスちゃんも、ちゃんと成長すると思いますよ」
「だーかーらーなー!」
そもそもなんの話だ、一体!
「最後にゆっくりと時計回りにまわってくれ」
「よいしょ……きゃっ!?」
「あ、アリスさん!? 大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。クリスちゃん、抱き留めてくれてありがとう」
「いえいえ。これくらいでしたら。それにアリスさん……すごく柔らかいですし」
「クリスちゃんも、ですよ」
「もう一度、時計回りにまわってくれ」
いまみえるものが影法師で、本当に良かったと思う。
「よし、いいぞ。検査は終了だ。ふたりとも着てくれ」
被った装置の視界に、装置から送られてきた検査項目の結果が次々と埋められていく。
結果だが——。
あのクラゲのはったりであった。
あやつめ……今度会ったら、刻んで干して酢の物にしてくれよう!
「結論から言おう、ふたりとも異常は無い」
アリスに被った装置を脱がせてもらったあと、俺ははっきりとそう言った。
「よかったです」
「本当ですね。ここまで恥ずかしいことをしたかいがありました」
「いえ、それもありますけど……マリウスさん。わたしたちのために、この装置を三日三晩徹夜で作ってくれましたから」
「えっ!? そこまでしてくれたんですか!?」
「ああ。だが、そのかいはあったようだな」
とにかく、時間との勝負だった。
もし感染症であれば、初期の症状がでるかでないかといったところだったのだ。
「ではなにか、お礼をしなければなりませんね」
クリスが、そんなことを言う。
「あ、それ賛成です。何にしましょうか」
「——被った装置無しで再検査とか」
「あ、それいいですね」
「よくないわっ!」
「安心してください。冗談です」
「ねっ!」
冗談でも、それは心臓に悪かった。
■本日のNGシーン
「よし、もういいぞ」
「えっ!? もう終わったんですか?」
「ああ、それほど痛くなかっただろう」
「はい、本当に……」
止血方法を心得ているのだろう。渡した脱脂綿を即座に注射跡に押しつけながら、クリス。
「マリウス船長、上手ですね……ほとんど血が出ませんでしたし……痛くなかったです。こんなの……はじめて……」
「いいたいことはわかるが、その表現は自重してくれ」




