第三七五話:爛竜浮上
天井から崩れ落ちるがれきを駆け上がる。
共に駆けるミュートが超加速の魔法に長けていて良かった。
あの魔法はただ速度を極端にあげるだけの魔法ではない。
五感を増幅させ、落ちてくるがれきを避け、あわよくば足場にできるほど鋭敏になる。
ただ単に加速するだけで、感覚が追いつけないためだ。
「無事に着いてきているようだな!」
「どうにかね! っていうか、あんたも超加速が使えたのね。はじめからいっておいてほしかったわ」
「いや、これはただの身体強化だが」
「こわっ!? ただの強化でアタシと変わらないのこわっ!」
ミュートだって後数年から数十年鍛錬を重ねれば、俺と同じ程度には強化を使いこなせることだろう。
つまり、その間に超加速も鍛錬すれば、俺でも完全に追いつけなくなるのだが、どうもそれに気づいている様子がない。
もと魔力炉は、徐々に加速しつつ浮上している。既に天井に激突し、天井を下から掘り進めている状態である。
「アリス! アン! 聞こえるか! 緊急事態だ!」
アリスたち、アンたちに返信できる機能はない。
さすがにそれは通信を傍受されてしまう可能性が高いし、外部と通信してしまうことが看破されるとさすがにまずい。
だから、アリスたち、アンたちにはそれぞれ緊急時の対応を伝えてある。
それがうまく展開できればいいのだが……!
□ □ □
『アリス! アン! 聞こえるか! 緊急事態だ!』
マリウス艦長の声が、操縦室内に響きました。
緊急事態の想定はただひとつ、地下の制圧失敗です。
であれば次に来るのは――。
「アリスさんっ!」
私が叫ぶ前に、既にアリスさんは曲調を変えていました。
おそらくアンさんたちにも同じ連絡は届いているはずで、あちらの挙動も――。
「クリスさん、アンさんたちもこちらと同じ動きをしています!」
理緒さんの報告通りでした。
いまや私達は向かい合うのではなく背中合わせに布陣しなおしたのです。
「敵は床からきます! 最優先事項は――」
「会場の保護ですね!」
アリスさんが歌の小節の合間でそう答えました。
めちゃくちゃ器用なことをしているように見えますが、それよりもマリウス艦長ですら鎮圧できなかったものとは一体……。
『どうしたことでしょう。両者ともに背中合わせになってなにかを警戒しているようですが――あれ? カワミ生徒会長?』
『なんかいきなり飛び出していったっすよ』
『えっ!? 我慢できなくなって乱入?』
『んなわけあるかにゃ!』
天井から降りてきたのは、私とアリスさんがさらわれたときに現れた、あの機動甲冑でした。
あのときと違って素手ではなく、両手に機動甲冑大の拳銃を構えています。
『決勝戦は一時中止! 地下から来る高出力魔力反応を迎撃・および会場の保護をするにゃ!』
その声は、外からの中継ではなく、操縦室内に直接響いてきました。
ということは――。
「アリクリリオのクリスです。高出力魔力反応の正体、わかりますか?」
『わからんにゃ! でも魔族ではないにゃ。濃縮しすぎて体内から焼けてしまうレベルにゃ! こんなん耐えられるのは、四大竜くらい――くるにゃ!』
私達全機が空中にいたのが幸いしました。
床が突然白熱化し、溶け落ちたのです。
そしてそこから現れたのは――。
筒状の金庫!?
『地下の魔力保管庫にゃ! なんでこんなものが――モーリー部長はどうしたにゃ!? ダイブツガワ部長、アラーキィ部長、至急連絡をとるのにゃ!』
「クリスさん、魔力保管庫の外壁が!」
理緒さんの悲鳴に近い声と共に外壁がすごい勢いで凹みはじめました。
「これは――圧壊!?」
艦船が沈没したとき、ある程度の深度に達すると水圧に耐えられなくなって崩壊する現象です。
しかしここは地上で、中身は真空ではないはず……!
「いったい、なにがおきて――!」
□ □ □
地下を登り切った俺たちがみたのは、圧壊するように凹んでいくもと魔力炉であった。
「なにあれ!?」
「外壁を、内側から吸収しているんだ!」
最後の層が高濃度の魔力によって白熱化し溶け落ちてきたので、俺はミュートを抱きかかえ魔力による障壁で覆いそのまま飛んで突破したのである。
「中身が出てくるぞ! きをつけろ!」
すでにアリスたちもアンたちも迎撃態勢に入っている。
さらにその上に布陣しているのは、あの生徒会長の機動甲冑だろう。
「念のため障壁を張り直す! しっかりつかまっていろ!」
次の瞬間、魔力炉が内側から食らいつくされ、中身があらわになった。
広がったのは虹色の大きな翼。そして短いながらもがっしりとした両脚。
そして生物学的に信じがたいことに――頭部がふたつある!
「あれが――爛竜?」
直後、眩い光が辺りを覆った。
『『どーもー!』』
『爛竜の右でーす!』
『爛竜の左でっせ!』
『ふたり併せて――っていきたいところなんですけど、僕ら実は三姉弟なんです』
『姉が行方不明なってましてな』
『なので三姉弟そろった芸名考えてまして』
『芸名は最初のトロフィーやから、慎重に決めなあかんね』
『折角だからなんか有名なのにあやかろうかと』
『リスペクトは大事やね』
『それでこの前、お笑い協会に申請したんですよ』
『どんな芸名?』
『ブルー・スリー』
『 な ん で や ね ん ! 』
空間が、爆発した。
火薬ではない。竜のブレスによって会場が爆発したのでもない。
空間そのものが爆発したのだ。
『俺ら虹色やろ! 蒼ちゃうやろ!』
『それなら虹――今何時?』
『三時やな』
『んじゃ虹さんj――』
『やめっちゅうねん!』
再び空間が爆発した。
もうまちがいない。あの爛竜を中心に、空間が爆発したのだ。
幸いアリスたちもアンたちも、そしてカワミ生徒会長の機動甲冑も無事である。
どうやら三騎合同で、会場に被害が及ばないよう、広範囲の障壁を張ったらしい。
しかし、これは――まずい。
「マリウス、いまのなに」
俺の胸にしがみついたまま、ミュートがかすれた声で訊く。
「俺の推定が正しければ――」
ミュートと同じく、かすれた声で俺は答える。
「竜が、魔法を使ったんだ」
「ありえません! ありえませんぞ! 神話上の竜ならともかく、魔族が作った仮想的な竜でこれは――」
「べらぼうなでたらめだねぇ」
「そのコメントもおやめくだされぇ!?」
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