第三七三話:ふたつの時間切れ
接近戦を銃撃で抑えようとするのは、案外難しい。
本来銃を持つ相手に突撃してくるような敵は、いい的で終わる。
だが、相手が常識外れの突撃力をもち、なおかつ撃った銃弾を見切って斬るという非常識な動体視力を持っていた場合はどうか。
――こちらが避けるのに必死にならざるを得ない。
おそらくだが、俺とモーリーが一対一であった場合、かなり不利な立場に置かれていたはずである。
通常であればこのような状態に追い込まれた場合さっさと撤退するものだが、今回ばかりはそうはいかないし、勝算がないわけではない。
第一に、俺を援護するミュートがいる。
自身がもつ超加速という固有の魔法と、俺が渡した光学・魔法に対する迷彩服はモーリーには気づかれていなかった。
ミュートは大胆にも時折、迷彩を解除してモーリーを牽制している。
そうすることで、必要以上に俺に対して集中されないように配慮しているのだ。
そしてもうひとつは、モーリー側に時間切れの概念があること。
しかも、それはふたつもあるのだ。
「このっ、面倒なんですけど……!」
眠りの魔法が込められた銃弾を立て続けに切り捨てながら、モーリーが毒づく。
こちらは時間を稼ぐだけでいい。
ただし――。
「やばっ!?」
ミュートが弾切れを起こした途端、モーリーは俺への注意を完全に解き、ミュートに集中攻撃を仕掛けた。
「くっ!」
やむを得ず、無効化されることを承知の上で雷の魔法を広めに放つ。
案の定、モーリーはこちらを見もせずに鎌をかざすだけで魔法を吸収してのけたが、その間にミュートは超加速の魔法を発動させ大きく距離を取った。
「超加速!? でもそれは空気との摩擦で長距離は使えないはず……!」
「おあいにくさま! 身体全体は改良してもらったスーツのおかげでどうにかなってるの! 後は頭だけだから自前でも十分防護できるってわけ」
「そんな……ほぼ裸みたいなぴちぴちのスーツでそこまでの性能が……!?」
「余計なお世話よ!」
「身体の線がほとんど出ていて、破廉恥なんですけど……!」
「わかってんのよ! そこんとこは!」
もちろん頭部のみ魔法がかからないなどという欠陥品を作った憶えはない。
今回のスーツにはフードがついており、それを引き出してしっかりと頭を覆えば、覆われた頭部はおろか、露出している顔面すら魔法で保護されるようになっている。
しかしそれをするのは……どうもミュートのお気に召さなかったらしい。
本人曰く、頭までぴったり覆うと、どうにも自分の中のなにかが我慢できなくなるとのことだったが、合理的なものを重んじるミュートにしては珍しいことであった。
「この……!」
やむなく俺との戦闘に戻るモーリーだが、その間にミュートは再装填を済ませているし、俺自身も済ませている。
これでしばらくはもつ――なに!?
俺とミュートは同時に飛びすさった。
モーリーの鎌の石突きの方、つまり刃の反対側から、直線上の闇の刃が飛び出したのである。
形状としてはドゥエの双刃剣に近いが、刃が実体をもたないため、その振りの早さが尋常ではない。
モーリーはそれを昔から使っていたかのように軽やかに振るい――猛然と、ミュートへ襲いかかった。
「ちょっ!?」
超加速と隠蔽があるとはいえ、近接武器を使えない状態で牽制するのは、かなり難しい。
そしてミュートの専門は諜報であり、直接的な戦闘には長けていない。
そこまで見越しての、ミュートの猛攻であった。
おそらくは各個撃破を狙ったものなのだろうが、俺を完全に無視するとは――ずいぶんと、舐められたものだ。
俺は拳銃を全弾連続で撃ち放った。
「――は!?」
その意図を察して、モーリーがこちらに向き直る。
放った弾丸は、六発全部。
しかしモーリーに向かう弾丸は、全部で十八発!
「幻影の魔法ですか!」
「そのとおりだ!」
幻影とはいえ、実弾が混じっている以上対応せねばならない。
もっとも実弾と同じように対応するならば、十八発全弾を叩き落とさなければならないのだが――。
――よし、まにあった。
ひとつめの、時間切れを達成した。
俺は追撃に出るため突進する。
腰から抜くのは、ここのところ出番のなかった光帯剣――改!
「光の魔法剣でなにをするつもり――!?」
お互いの刃が、ぶつかりあった。
たしかにいままでの光帯剣は光の魔法を刃として固定させていたものなので、モーリーの闇の刃にあてれば霧散していただろう。
だが、同じ魔法なら。
「ひとつめの時間切れだ、貴様の魔法の解析が終わった」
「嘘ですよね!? こんなにはやく!?」
たしかにこれは得体の知れない魔法だったので解析に苦労した。
だが、時間をかければどんな魔法でもその構造がわかるようになる。
これは、以前みた歪んでありとあらゆるものを吸い込む空間を魔法で擬似的に再現したものだ。
そして吸い込むものは空間にある物理的なものではない。接触する魔法全てである。
あとは刃そのものを物質的な刃と同じく薄く鋭くすることで物理的にも切れ味をもたせれば、完成というわけだ。
いま、光帯剣改が刃として形成しているのは、光の魔法ではない。
空間のゆがみを魔法の視点で再現した、いわばゆがみの魔法である。
ゆがみの魔法同士がぶつかり合った場合、場合によってはお互いの刃が消滅するのではないかと危惧していたが、どうやら物理の刃と同じく、ぶつかり合うだけで済むらしい。
そして、剣術の腕は確かにモーリーは上位者のそれであるが……。
俺には及ばない。
「あとはもうひとつの時間切れを待つのみだな」
「これが……これが、古の魔王!」
初めて、モーリーの顔に恐怖の表情が浮かんだ。
魔力貯蔵庫の直上に作られた余剰魔力の渦が、更に大きくなる。
「モジモジくん……」
「歳がバレますぞ」
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