第三七一話:提督少女vs提督聖女、再戦!
「提案があります」
ひととおりアリスさんから決勝での流れを聞いてから、私は手を挙げてそういいました。
「はい。なんですかクリスちゃん」
衣装がアレなのに、お化粧がソレなのに、普段通りの表情と声音なので、逆に違和感のあるアリスさんが聞いてくれます。
いっそのこと、
『どうしたのお嬢さん。道に迷ったのなら案内できるけれども……それだけでいいのかしら? ふふっ』
とかいってもらった方がまだまし――いやいや、何を考えているんですか、私は!
「――クリスちゃん?」
「コホン。今回だけ……というか今回が最後ですが、担当を変えて欲しいんです」
「歌にですか?」
「いいえ、格好いいポーズを取る方、つまり攻撃の担当です」
もとは理緒さんが担当されているところでした。
ですが……。
「相手方の担当はたしか、ドゥエさんですよね」
「……あ。なんとなくわかっちゃいました」
アリスさんが、ぽんと両手をあわせます。
「すみません、代わるのにはやぶさかではないのですが、いったいどういう事情なのでしょうか?」
理緒さんが少し不安そうに、私達に質問をしました。
「ええと、向こう側のドゥエさんとクリスちゃんはいろいろあって一度激突したことがあるんです」
「なるほど……試合かなにかでしょうか?」
「まぁそのようなものです」
実際には、ひとつの船団の命運をかけた一対多数の壮絶な戦いだったのですが。
「その時のは、決着がつかなかったんですよね」
「正確に言うと私の体力切れです」
「体力……? 失礼ですが、クリスさんはそれほど体力がないようには……」
「相手が体力のお化けですので」
私の身の丈よりも長い剣を何十度も振り回しても、息切れひとつしないそれは、天性のものというよりも、厳しい鍛錬の結果でしょう。
そしてそれを、いまも自分に課しているのならば、その差は縮まっているどころか、更に開いているのかもしれません。
ですが――。
「ですが、今回は負けません……!」
□ □ □
観客のざわめきが、急にやんだ。
どうやら、決勝戦の準備が整ったようだ。
『さぁ、いよいよ決勝がはじまるにゃ。実況は引き続きこの生徒会長兼カントク、クゥ・カワミが務めるにゃ! そして解説は聖女評論家部部長、ダイブツガワ・マージン!』
『よろしくおねがいします』
『さらに技術部部長、アラーキィ・ハルナが解説に加わるにゃ!』
『どうもっす』
『ダイブツガワ部長には主に聖女の演技を、アラーキィ部長には主に機材の動きについて、解説してもらうにゃ!』
ほぅ。
あの者が、例の機関を作ったのか。
「ほしいな……」
「こわいこといわないの」
すぐ隣に座っていたミュートが、俺を小突いた。
「いや、技術者的という意味だ」
「知ってるけど、口には出すなっていってんのよ。いつかそれで火傷するわよ、あんた」
「――気をつけよう」
しかし、欲しい要員は欲しい。
魔力がない人間でも機動甲冑が使えるよう、歌を魔力に変換する機関を建造するなど、俺が封印される前は誰も考えつかなかったからだ。
可能であれば、是非とも勧誘してダンタリオンに転校、できれば俺直属となってもらいたい……。
『んん!?』
『どうしたのにゃ? アラーキィ部長』
『いえちょっと寒気が……風邪でも引いたっすかね?』
『寝込むのは決勝の後にして欲しいにゃ! というわけで両チーム入場!』
豪華な入場曲が鳴り響く中、アリスたちのチーム、続いてアンたちのチームが、それぞれが搭乗する機動甲冑と共に床下から現れる。
「これは――すごいな」
「すごいじゃないでしょ? 女の子が着飾っているんだから、この場合は……?」
「そうだな、すまない。――これは、美しいな」
ミュートが腕を組んで鼻を鳴らした。
『ほう、これはこれは……両チーム、衣装をがらりと変えてきたにゃ!』
『『聖女帰還組』の方は前回の修行着といった様相から、白い軍装を思わせるものにかわっていますね。そして『アリク・リリオ』の方は――』
『ひとことでいうと、カッコカワイイにゃ!』
『――はい。ゴシックロリータの意匠のまま、黒から白へと大きく色を変えています。ただ、白一辺倒ではないようです。要所要所に真珠の白を入れていますね。いいアクセントです』
解説のいうとおりだった。
もちろんアリスたちにあの衣装をつくる時間はない。
「ミュート?」
「たいへんだったわよ……ええ」
どこか疲れた、それでいて恍惚とした表情で親指を立て、ミュートはそう答える。
「でもアタシにできる最大限のことはしたわ。どっちにもね」
「そういえば、アンたちの方にも協力していたのだな」
「もちろん。両方とも手は抜けないもの。超小型の魔力炉をもらえて、本当によかったわ。あれがなかったらいまごろ干物になっていたわよ、アタシ」
そう。手紙のやりとりでそれぞれの組から衣装についての問い合わせがあったので、
俺はミュートに使い捨ての超小型魔力炉を渡していたのだ。
出力はたいしたことなく、せいぜいミュートが一日に出せる総魔力量の三倍といったところだが、役に立って何よりである。
『おや? 『アリク・リリオ』の立ち位置がちょっとかわっているにゃ』
『どうやらポジション変更があったようです。回避担当と攻撃担当が入れ替わっていますね。』
「あれ? それアタシ聞いてないけど――マリウス?」
「俺も聞いていない」
だが、想像することはできる。
「おそらく、ドゥエと再度戦いたかったんだろう」
ミュートが怪訝な顔をしたので、俺は事の次第を説明した。
□ □ □
「ね、私のいったとおりだったでしょ?」
ドゥエが得意げに振り返ってそういった。
「意外です……決勝という大事な試合なら、手堅い布陣でいくと想定していたのですが」
マリスが驚いた様子で、そう続ける。
「クリスさんって、戦略も戦術もいけるうえに、奇策も弄してきますからね。便宜上の対戦相手とはいえ、こうやって敵に回すと本当に大変です……」
「いいから姉さんは歌に集中! マリスも備えて!」
「はいっ!」
「了解です」
右手の拳を左手の平に打ち付けて、ドゥエは不敵に笑う。
「さぁ来なさい、クリスタイン。あのときの続きをしましょう!」
□ □ □
『さぁ、両者激しく激突! お互い激しい乱撃の応酬にゃあ!』
『攻め側はどちらかというと『アリク・リリオ』の方でしょうか。一方の聖女帰還組もよく防いでいます』
『そうなのかにゃ?』
『はい。『アリク・リリオ』の乱撃をすべて自分の乱撃で弾いている上で、時折カウンターもキメています。もっとも、『アリク・リリオ』の方も、それらをすべて弾くという神業でしのいでいるわけですが』
『どっちもすごいにゃ!』
すごいというか、俺の認識の埒外である。
機動甲冑というのは甲冑の名の通り、本来は防具。
剣や槍などの武器をもって初めて成り立つ兵器である。
もちろん格闘戦ができないわけではないが、それはあくまで武器を全て喪ったときの最終手段、非常時の戦い方に過ぎない。
なぜならば――。
五指で武器を持つという構造上、機動甲冑の拳はそれほど頑丈ではないからだ!
殴り合いなどもってのほかで、本来は一度でも殴ったのなら修理と調整に多大な時間がかかる代物なのである。
仮に旧雷光号が殴りつけたら十発程度で完全故障、いまの雷光号でも十二~十五発程度で故障するだろう。
いままでの試合はせいぜい四、五発殴るだけでどうにか終わっていた。
あれであれば、まだ整備をすればどうにかなる。
だがいま双方の殴り合いは軽く二百はこえて――いま三百に至った!
「やめろ……壊れる……!」
それはそういう使い方をするものじゃない!
「どうしたのマリウス、なんか顔色悪いわよ?」
「機動甲冑が……殴り合い……拳の整備……!」
「ああ、それ? ちゃんとみてごらんなさい」
「整備班は徹夜確定――なに?」
「それぞれの機動甲冑――だっけ? それの拳をよくみてみなさいっていったのよ」
ミュートに促され、目をこらしてみる。
依然激しく殴り合っている二騎の機動甲冑の拳は、とっくの昔に潰れて――いない!?
「なんだあれは!?」
それぞれの機動甲冑の拳が、魔法に覆われている!?
「そう。たしか風の魔法を薄く、かつ高密度にまとわせているんだったかしら。アイアンワークスはアレの戦闘用と戦ったことがあるから、見慣れているのよ」
「なんということだ……!」
あれならば、いくら殴っても魔力切れにならない限り拳は壊れない!
□ □ □
「せいっ!」
お互いの正拳が真っ正面からぶつかりあい、その反動で私たちは距離を取りました。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
顎からしたたる汗を拭い取ります。
「――そろそろですね」
いったん歌うのをやめて、アリスさんがそう呟きました。
「決着はつきませんでしたけど、よかったですか? クリスちゃん」
「十分です。引き分けに持ち込めただけでも……じゅうぶん!」
あのときは体力切れからの第三者の介入による無理矢理な撤退でした。
それがいま、切り札の用意まで持ちこたえ、しかもぎりぎり余力を持つことができたんです。
これを成長といわずしてなんいうのでしょう。
ちらりと、操縦室にこっそり貼り付けた計器をみます。
それはマリウス艦長が作った、地下の魔力貯蔵庫の限界を計る装置。
そしてその貯蔵量は――ほぼ満杯。
「おそらくアンさんたちも気づいています。だから……いきますよ」
「はい!」
「ええ!」
私と理緒さんの返事が重なります。
ここで一気に――。
ぶちこわしにする!
私達は、全員でいっせいに大きく息を吸いました。
□ □ □
『こ、こ、これはどうしたことにゃ!? 双方の機材が停止して――急に出力があがったぁ!?』
『どうやら、双方が三名同時に歌い出したようです』
『え、そんなん可能なん?』
『できるっすよ』
ダイブツガワ部長の代わりに、アラーキィ部長が答える。
『難しいからやらないだけっす。もともとできるなら、やれるっす。もちろんダンスもポーズも同時にできるなら、威力は三倍っす。だから、ほら――』
『き、機動甲冑がまた浮いたにゃあ!?』
『騎体が浮き上がったのは、余剰魔力が全身から放出されたせいっすね。一度浮くと姿勢制御が難しいんですが……両方とも、たいしたもんっす』
……ほぅ。
俺は内心にやりと笑う。
いま、アラーキィ部長は機材といわず騎体といった。
つまり、機動甲冑の基本構造をほぼ把握していると言っていい。
前回の試合でも多少浮いていたが、今回は完全に浮かび上がっている。
そして――!
『なにあれ!? 両方とも機動甲冑の表面が赤くなったにゃああ!?』
『魔力があふれて装甲が強化されたっす。これでお互い、大技をぶち込んでもそう簡単にはダウンしないっすよ』
『つまり……どういうことにゃ!?』
『おおざっぱにいうと――より派手なバトルが始まるっす!』
『最高にゃあ!!』
まぁ、そういうだろう。
俺が主催者だったら、そう思う。
さて――。
□ □ □
『おおざっぱにいうと――より派手なバトルが始まるっす!』
『最高にゃあ!!』
「最高なんかじゃないんですけど!?」
地下魔力貯蔵庫の制御装置を前に、モーリーは普段の無気力な様子をかなぐり捨てて叫ぶ。
「だめだ逃げるなんて悠長なこといってられない! 内部が破裂しないように何重にも強化しないと……! でも、これ以上あがったら……!」
天井を見上げて、モーリーは奥歯を噛む。
「おのれ魔王、はかったな!」
自らの魔力を最大限に放出し、制御装置を続いて魔力貯蔵庫を強化する。
いつものように、全方位に気を配ることなんて、とてもではないができない。
だから――モーリーは、背後の空間が光学的に少しずれたことに気づけなかった。
「これもしかして、強大な力により、並行世界の私とかがやってきちゃうやつ?」
「それ以上はいけません! いけませんぞぉ!」




