第三七〇話:そして決勝へ
『『聖女帰還組』、強い! 強すぎる。圧倒的な歌と踊りと格好いいポーズで勝利にゃあ!』
『かわいい系が主流のハルモニアでは昨今珍しい、格好いいに全振りをしたいいパフォーマンスでした。そして初撃で沈まず、最後まで善戦した『エンテンカ』にも惜しみない拍手を!』
ここのところアンのチームやアリスのチームが試合に出るたびに妙な雰囲気に包まれていた会場が、久しぶりに普通の歓声と拍手に包まれた。
「さぁて、いよいよね……」
ミュートが立ち上がり、その姿がふっと消える。
俺が渡した手紙を、アリスたちとアンたちそれぞれに届けに行ったのだろう。
『決勝開始まで少し時間がかかるにゃ! その間に休憩をおすすめするにゃ!』
『隣接しているフードコート艦には、各種飲食物が取りそろっています。私がおすすめなのは、フジツボの出汁を活かしたラーメンですね』
「こちらも準備するか」
観客席から立ち上がって、俺。
アリスたちとアンたちに必要な指示は、もう出してある。
内容は単純、『全力全開でなるべく長く戦え』
あとは雷光号に戻って、色々と仕込みを行わなければならない。
なぜならば――。
俺は、手元の推定魔力貯蔵量計測器に目を落とす。
その貯蔵量は、規定されている満杯量を一割弱超えていた。
□ □ □
聖域探索学園ハルモニア、生徒会会長室(臨時)。
会場のすぐそばに停泊している指揮艦をまるごと改造したそこは今回の大運動会の運営を行うためのものであり、艦橋の上に設えられたその狭い部屋は、なにかあったときの意思決定の場でもあった。
「ですから……! もう運命収束偏向器に注がれた魔力は満杯を越えているんです! これ以上越えたら、暴走しますよ!」
中止を勧告したのは、スカウト部部長のモーリー・メメントである。
普段は無気力そうな口調の彼女が、ここまで感情をあらわにするのは珍しいことであった。
「……僕は中止には反対ですね。決勝まで来て、中止はあり得ない」
継続を主張するのは、会場で解説役を担っていった聖女評論家部部長、ダイブツガワ・マージン。
「それに興行的にもこのまま続けるべきです。休憩から戻ってきた観客達が中止を聞いたら、本校の評判は海に沈みますよ(※)」※地に落ちるのこちらでの表現
「しかしながら、決勝戦に残ったのは本校でも分校でもない、外部の組です。我が校の威信をかけているのなら、既に意味はないのでは……?」
「その後のエキシビションで、カワミ生徒会長が圧倒する予定でしょう。問題はないのでは?」
「そこまでしたら運命収束偏向器が確実に決壊するんですけど!?」
「まぁまぁ。ふたりとも、おちつくにゃ」
仲裁したのは、生徒会長のクゥ・カワミである。
「技術部部長? 見解を聞きたいにゃ」
「え? あー……はいっす」
その場にいた全員が、この部屋にいた最後のひとりに注目する。
黒いくせっ毛の髪をわしわしとかきながら、眼鏡をかけた魔族の少女――技術部部長、アラーキィ・ハルナはこう答えた。
「会場の地下に設置された運命収束偏向器については、もちこんだモーリー部長から接触禁止を申し渡されているため、技術部としてはなにもいえないっす」
「ぐっ……!」
モーリーが唇を噛む。まともに触らせていれば、安全第一を信条とする彼女は、こちらの見方になっていただろう。
もっとも、触らせるわけにはいかないのであるが。
「一方で、いままでの優勝候補二組の記録映像をみせてもらったっす。どちらも放出している魔力は想定外……騎体が浮いたのは、それが理由っすね。もしもそれを制御できるなら、アイアンワークスの連中と空中戦ができるっすよ」
「――危険かにゃ?」
一瞬だけまともな貌になって、カワミが問う。
「会場のセーフティは万全っす。二騎が同時に自爆しても、観客、参加者双方に被害は及ばないように制御できる自信はあるっすよ。ただ、運命収束偏向器に関してはなんともいえないっす。なにしろ触らせてもらえないので」
「ふぅむ……モーリー部長?」
「――はい」
「会場警護の任を解くにゃ。代わりに運命収束偏向器の制御に専念してもらいたいにゃ。できるかにゃ?」
「お、おのぞみとあらば……」
「よろしい! それじゃ決勝戦は継続にゃ! それが終わった後どうしても運命収束偏向器が壊れそうなら、エキシビションは中止。それでいいかにゃ?」
ダイブツガワ、アラーキィ、そしてモーリーの三名が頷く。
「では、それぞれ最終調整を頼むにゃ。あ、アラーキィ部長はわるいけど会場で解説役その2をお願いしたいにゃ」
「えっ」
「騎体が浮くなんてはじめてみたにゃ。ほかの現象が発生したときダイブツガワ部長では説明できないにゃ。だから代わりにアラーキィ部長に解説して欲しいにゃ!」
「あー……そういうことでしたら、しかたないっすねぇ」
わしわしと頭を掻いて、アラーキィが了承する。
「それじゃ、解散にゃ!」
「……穏当にことを収めたかったのに。面倒くさいことになったんですけど」
誰もいない廊下を足早に歩きながら、モーリーはひとり呟く。
「こうなったら臨界点に達した時点でおさらばするしかないですね……ああ、ほんとうに面倒くさい」
普段からの癖で、周囲に誰もいないことは魔法で走査済みである。
極めて高度な光学、魔力双方で攪乱する魔法でも使っていない限りは見逃すことはない。だが、それが使える生徒はまず存在しない。もしいたら、それはもはや、いにしえの魔王級か生徒会長級となる。
だが、生徒会長のクゥ・カワミはそこまで頭が回る方ではない。
「あとは……あの魔王ですか。あれだけは油断ならないです。もっとも――」
例の黒い刃の両手鎌を虚空から呼び出し、強く握りしめてモーリーはひとつ続ける。
「誰にも……邪魔はさせないですけど……!」
「陰謀丸見え! あの世ってこれがあるからやめられないのよね。ってタリオンくん何作ってんの?」
「霊界通信機でございます。これで向こうの陛下にネタバレし放題できますぞ」
「わお、ぶすーい!」
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