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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第二部 第五章:ドキッ! 聖女だらけの大運動会

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第三六九話:ゴシックロリータが遺した爪痕


 アリスのゴシックロリータ。

 人形のような衣装をどこか死を思わせる漆黒に染め、そのみためと裏腹に、過激な歌詞を朗々と歌い上げるという手法であった。

 それは踊るクリスにもポーズをとるミズミカドの生徒会長にもしっかりと伝染――というかごく短時間でその梗概(こうがい)を共用していたため、見事な一体感を醸し出していた。

 おそらくだが、これをアリスはいちから造り出したのではないのだろう。

 これは推測になるが、ウィステリアでの聖女に絡む一騒動――その一部はもう思い出したくないのだが……やめろ! 俺が見事なステップを披露した話をするな!――で、聖堂の大図書館にあった資料から拾い上げたのだろう。

 いまごろアンは驚いているか、あるいはその手があったかと膝を叩いているのではあるまいか。

 そしてその成果も大きかったが、被害も大きかった。


「アリスお姉様ぁ……!」


 あのミュートが、沈着冷静な諜報員が泣いていた。

 いまは幼子のように、両手をぶんぶんの縦に振って、ひたすらアリスたちを讃えている。


「尊かった……本当に尊かったぁ……!」


 これはなにもミュートだけに起こった現象ではない。

 会場のあちこちですすり泣く声や黄色い歓声、はては抱いてだの(女子がいった)抱かれたい(女子がいった)だの、いささか過激に過ぎる声が上がっている。


 そういう意味で成果は大きかったが、被害も大きかったのである。


「ミュート」

「ごめんマリウス、しばらく何も考えられない……!」


 その気持ち、少しはわかる。

 自分が想定していなかったが心の琴線に触れるものにであったとき――それは芸術でも楽曲でも文学でもなんでもいいのだが――魔族であろうと人であろうと、我を喪う者なのだ。

 だが、いまはちょっと落ち着くのをまっていられない。


「まさか、平心(へいしん)の魔法をこういう形で使うことになろうとはな……!」


 魔法には精神に影響を及ぼす魔法がいくつかある。

 代表的なのは強制的に眠らせる睡眠の魔法、精神を錯乱させる混乱の魔法、そして相手の心を操る催眠の魔法などだ。

 それに対抗する魔法も、もちろん存在する。

 まずは予防で心に障壁を張る抵抗の魔法、そしてかかってしまったときにそれを解除する平心の魔法だ。

 この平心の魔法、実は得意なまほうのひとつである。

 (さき)の陛下から魔法を学んだとき、かなり重点的に叩き込まれた魔法であるためだ。

 いわく、この魔法が使えると使えないとでは、生存率が大きく異なるらしい。


「さすがは(さき)の陛下……!」


 その長すぎる戦略眼に舌を巻きつつ、俺はミュートに平心の魔法をかけた。



「ぐぅ……!」


 ミュートは悶絶していた。

 平心の魔法が効かなかったのではない。

 直前までの状況を自覚した為である。


「急に魔法をかけて、すまなかった」

「……いいのよ。むしろ助かったわ」


 一回だけ拳で自分の頭を殴り、ミュートは立ち直った。


「アンさんたちと、アリスおね――アリスさんたちのところにいってくるわ。なにか言付けはある?」

「まだ少し混乱しているようだな。まもなくそのアンたちが出てくるぞ」

「あ、そうだったわ……ごめん」


 準決勝第二試合の開始まで、あとわずかだ。

 いまから潜入を始めても、もう間に合わない。


「前回のアレが第一段階だとしたら、今回は――」


 より派手になるのか、あるいは……。


「第一段階で地獄を表現していたっていうのが気になるのよね。後二段階あるなら、二回底が抜けるってこと?」

「いや、地獄の次は煉獄だ」

「煉獄?」


 ミュートが首をかしげる。

 確かに俺も聖堂の図書館で資料に触れるまでは知らなかった概念だから、仕方あるまい。


「アンたちの教義では、死後の世界はその罪を贖う地獄、贖った後天国に行くための修行を行う煉獄、そして永遠の安らぎを得る天国がある――というものになっているらしい」

「どんなことをしても最後には天国にいけるってことか……優しい教義なのね」

「そうかもしれないな」


 ただし、罪を贖う時間と天国に行くための修行する時間が、明確に書かれていない。

 それはつまり途方もない時間をさまよう可能性があることを示していた。

 俺だったら、たぶん地獄に数万年はいることになるのではあるまいか。


「そういえば、こちらでは死後の世界の研究などはしているのか?」

「そういう宗教っぽいことはあんまり。アイアンワークスだと、たしか死後の世界に接続する方法とか、通信をとる方法を試行錯誤していたわね」

「ほう……」


 それはそれで、建設的である。


「なんでもね、死霊魔法(ネクロマンス)っていう、禁じられた魔法が――」

『おまたせしましたにゃー!』


 ミュートがなにか気になる魔法を口にしたところで、ハルモニアの生徒会長が高らかに叫んだ。


『これより準決勝第二試合をはじめるにゃ! まずは前回異形のメイクで度肝を抜いた『聖女帰還組(シンデレラリターンズ)』!』


 アンたちの機動甲冑が床下より現れる。

 同時に空中に投影された表示板に、操縦室の中が――。


 客席が、ざわついた。

 前回の――そしてアリスのときのような――『!?』ではない。

 戸惑いのざわめきである。


「なにあれ、戦闘服――?」


 少し古風であるが、黒い詰め襟の上着に同じく黒のズボン。

 そして肩にはケープを羽織っており、腰には長剣を佩いている。

 それは、俺が魔王に就任するより遙か前の魔王軍の軍装によく似ていた。


お化粧(メイク)が、変わっているわね……」


 ミュートが唸る。

 そう、前の狂気を感じさせる白塗りの上に縦横無尽に走った黒い線の化粧ではない。

 白塗りはだいぶ薄くなっており、地の肌の色がわかるようになっている。

 そして口には紅を引き、目尻にも同じく上向きの紅。

 あれは資料で読んだことがある。


「戦化粧だな。戦死したときに、見苦しくないようにするためのものだ」

「なんでそんな――あ」


 先ほどの俺の説明を思い出したのだろう。ミュートが鋭く息を飲む。


「そう、あれはまさしく『煉獄』の修行者なのだろうよ」


 死後の世界で天国に赴くための修行。

 それを表現しているのだろう。

 死後においてもなお戦うような気迫は、いままでのそれとは別の意味で美しかった。

「また陛下が誤解しておりますが」

「うーん、パーティに回復役は必須って意味だったんだけど、まぁいいか!」

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