第三六八話:アリスの聖少女領域
「ただいま……」
アリスたちの様子を見に行っていたミュートが戻ってきた。
心なしか、疲れている顔をしている。
「どうだった……?」
顔には出さないよう注意しつつ、固唾を飲んで、俺は訊く。
アンの方がその……あれだったので、とても気になっていたのだ。
「そうね――」
ミュートは一瞬、視線を上に向けるとすぐに戻して。
「衣装の製作を頼まれたわ」
「それは……大丈夫なのか?」
アン達の方は化粧も派手であったが、
衣装は囚人服のような質素なものであった。
アリスたちも対抗してそういうものにすることや、一工夫することは考えられたが、ミュートという押さえ役がいれば、それほど突拍子もないことにはなるまい――。
「そのことなんだけど……マリウス、それなりの覚悟しておいてね」
「まて、なにをした」
「――」
「意味ありげに笑うな!?」
それ以上は、ミュートを問い詰められなかった。
『おまたせしましたーっ! これより準決勝、はっじまっるっにゃ~!!』
ついに、アリスたちの試合が始まってしまったからだ。
『ここからはこのカントクの実況に加え、聖女評論家部部長、ダイブツガワ・マージンさんにも参加してもらうにゃ! ダイブツガワ部長、よろしくにゃ!』
『どうも』
いかにもといった感じの生徒が現れた。
体型は真逆だが、その雰囲気はタリオンに似ている。
おそらくは、クゥ・カワミ生徒会長の腹心なのだろう。
『まず登場するのは、演劇部の精鋭『イルミネーション・ミリオンスターズ!』』
『伝統と革新の間をほどよく縫った非常にバランスの良いチームですね。正直優勝候補といっていいでしょう』
相手チームの機動甲冑が、地下から会場へと上がってくる。
表示板を観ると、その操縦席の中で朱、蒼、黄と、きらびやかな衣装を着た三名の少女が愛想良く手をふっていた。
そのまぶしさを感じる雰囲気でわかる。
「これは、かなりの実力者ね……」
そう、ミュートのいうとおりであろう。
まともにやりあえば、アリスたちでも相当苦戦しそうではあった。
もっとも、それこそが牛歩戦術の肝なのでありがたいといえばありがたいのではあるが……。
『そして対戦相手は、色々と奇抜だけど正統派な『アリク・リリオ』!』
『私が一番期待しているチームです。がんばってほしいですね』
アリスたちの機動甲冑も、地下から会場へとあがってくる。
そして操縦席の様子が――!?
『!?』
『!?』
!?
アンたちのアレに続いて、会場の空気があっけにとられた。
「なんだ、あれは……!」
「いや、アタシは衣装は知っているけど、あの化粧と髪型はみてないのよ……!」
意匠だけでいえば、高級人形が着ているような格好である。
首にはチョークを巻いており、
開いた胸元以外は肩から胸にかけてフリルに覆われ、
胴体はコルセットでしっかりと締められている。
そしてスカートは内部から広がるように工夫してあるのだろう。まるで開いた傘のように優雅に広がっていた。
ただ、その丈は人形のように長くはない。
先ほどの『イルミネーション・ミリオンスターズ』のように短く、膝から上、太ももが少しだけ見えていた。
ただし、その脚はタイツによってしっかりと覆われている。
そして編み上げの古風なブーツを履いていた。
問題は、その色である。
多くの高級人形が白を基調としたものが多いのに対し、アリスたちが身に纏っているのは、漆黒であった。
フリルに銀の差し色をしているのが、実に上品である。
そして、その化粧。
アンたちのように真っ白ではないが白を少し強めに顔全体に施してある。
アリスもクリスも元々陶器のようなきめ細かい肌をしていたが、それがより際だって見える化粧であった。
そして、それ以上に目を引くのが、口紅。
よく使われる紅ではない。
漆黒である。
そしてその顔を包む花束のように、全員が黒いヘッドドレスを被っていた。
その色の組み合わせは、はじめてみるものである。
『こ、これは……』
『知っているのかにゃ、ダイブツガワ部長!』
実況席から、緊迫した声が漏れる。
『いえ、私も初めてみるスタイルです。古典であるような、少女趣味であるような……あえていうなら、そう! ゴシック・ロリータ!』
『ゴシック・ロリータ!?』
『ここからどんな歌が飛び出すのか、想像もできません』
にこやかに手を振っていた相手チームと違い、アリスたちはただ目を瞑って、佇んでる。
まるでそれは、自身が人形であるかのようであった。
『そ、それではなにが飛び出すかわからなくなった準決勝第一試合、はじめ!』
『イルミネーション・ミリオンスターズ』が戸惑いながらも歌い始めた。
一度歌い始めるとそこは準決勝まで進んだ強豪である。
彼女達の機動甲冑は、なめらかな動きでアリスたちの機動甲冑に殺到する。
次の瞬間、アリスが目を見開いた。
そして観客席を見下ろすように一猊すると、
「最終魔王は帰還された。控えよ」
ものすごく冷たい口調の、一喝であった。
「~~~っ! ~~~ッ!」
隣に座っているミュートが悶絶している。
どうやら、彼女の心の琴線に触れたらしい。
高らかにアリスが歌い始める。
その曲調は、聖女アンに勝るとも劣らない、正統派の楽曲であった。
だが、歌詞がなんというか……。
女王様である。
童話に出てくる、悪の女王様であった。
跪いて、靴先を舐めよとか、脚に伝う花の蜜を、手で拭って舐め取れとか、普段のアリスからは想像もできない過激な歌詞であった。
「~~~かっ! ~~~くぁッ!」
隣に座っているミュートが悶絶している。
どうやら、彼女の心の琴線にさらに触れてしまったらしい。
『う、浮いたぁ!? 機動甲冑が浮いたにゃあ!?』
『おそらく変換された魔力が有り余ったのでしょう。これ、技術部のアラーキィ部長を呼んだ方がいいのでは?』
浮遊に動揺せず、相手側の機動甲冑が攻撃を仕掛けた。
クリスが踊り、それに併せて機動甲冑が回避する。
その様式は、完全に古典的ダンスであったが、その速度は目にもとまらないくらい、速い!
そして、ミズミカドの生徒会長が、アリスに主君に対する騎士のように跪く。
それがポーズと認識したのだろう。
アリスたちの機動甲冑は相手側の攻撃を両手で受け止めると、こともあろうにその勢いを利用しながら投げ飛ばしたのであった。
『ちょ!? 操縦席は?』
『どんな姿勢でも水平を保つようになっているので無事です。ですが……』
頭から落ちたのである。
その重量と勢いで機動甲冑の頭部は、完全に損壊していた。
『そこまで! 勝者『アリク・リリオ』!』
会場が、賞賛の声で沸いた。
心なしか、黄色い声が増えたような気がする。
その様子を見下ろして、アリスは片手で顔を隠すと――。
「煩わしい、試練だったわね」
黄色い歓声が、更に増大した。
「あ……アリスお姉様ぁ!」
そしてミュートがついに壊れた。
どうやら心の琴線をかき鳴らされすぎたらしい。
「ねぇ。なんでマリウスくん人形に詳しいの」
「あー、陛下が諸魔族から婚姻を申し込まれたとき、ことごとく断っていたらですな、『アイツ人形マニアなんじゃねーの?』って噂が流れましてな」
「それに便乗するために勉強したってこと? なんかマリウスくんらしいわね……!」
「ついでにいくつか貢ぎ物でいただいたこともありましたな。特にななつの――」
「ヘイタリオンくん、ストップ!」
「(陛下がゴシック好きなのはあの世にもっていきますぞ……! もうあの世ですが)」
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