第三五九話:聖女だらけの大運動会
『会場のみんなー! おまたせしましたにゃあああ!』
できれば、待ちたくなかったし、さらにいえば関わりたくなかった。
聖女大運動会・会場。
ひっくり返した四角錐という訳のわからない構造をしていたそれは、中に入ってみると中央に巨大な舞台があり、その周囲を取り囲むように階段状の観客席があるという、わりと合理的な形をしていた。
ただし、入ってきたのは下からではない。
海面下を含めかなりの容積があるとおぼしき空間は通路になっておらず、別途専用の船が橋を渡して上から入場するという仕組みになっており、床下は例の機材という名の機動甲冑の格納庫があると検算しても、相当広い空間があるはずであった。
――そう、轟竜くらいであれば楽に収容できそうな空間が。
『今回初開催の聖女大運動会、なんと十六の学園が参加してくれたにゃ!』
聞くだに恐ろしい話だが、アリスたち、アンたちを除いて十四もの学園から応募があったと思わなかった。
『いやー、十四校しか集まらなかったときは勝ち抜き戦どうしようかと思ったけど、直前で二校も追加になってくれてほんっとに助かったにゃあ!』
まさかと思うが、そのためにミズミカドの生徒会長やアリス、クリスをさらったのではあるまいな。
そんな邪念が頭をよぎる。
『優勝者には、絶対に欲しくなる景品を用意したにゃ! 耳掃除してよく聞くにゃ!』
そういえば、ハルモニアの連中はそういって他校からの参加者を集めているらしかった。昔なら領土や城が相場であったが、現在であれば大型の船あたりであろうか。
『なんと! 何でも願いの叶う、運命収束偏向器!』
……は?
「可能なの?」
隣で聞いていたドゥエが、そんな質問をした。
「一万年前の話であれば、不可能だ」
「いまだって、不可能のはずです……!」
ユーリエが即座に否定する。
「魔法の禁忌はみっつ。それは生命の創造・無からの物質の創出・そして時間への干渉です……」
ユーリエの指摘するとおり、魔法にはみっつの禁忌がある。
どれも実現不可能な上、実行すると多大な被害が懸念されるため禁忌とされているものだ。
まずは生命の創造。
魔法で擬似的な生命や、俺が造ったマリスや紅雷号四姉妹のように機械の自律中枢は問題がないが、独立したひとつの生命となると、途端に危険度が跳ね上がる。
俺が封印される前よりもさらに昔のこと、とある魔族の一派がこの禁忌に触れた。
記録によれば、まずは微生物を参考に、より効率の良い繁殖能力を持つものを創造しようとしたそうであるが――。
結果として、彼らの研究施設が丸々ひとつの肉塊となった。
もちろん中にいた要員は全滅である。
以降、生命の創造は禁忌となり、この記録は抹消させる直前、二度と惨劇が起きないよう逆に厳重に記録されることになる。
次は物質の創出。
俺が何度も服を魔力で編んでいるのはこの禁忌に触れないためである。
火や風、水、氷、そして雷や光線など、まるで手のひらから飛び出させているようにみえるが、それは自然の力と魔力を同時に借りているからに過ぎない。
もしも虚空から物質を取り出そうとするとどうなるか。
これも事故記録がある。
その内容は、ごく小規模の太陽の出現。
なんらかの物質を創出しようとした次の瞬間、街ひとつが吹き飛ぶほどの熱と衝撃波が発生し、被害は最初の禁忌を大きく超えることとなった。
後でわかったことだが、物質を虚空から創出するには途方もない魔力が必要であり、それがなんらかの理由で太陽の中心部と同じ反応を引き起こしてしまったらしい。
以来、物質の創出は禁忌と指定された。
タリオンなどは、
「これを敵地で意図的にやれば大量破壊兵器となりますな」
と、危険な発言をしていたが、しっかりと俺が止めている。
一体どれだけの物質創出でそんなことが起きたのか、定かでないためだ。
そして最後の時間への干渉。
これは一度俺も前の陛下を喪った時に検討した禁忌である。
だが、それについてはタリオンが止めた。
事故現場が、今も残っているというのだ。
案内されたのは、とある山の奥深くに隠された、厳重に封印された洞窟。
そこで俺がみたものは洞窟の壁や天井を丸く削り取っている、深い闇であった。
周辺には、あらかじめタリオンが手配した松明が掲げられ、それなりに広い洞窟内部をあまねく照らしている。
しかし、そこに鎮座する闇には光が届いていない。
タリオンが、もっていた松明を投げる。
するとその松明はぐにゃりと引き延ばされ、まるでパン生地のようにゆっくりと伸びていき――渦に吸い込まれる木の葉のように円を描いて光の粒になった。
それでようやく、その闇が回転していること、そして近づきすぎると吸い込まれることが理解できた。
「末路はこれですぞ。やめなされ」
いつになく厳しい口調でタリオンは止めた。
曰く、周辺の空気も徐々に吸い込んでいることが発覚したので近いうちに真空密閉する予定なのだという。
おかげで、その洞窟は今海の底に沈んでも、海水を吸い込み続けるという事態は防げている。
もしそうなっていたら、俺が封印から解かれる前に世界は終わっていただろう。
だから、時間を、運命を操作することはできない。
媚薬を惚れ薬と称して売りつけるのならちょっとした悪戯程度で済むが、仮に時間に干渉する機器を造る、使うというのなら絶対に阻止しなくてはならなかった。
『あ、でも運命収束偏向器は、決勝が終わり、最後のライブが終わるまで動かせないにゃ。だから、みんな期待しているにゃ!』
なるほど、つまりはこの勝ち抜き戦を通して、魔力を収集しようというのだろう。
なにせ、魔法が使えない人間でも動くというわけのわからない魔力機関だ。
それを応用すれば、そういうこともできるだろう。
「マリウス卿」
いつになく固い表情のユーリエに、俺は頷く。
「わかっている、ユーリエ卿。これは、絶対に阻止せねばならんな」
でなければ、あの闇がこの海に出現しかねなかった。
「あのジャリども……禁忌を犯していたらあの世から参戦いたしますぞ」
「うわ、タリオンくんがマジギレしてる……!」
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