第三十五話:ヤマアラシのジレンマ
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。二百三十六歳。
【一度言ってみたい台詞】
「知っているか? 魔王からは逃げられない……これだな!」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。十四歳。
【一度言ってみたい台詞】
「あ、あなたのことが……好きです——いまのなし! いまのなしで!」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。年齢不詳。
【一度言ってみたい台詞】
『やめときな……オイラに触るとやけどするぜ……かーっいいよなこれ!』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。十八歳。
【一度言ってみたい台詞】
「OK、誰に喧嘩売ったのか教えてあげるわ!」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。十六歳。
【一度言ってみたい台詞】
「禁則事項よ」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。十二歳。
【一度言ってみたい台詞】
「私に良い考えがある!——やはり司令官たるもの、一度は言ってみたいですね!」
「訓練用の水着を開発してみた?」
護衛艦隊の司令官室にてクリスは、読んでいた書類から顔を上げてそういった。
「興味深いです。見せてもらえますか?」
「アリス」
「は、はい……」
上にシャツ一枚を羽織ったアリスが、ゆっくりと脱ぐ。
中に開発した水着を着ているのはわかっているのだが、思わず視線をそらしてしまうのは何故だろうか。
「ど、どうでしょう?」
「これは……いいですね」
前に合同で訓練を行った際、現状の水着では食い込んでしまう——どこがとは、敢えて言わない——という問題があることがわかっていた。
なので、俺はそれを解決する水着を開発してみたのだ。
まず見た目だが、つなぎのように——封印される前のとある都市がつかっていたレオタードと呼ばれる服のように——一体化したものではなく、上下に分かれている。
これで、着替えが格段に楽になったはずだ。
下の部分は膝の上までしっかりと覆っている。
これにより、問題の食い込みを根本的に起きないようにしてみせたのだ。
「軽く、体操してもらえますか」
「は、はい」
クリスに促されて、アリスが体を軽く動かす。
「足をあげてみてください」
「こうですか?」
「もう少し高くお願いします」
「は、はい……」
アリスがさらに脚を上げる。
驚いたことに、それはほぼ垂直だった。
「アリス、貴様身体が柔らかいな」
「え、ええ。マリウスさんの秘書官になるまで、本当に色んなことをやってきましたから」
たしかバレエ……だったか。
そういう名前の異国の舞踊もこなせそうだった。
「そのままでお願いします」
そんなアリスに対し、クリスは立ち上がると色々な角度でアリスを眺め——
最後に、アリスの尻を撫でた。
「ひゃあっ!?」
当然ながら、声を上げるアリス。
「あ、すいません……驚かせるつもりはなかったんです」
慌てて謝るクリス。
「ただその——」
「……察するに、生地が必要以上に薄くなっていないか確かめたんだな」
「はい。薄くなりすぎてはそこだけが痛みやすくなりますし、万一透けたりしたら大変ですから」
「なるほどな」
破れたりしないよう考慮はしていたが、透けないことには失念していた。結果として、透けていないので大丈夫であったが……次回以降は気をつけようと思う。
「もう脚を下ろして大丈夫ですよ、アリスさん」
「うう……いきなり触られてびっくりしました……」
「ほ、本当に、ごめんなさい」
自分のしたことの意味を悟ったのだろう、クリスの顔が赤くなる。
「ところでこれ、私の分もありますか?」
「ああ、寸法をちゃんと測っていないから少しきついか、ゆるいかもしれないが」
「構いません。成長期ですからすぐに新しいものが必要になります。そう、成長期ですから!」
そこをしっかりと強調するクリスだった。
「ほら、これだ」
「ありがとうございます。では早速——」
クリスが司令官の制服をいきなり脱いだ。
思わず目を手で覆って隠そうとしたが、よく見るとクリスは制服の下に、いつも着ている紺色の水着を着込んでいた。
そして、クリスは躊躇せず水着の肩部分をずり落ろし——。
「クリスちゃん、その場で着替えちゃ駄目です!」
「あっ!」
その時には、俺は電撃的な速さで後ろを向いていた。
■ ■ ■
「ふぅ……」
「うまくいきましたね」
「あぁ」
うまくいったと言えば、うまくいったのだろう。
「まぁ、弱点も露呈したわけだが……」
「え。ありましたっけ?」
「……いや、技術的な話だ」
実際には違う。
訓練用の水着を着ているアリスとクリスを見ていて気付いたのだが、太腿まで覆う形の水着だと、尻——いや、腰の形状がはっきりとわかってしまうのだ。
今回はクリスの好みに合わせて紺色にしたからまだ良かったが、色によっては何も着ていないように見えてしまうかもしれない。
対策としては、やはり布地の間に緩衝材を設けて本来の身体の線を見えないようにするしかないのであるが、それはそれで無駄ではあり——要するに、難題であった。
——とりあえず、それはさておく。
俺の胸中はともかく、クリスは採用を宣言したからだ。
改良は、あとで依頼が来てからでもいいだろう。
「ああ、そうだ。少し、寄りたいところがあるんだが、いいか?」
「はい、いつもの場所ですよね?」
「……正解だ」
——お見通しだったか。
内心苦笑しながらも、中枢船の中心部分に向かう。
中枢船の中心部分はすり鉢状になっており、その中央部分から海の下が覗けるようになっていた。
そして、そこから海の底を眺めると、そこには街が広がっているのだ。
アリスとふたり、その街を静かに眺める。
「結局この街は、マリウスさんの知っている街だったんですか?」
「結論から言うと、否だ。確認したが、俺の支配下ではなかった」
「そうなんですか……」
一度雷光号の探査能力を生かして場所の確認をしたことがある。
その際わかったことなのだが、この船団がいる場所、すなわち海の下の街の座標は、俺が支配していた領域より、少し南にずれていた。
もっとも、陸地は長い時間をかけて動くという話であるから、もしかすると元々は俺の領土内にある街であったかもしれないが。
そのことをアリスに伝えると、彼女は少し声の調子を上げて、
「じゃあ、マリウスさんの街である可能性も残っているんですね」
「残っているといえば残っているが……そういうところは楽観的だな、アリス」
「はい。だって、その方が気が楽になりますから」
「——確かにな」
クリスの許可が降りればだが、一度しっかりと潜水調査をしてみる必要があるだろう。
「それよりわたし、気になることがあるんですけど」
「どうした?」
お互い海の下の街を眺めながら、言葉を続ける。
「マリウスさん、本当に三十六歳なんですか?」
「……どうしてそう思う」
「前にわたしの年齢を確かめた時、二百三十六歳って言いかけましたよね。そしてそのあと三十六歳って言いなおしました」
「……そうだな」
「実は、本当に二百三十六歳なんじゃないかなって、思うんですけど」
「……その通りだ。伝える機会がなかったな、そういえば」
魔族は長命だ。それゆえ——そして魔法が使えるという利点も相まって——人間の嫉妬を受けたこともある。
「だとすると、わたし……マリウスさんの旅に最後までついていけないのかも——」
「そんなことはない」
俺は断言する。
「俺は絶対に、貴様と一緒にこの旅を終わらせる。それだけは、絶対にだ」
たとえ、どんなことがあろうとも。
「マリウスさん——」
「覚えておけ。魔族の約束は、よほどのことがない限り必ず果たされるぞ」
「わかりました。でもわたし、念のためちょっと調べ物をしようと思います」
「何のだ?」
「人間の寿命を延ばして、マリウスさんとできるだけ長く一緒にいる方法です」
「それは……」
実は、過去にいくつか例があるのを俺は知っている。
だが、そのどれもが悲劇的な結末を迎えていたはずだ。
けれども——。
「わかった。だが、それに関して俺は何もしない。本来の摂理から離れるからだ。——いいな?」
「はい、もちろんです。いつまでもマリウスさんにおんぶに抱っこというわけにも行きませんから」
「そうか……そうだな」
アリスはたどり着けることができるだろうか。
かつて先人が辿り着いた、秘法にして邪法に。
たどりついて欲しくもあり、たどりつかないで欲しくもある。
俺の胸中は、我ながら複雑だった。
■本日のNGシーン
「軽く、体操してもらえますか」
「は、はい」
クリスに促されて、アリスが体を軽く動かす。
「かーたをほぐしてアキレスのばして、モ○ガー、○ンガー」
「一体どこでそれを憶えた!?」




