第三四六話:魔王最大の失策
優秀な魔王であろうとしたが、それでも両手の指では余るほどの失策を犯している俺である。
その最たる例が、勇者に対する一連の対応であろう。
当時の俺は人間を憎んでいたものの、いくらか侮っていた。
なぜなら圧倒的魔力を背景に、いくつもの国を、城を、人を灼いてきていたからだ。
だから魔王軍の偵察隊がたったひとりの勇者に壊滅したとき、俺はそれの対応を誤った。
戦闘が本分でない偵察隊に、再度偵察を命じ、さらには可能であれば撃破しろと命令を下してしまったのだ。
こうして、次の偵察隊も壊滅し、さすがにおかしいと一個小隊、一個中隊、一個大隊と暫時投入してようやく、それが魔族でも規格外の存在であると認識したときには既に、俺は一軍団を喪っていた。
最悪の対応である。
後は知っての通りだ。
ようやく俺自身が出陣したものの負傷して撤退、回復中の間に主力軍総出で出撃し壊滅、そして全軍をあげての最終決戦で――俺はすべてを喪った。
ゆえに、俺自身最大の失策を挙げるとすると、それはやはり勇者周りの件となるわけだ。
ただしアリスとクリスにいわせるとそれは最大の失策ではないのだという。
「だって、一万年の封印がなかったら、わたしたちとマリウスさんは出会えませんでしたから」
そういわれると、なにも返せなくなる俺であった。
――さて、話を元に戻そう。
「なんのつもりだ?」
微動だにしないまま、俺は背後の影から出てきた女に尋ねた。
「動かないままでいてください。それだけでいいんです。あとは、あのかたがなんとかしてくれますから……」
「あのかたとは?」
「魔力の放出もしないでください。無駄ですし……」
実際、そうだった。
全身に紫電をまとわせて背後の女にも効果が及ぶようにしたのだが、それはすべて鎌の刃に吸収されてしまったのだ。
三日月のような漆黒の刃は、まるで影のようである。
まさに、影から出てきた女にふさわしい武器であった。
「もちろん、周りの皆さんも動かないで欲しいんですけど――あ、ちょ、そこの金髪の人間さん! 鎌をつかもうとしちゃだめ! モーリー以外が触ると存在を吸収されますよ!?」
「アリス、気持ちは嬉しいがソレのいうことに従ってくれ。――クリスもだ」
俺の安全は自分でなんとかすると判断して動いてくれたのはありがたいが、アリス自身が傷ついてしまったら元も子もない。
アリスに続いて、クリスも渋々と拳銃を銃嚢にしまったが、万一発砲していたら、俺はともかく他の皆の安全が保証できなかった。
「モーリーとは? 貴様の名か?」
「あ、はい。……自己紹介がまだでしたね。聖域探索学園ハルモニア、スカウト部のモーリー・メメントです。こんな状況ですが、よろしく……」
「斥候?」
「ああ、そっちではないんですが……面倒くさいので説明はのちほど……それに、いま来ましたので」
同時に、甲高い轟音が頭上から響き渡った。
動かないようにいわれているので視線だけを上に向けると、そこには――。
「なんだ、あれは……!」
「生徒会長……ですけど」
どうみても、機動甲冑である。
だが、その形式は新旧雷光号のどちらにも似ていない。
鎧というよりは流線型を取り入れており、背中には四枚の羽を背負っている。
それもステラ紅雷号のように水平ではなく垂直に背負っており、それぞれの羽から莫大な推力を吐き出していた。
ところで頭部にある猫耳のような装飾は、なにかの冗談であろうか。
『にゃーはっはっはぁ! よくやったにゃあモーリー部長!』
「どうも……」
『とうっ!』
そんなかけ声と共に猫耳羽根つき機動甲冑が光に包まれ――次の瞬間には、魔族の女が姿を現していた。
驚くべきことに、いまの機動甲冑はアイアンワークスの水竜や空竜のように、魔力で仮想化されているらしい。
おそるべき技術力である。
「聖域探索学園ハルモニア、生徒会長にしてカントク! そして偉大なる半神猛虎にゃんの団長、クゥ・カワミにゃあ!」
「…………」
一度に聞きたくない単語をいくつも聞いてしまって、俺はとっさに返事ができなかった。
カントク?
半神猛虎にゃん?
そして聖域探索だと……!?
まさかと思うが……。
「そのまえに、その格好はなんだ……」
「よく聞いてくれたにゃ! この格好はもちろん、戦闘服にゃあ!」
一万年前の魔族でも、人間でもみなかったフリフリのスカート。
袖のないキラキラの生地で作られた肋骨服。
そして羽を模したようなマント。
とどめに頭には猫耳を模したカチューシャを装着している。
目にも脳にも痛い格好であった。
だが、察するにこの服が機動甲冑に変化、あるいはその逆の可能性があった。
あまりにも頭の悪い設計だが、その技術力は侮れない。
「……カワミ生徒会長、よもやあなたが、わたくし達のお姉様を?」
「クゥで結構にゃ。その通り! そちらの理桜リオ生徒会長はこちらで身柄を預かっているにゃ!」
ヒナゲシの問いに、クゥは無駄に大きく胸を張って答える。
「どうして、そのような暴挙を!」
「聖女力が高かったからにゃ」
「はい?」
「聖女力が高かったからにゃ!」
見た目もそうだが、言動も頭が痛くなる女であった。
年格好でいればユーリエと変わらないはずだが、もっと、こう、なんとかならなかったのか。
「そんなわけのわからない理由で、この水師陰陽学園ミズミカドの中枢を襲撃したと仰るんですの!?」
「そのとおりにゃ! あと訳のわからない理由ではなくて、崇高な理由にゃ」
「ほう、それは?」
絶句してしまったヒナゲシに代わって、俺が問いかける。
「お告げがあったと、そこのモーリー部長が教えてくれたにゃあ! 聖女大運動会を催行すると、喪われた聖域・コウシエンが現れるんだにゃあ!」
現れない。
コウシエンは今現在北半球の海の下である。
それを指摘したかったが、頭が痛くなって俺は反論できなかった。
もうほぼ確定であるが、コレらは間接的か、認めがたいことに直接的ながらも、あの――。
「そんで各学園から聖女力が高い生徒を拉致していたら、ものすごい聖女力がふたつも接近してくるのを確認したので、モーリー部長を先行させて慌ててとって返してきたわけにゃ!」
「ほう、それは?」
おそらくユーリエとテカテリーナだろう。
あるいはミュートとヒナゲシだろうか。
「そこの人間のふたりにゃ!」
「えっ?」
「はっ?」
俺とクリスがほぼ同時にそう聞き返した。
アリスは怒気を押し殺しているのか、無言である。
「というわけで、そこのふたりを聖域探索学園ハルモニアにご招待にゃ! とうっ!」
クゥが再び機動甲冑に変身した。
そして目にもとまらぬ早さで、それぞれの手でアリスとクリスをつかむ。
「貴様!」
「動かないでください。魔王級の方とお見受けしますが、刃に触れると本当に存在が吸収されますよ……?」
『にゃーはっはっはぁ! それではみなさんごきげんようだにゃあ! できれば聖女大運動会、観に来てにゃ?』
そのみためにふさわしい大推力で、機動甲冑が飛び去る。
「任務完了……ですけど」
モーリーが刃を引いた。
瞬間、俺は光帯剣を引き抜き背後へと斬りかかる。
しかし、手応えはなかった。
既にモーリーは俺の影にその身を沈めはじめていたのだ……。
「おふたりが気になるなら――聖域探索学園、ハルモニアにお越しください……その身柄は、保証されておりますので……」
「貴様――!」
「それでは……失礼します……」
まるで水面に落ちた水滴のように、モーリーの姿がかき消える。
「おのれ……!」
俺の犯した最大の失策が、たったいま更新された。
アリスとクリスが、なすすべもなく攫われたからだ。
「よし、つぶす」
「お供いたしますぞ」
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