第三四四話:魔王、計算する
『ふい〜っ! どうにか切り抜けられたねぇ!』
徐々に速度を増していく雷光号を後方から追いかける形で進むデコトラン−01から、テカテリーナの通信が入った。
『あの四つ足の竜が出てきてから、いつ全面戦争が始まるのかヒヤヒヤしてたわ』
たしかに、その流れに突入する可能性はあった。
だが、アイアンワークス本校の生徒会全員が理性的な対応をしてくれたため、共闘という形をとれたわけだ。
「それでマリウス艦長」
クリスが興味深そうに訊く。
「どうせやっていると思うので聞きますが、麒竜の構造は解析できたんですか?」
「いや、解析できなかった」
「珍しいですね。マリウス艦長ができないというのは」
「解析防止ではなく、欺瞞の魔法がかけられていたんだ。あの手のものは、読み解くのに時間がかかる」
「なるほど。秘密の書類に鍵をかけたのではなく、本文を暗号化してあったんですね」
「いいたとえだな。まさにそれだ」
鍵——つまり、解析防止の魔法であれば、より強い魔力をぶつければあっさり解読できる。
だが、暗号化——欺瞞の魔法をかけていれば、それを読み解くのにはある程度時間がかかる。
その隙に事を終わらせてしまえば、読み解かれることはないというわけだ。
実に考え抜かれている対策であった。
「それじゃ、麒竜が超高速移動できるのは空間を捻じ曲げているからっていうのが、わかっただけなのね」
「いや、そこからいくつかの結論はみちびかれるはずだ」
ミュートに返事をしながら、俺は普段海図を書く机の上にまっさらな紙を起き、ペンを走らせ始める。
「どういうこと?」
「解析させないなら、計算するまでだという話だ」
「……は?」
「計算するまでだ」
「いや、ちゃんと聞いていたわよ。アタシが聞きたいのは、それが可能なのかってこと!」
「可能だが?」
ミュートが頭の上で疑問をいくつも浮かべているような顔になった。
となりのヒナゲシはすでに理解の範疇外なのか、小さく口をあけて固まっている。
「マリウスさん、何かお手伝いできることがありますか?」
「私もです」
「ではアリスはこちらの式を解いてくれ。クリスは出力比の割り出しを頼む」
「了解です」
「ちょ、ちょっとまって! まちなさい!」
ミュートが慌てた様子で叫ぶ。
「魔法を計算して解くことって、できるの?」
「できるぞ」
「マリウスはともかく、アリスとクリスは人間でしょ。魔力がないのにどうやって!?」
「そんなの簡単ですよ」
クリスがなんでもないようにいう。
「マリウス艦長が魔法を私でも解ける計算式に変換してくれたんです。そうしてくれれば、解くのは簡単ですよ」
「解くのは簡単って、たとえ読み解けるように翻訳したとしても、そう簡単にはいかないはずじゃないの?」
「私たち人間は、海を往くときは計算に計算を重ねていくんです。太陽の高さ、風の向き、強さ、潮の流れ、気温、湿度……夜になれば星の位置、日付、時間……計算する要素が多ければ多いほど、そして計算して導き出せる答えが多ければ多いほど、私たち人間は安全に海を渡ることができるんです。ちなみにアリスさんは、もっとすごいですよ」
「えっ」
「すごいって……魔法の基本的な式を教えてもらっただけですよ」
「十分すごいと思いますよ。私たちが使えないものを理解するというのは、ある意味未知の言語を覚えるのに等しいです」
「仮に人間が魔法をつかえるようになったら、それはまちがいなくアリスの功績ね……」
「そんなことないですよ」
いや。
計算を続けながら俺は胸中でため息をつく。
今のミュートのたとえは案外的を射ていると思う。
「ごめんなさい、ちょっと認識を改めるわ……」
「ありがとうございます。そういっていただけると嬉しいです」
意図しないところで、人間と魔族の間で相互理解がはじまっていた。
俺としては、嬉しいところである。
「マリウスさん、前段の入力から中間の値が出ました。1、9、3です」
「極端に数値が振れたな。ではこっちの計算式を頼む。クリスの方はどうだ?」
「推力比1.14とかいう信じ難い数字がでたんですけど、大丈夫ですかこれ」
「翼がなくても飛べるな、それは……」
実際、麒竜は空中に立っていた。
あの光景から考えるに、クリスの導き出した答えはあっているということになる。
「アリス」
「でました。答えは42です」
「よし、ではそれを映像で映し出してみよう」
雷光号の表示板に、俺が脳裏で描き出した図を表示させる。
まずは麒竜の大まかな影絵を描き出す。
そこに、魔力機関の大きさを光るように表示させると……。
「なにこれ。胴体部分がほぼ魔力機関じゃない……」
ミュートがそう呟いた。
「燃費を考えたらとんでもなく効率が悪いですね、これ」
クリスがそんな感想を漏らす。
「ええとつまり……私の轟竜が両足に直列した魔力機関を並列させているように、麒竜は……」
「ああ、そうだ」
ユーリエの呟きに、アリスとクリス、そして俺自身が導き出した計算結果に目を落としながら、俺は答える。
「単基で雷光号を凌ぐ魔力炉を直列で六基。その溢れ出す出力で空間を捻じ曲げて超加速を実現しているんだ……」
おそろしく、燃費の悪い話である。
おそらく一般的な魔族であれば、1秒も動かせられないにちがいない。
「とんでもないな、麒竜は」
まるで、それ自身が巨大な魔力炉である。
——!?
今浮かび上がった感想を反芻し、俺は全身から冷や汗を噴き出した。
なんともいえない予感が、身を震わせたのだ。
その予感が実感へと代わったのは、少しのちのことである。
「マリウスくん、わたしんところに来た時から計算得意だったもんね」
「懐かしいものですな。臣といっしょに、前の陛下のスリーサイズを目測で測ったものです」
「おう。いまなんていった?」
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