第三四一話:遭遇、アイアンワークス本校
「なんなんですか、このわっか」
テカテリーナからそれを渡されて、クリスは困惑していた。
無理も無い。
それは武器としては小さすぎ、装身具としては大きすぎた。
ぱっと見では、舵輪の外周部分に、みえなくもない。
ちなみに魔力で走査してみた限りではそれ単体に魔力はなく、材質は樹脂製であるらしい。
「これはね、鍛錬初心者向けにアタシが考えた、筋肉リング!」
「きんにくりんぐ……」
クリスがその輪を繁々とみつめる。
おそらく、使い方が想像できなくて困っているのだろう。
実際、舞踊の練習用に輪の形をした器具を使うと聞いたことがあるが、それは回すものであり筋肉を使う用途にはなかったはずだ。
「両手でちょっと押し込んでみて。ギュッって!」
「押し込む……ですか? む、硬いようにみえて柔らかい……?」
「そのまま押し込み続けてごらん? 意外ときついから」
「いや、押し込むはたやすかったんですから、その維持くらいどうってことは……む……むむ……ふぎぎぎぎ……!」
クリスの顔がたちまち真っ赤になった。
どうやら樹脂製のそれは板バネのように硬めの弾力があるらしい。
「ね、意外とむずかしいでしょ」
「そうですね……腕の筋肉……特に上腕のそれがよく動いているのがわかります」
「だから、最初は小刻みに、少しずつ慣れてきたらゆっくり押し込むようにするの。するとだんだん筋肉がついてくるってわけ」
「なるほど……!」
「しかも腕だけじゃなくて、脚でも鍛えられるよ! 膝とか、太ももとか、鍛えたい筋肉で挟んで押し込むだけ……」
「す……すごいですテカテリーナさん! このリング、大人気商品なんじゃないですか!?」
そこで、テカテリーナの表情が急に緩んだ。
「ぜんっぜん売れないんだよね……みんなムキムキになりたくないのかな……」
乙女心としてはそうなのではないかと思ったが、アリスが『それ以上はいけません』と目で訴えかけていたので俺は自重した。
「大丈夫ですよ、テカテリーナさん。販路だったら私に心当たりがあります」
「ほんと!?」
「はい。図書館塔を出発するときに留守番役に北天からエミルさんという方がきていらっしゃいましたよね? あのひとの部下の皆さんは、体を鍛えるのが好きなので」
「わかった! それじゃこのリングの販売はクリスちゃんにまかせるよ!」
結果としてクリスの予想は大きく当たることになる。
これより少しあとで、エミル麾下の水雷戦隊に所属する艦隊要員全員がそのリングをこぞって買い求めたからだ。
曰く、
「これでもう自転車のチューブを使う必要がありませんぜ!」
「しかもチューブと違って押し込むことでも鍛えられますぜ!」
「うおおお! 無理に力を加えても引きちぎれませんぜー!」
「しかも勢い余って大胸筋にバチーンとなりませんぜー!」
と絶賛の嵐となったのである。
「あんたたちね……盛り上がっているところ悪いけど」
そこで、呆れ顔のミュートが会話に割り込んできた。
「そろそろアイアンワークス本校の真下を通るわよ。上空の監視、しなくていいの?」
「おっと」
口ではそういっているが、実は観測を怠ってはいない。
それはクリスもテカテリーナも一緒で、クリスはいつのまにか提督席に戻っていたし、テカテリーナは文字通りひと跳びで——大変信じがたいことだが——雷光号の甲板に跳びでると、もうひと跳躍で自分の艦に戻ったのであった。
「ミュート、この位置は……」
「そうよ。気付いたと思うけど、あたしたちに対して最大限の警戒をしている。その証拠に、太陽の中にいるでしょ」
太陽の中にいるというのは、太陽を背にすることで相手の観測を防ぐ古典的かつ合理的な方法だ。
同時にそれは、こういうことができるという技術力、ならびに操艦性能の高さをみせつけるものでもある。
現に、お互い移動しているのにも関わらず、アイアンワークス本校はずっと太陽の中に入ったままだった。
「それにしても、大きいな」
全体的にいうと前後左右に広がった十字型というべきだろうか。
ミュート曰く単艦ではなく複数の艦が有機的に接続した群体艦とでもいうべき構造らしいが、その大きさはこちらでいうところの中枢船や機動要塞と等しい。
太陽を四分割しかねないその巨大な十字は、見るものを圧迫させるなにかを十分にもちあわせていた。
「——マリウスさん! 後方低空より、飛行物体が急速に接近中!」
「敵襲か、それとも示威行動か」
「いえ、これは——アイアンワークス本校に向かっています」
映像で見ると、それは複数の箒を束ねてひとつの巨大な箒に仕立て上げたものにみえた。
それにまたがっているのは三名ほどの生徒であるが、制服というよりも戦闘服に近い。
「あれははぐれ学園ね」
ミュートがすぐにそう断じた。
「はぐれ学園?」
「そう。大きな学園に属していない、独立小勢力。ときどきこうやってちょっかいをかけて、自分たちをみとめさせようとしているのよ」
ミュートがそう言い終わるころに、巨大な箒は垂直上昇に移行する。
「低空を飛んでいたのは感知されないようにするためだろうが、上昇したら意味がないのでは?」
「どうせぶつかる直前で脱出しようとかせこいことかんがえているんでしょ。無駄なのに」
ミュートのいう通りだった。
突如アイアンワークス本校の中心部から、ひとりの生徒が飛び降りたのである。
その顔立ちは、ここからでは遠すぎて判別ができないが——。
「救助は——」
「しなくていい! それより集音に集中しなさい。運が良ければ詠唱が聞こえるわよ!」
「アリス」
「感度を上げます!」
ほどなくして、風切音を省いた上空の声が操縦室内にとどいた。
『星の守り手……四騎の大竜がひとつ、麒竜よ。ここに!』
「——あ」
ユーリエが声を上げる。
それは、彼女が轟竜を召喚する時の呪文とほぼ同じであったからだ。
次の瞬間、太陽にも負けない光が辺りを覆い——。
急上昇していた束ね箒が綺麗に三分割されていた。
それぞれの部品にしがみついた生徒たちが墜落していくが、次の瞬間その姿が掻き消える。
「なんだ、今のは……」
「あそこです! 斜め前方!」
そこに金色の獣が浮かんでいた。
羽も魔力による噴射もなしに、金色に輝く四つ足の獣が宙に浮かんでいる。
馬とは決定的にちがうのに、その背にはひとりの生徒がまたがっており、その背後には縄で縛られた先ほどの生徒たちが転がっていた。
あえていうのなら、物語の竜から、翼をなくした存在といえるだろうか。
「あれが……最速の竜、麒竜」
図書館塔の資料にあった、四大竜のひとつ。
ユーリエの轟竜と並び立つ存在が、そこにあった。
「テカテリーナちゃんが作ったの、もしかしてリングフィ——」
「それ以上はいけませんぞ!」
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