第三三九話:ウィンター・ミュート強化計画
今日の洋上は晴れ。波は穏やかであった。
こういう日は何もしない——というわけではなく、アリスとクリスはユーリエとヒナゲシに魔族の風習を習っているし、ニーゴはテカテリーナと通信機越しに操船技術について意見を交換しあっている。
リブラはまだ全員と顔を合わせたくないということでアリス——が好意で提供してくれた——の部屋でこもっているが、これはまぁ仕方がないだろう。
そして俺とミュートはというと——。
「ふむ……」
上空を、白い軌跡を描いて箒が飛んでいく。
そう、ふたりで飛行試験に行なっているのであった。
『ねぇ』
魔力に通信で、上空のミュートから声が届く。
『なにか的を出せない? ついでにいうとこっちにぶつかってくるようなやつ!』
「ふむ……可能だが、衝突の上墜落というのは無しだぞ」
『誰に向かっていってんのよ! 全部かわしてみせるわ!』
「そういうことなら——」
魔力を使い、海水からミュートと同じ大きさの水球をいくつか作り出す。
そしてそれぞれを別の角度からミュートの軌道に交差——つまり衝突——するように仕込み、一斉に放った。
『来なさい!』
こちらが放った水球は、計六発。
ミュートは一発目をすれ違うように身体を捻って避け、二発目を急上昇して躱す。
そして三発目は突然の急降下と錐揉みで回避、四発目と五発目は左右に連続旋回して躱す。
『どうよ! あたしも結構いけるでしょ!』
「油断するな、あと一発あるぞ!」
どうも四発目と五発目を同時に狙わせたのがまずかったしい。
真正面から六発目が迫るが、回避するには距離も時間も足りない。
『て、てーい!』
俺が手を出す前に、ミュートは炎の魔法でそれを撃墜したのであった。
だがしかし、あれは……。
「しょうがないでしょ! あたしの攻撃魔法はだいたい普通の生徒と変わらないのよ!」
炎の魔法で相殺したとはいえ、爆発四散した水球をもろに浴びてびしょ濡れになったミュートが、先手を打つようにそういってきた。
おそらく、自身も気にしているのだろう。
だが……。
「少々、火力不足だな……」
「いわれなくてもわかるっての!」
指先から風の魔法で髪を乾かしているが、先に真水で洗ったほうがいい。
そうしないと、塩が残ってゴワゴワになるはずだが……。
「とりあえず、風呂に入ってくるといい」
「えっ、あれって真昼間からでも入ることができるの?」
意外なことだが、魔法で真水をいくらでも確保できる南半球でも、風呂は贅沢品であった。
どうも生活する区域が限られているためか、伝統的にシャワーのみというのが普通であるらしい。
そのため、ユーリエやヒナゲシ、そしてテカテリーナまでもが雷光号に設けた風呂を絶賛するという事態が発生した。
機会があれば、図書館塔にも作るべきだろうか……。
「その間に、俺は箒の強化を考えておく」
「悪いけれど、お願い。これじゃ決め手にかけるものね」
「ちなみに、箒の機動力はいまのが限界か?」
「まさか。本気出せばもっといけるわよ。……一発避けきれなかったあとでいうと嘘っぽいけど」
「ということは、箒がもう少し重く、高出力でもいけるか?」
「そうね。やれないこともないわ」
「わかった」
であれば、かねてから設計していたものを組み込もうか……。
「で、なによこれ」
雷光号の甲板でそれを皆に披露すると、風呂上がりのミュートは明らかに警戒した声を上げた。
「っていうか、あたしがお風呂に入っている間になんで箒を改造できるのよ」
「普通ではないか?」
「普通じゃないわよ!」
「普通ではないです」
「普通ではありませんわ!」
ミュートどころか、ユーリエとヒナゲシにもそう言われてしまう。
さいわい、もう慣れたのかアリスとクリスは何も言わなかった。
「まぁ、伝説の魔王ならこれくらい当たり前なんでしょ。で、これなに?」
唯一肯定的な感想をくれたテカテリーナが、箒の真下に懸架した銃身を指差す。
「それはとりあえず機関銃と名付けたものでな。とりあえずミュート、それに跨いで浮上してみてくれ」
「え、いいけど……」
ミュートが言われた通りに箒に跨り、浮上する。
「次にユーリエとテカテリーナは、風の魔法でミュートの箒を固定してくれ。多少の反動は相殺できるくらいに」
「わかりました」
「筋肉!」
「ちょ、ま、なんでよ!?」
当然ながら、ミュートから抗議の声が上がる。
だがもちろん、それは織り込み済みだ。
「本来は推進していることが前提なんだ。今は浮いているだけだから、風の魔法なりなんなりで固定する必要がある」
「……理解したわ。一体何を仕込んだのか、すごく気になるけど」
「よし。では、箒の柄の右側に、銃把と引き金が横向きに生えているだろう」
「あるわね。いつのまに箒本体まで手を入れているのよ……」
「よし、照準は箒の進行方向と同軸だ。まだ照準装置はつけていないが、希望があればどのような形式の——」
「いらないわ。箒の上で精密な射撃はつかわないでしょ。それに進行方向と同軸なら、なくても十分当てられるわよ」
「では、標的を出したら引き金を引いてくれ」
ミュートの前に、先ほどの水球が浮かび上がった。
同時に、ミュートが引き金を引く。
銃声が連続で鳴り響いた。
箒の下に懸架した銃身後部に内蔵した箱型弾倉計二百八十発が、あっという間に空になる。
もちろんその頃には、水球は四散していた。
「……ふむ、ちょっと装弾数が足りなかったか」
「——ねぇ」
「もう少し増やせるが、重量増加は避けられないな……」
「——ちょっと」
「そうだ、重量軽減の魔法を内蔵しておくか。少々整備性が悪くなるが——」
「——話をききなさい!」
ついにミュートが怒った。
「なんなのよこれ!」
「連続発射機関を銃に取り付けた長銃だ。とりあえず、機関銃と名付けた」
動作方法は極めて単純だ。
銃を撃った時の反動と、火薬の噴射を利用して、激鉄を起こし次弾を装填する。
ただし、その機構を組み込むとどうしても銃本体が大きく重たくなり、携行できなくなる。
そこでミュートの箒に組み込んだというわけだ。
「あっそう……極めて単純とかいったけど、これアイアンワークスで現在絶賛開発中のブツよ、これ」
「ほう——それならば、近いうちに向こうも完成させるだろうよ」
「あたしはそう思わないけどね。もう何年も研究されているけどいまだに実現できてないし。っていうかこれ——」
箒から降りてミュートは続ける。
「めっちゃ空戦の形が変わるわよ——ってあつぅ!?」
「銃身に触るからだ……!」
連続発射すると、摩擦熱により銃身が加熱することをすっかり伝え忘れていた、俺であった。
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