第三三八話:暗号文が送れない。
「ではこちらに、受け取りサインをおねがいしまーす」
「筋肉!」
元アイアンワークスの同僚から受け取った貨物を確認し、テカテリーナは納品書にペンを走らせた。
どうもおなじ輸送機構に属してしまえば過去の所属はあまり関係ないらしく、侵略している側の元アイアンワークスの生徒も迎撃する側の元ダンタリオンの生徒も特に軋轢の様子はみられない。
「なるほど、比較的小型の貨物は箒で、中型から大型の貨物は小型の飛行船で運ぶわけか……!」
「そう言うこと! 元アイアンワークスの場合そういうふうに使い分けられるから楽なんだよねー」
去っていく大型飛行船を見送りながら、テカテリーナがそう答える。
「では、元ミズミカドの場合は?」
「元陰陽科がいれば、あのシキとかいう魔法でなんとでもなるんだけど、数が少ないんだよね。だから元水師科の生徒だけの船だとけっこー大変! それを嫌って、このデコトラン−01と同じ、標準船を使う子も多いよ」
「なるほどな……」
確かに旧式の戦列艦、しかも小回りの効かない巨体となると、交易は大変だろう。
「ところでさ、ヒナゲシちゃんって現役の副生徒会長なんだって?」
「ああ。どうもそうらしい」
「それ、ミズミカドに連絡しなくていいの? 最悪筋肉でかいミズミカドの艦隊が、アイアンワークス勢力圏を通り抜けようとして大変なことになっちゃうよ?」
「その問題は、把握している」
こちらとしても、航海を始めた矢先に最終決戦に巻き込まれるのというのは、なんとしても避けたいところである。
「ふぬぬぬぬぬ……!」
雷光号の甲板で、ヒナゲシが大きな弓を引いていた。
俺が封印される前では攻城用に使っていたような弓である。
ただし弦の強さは通常の弓と同じようで、滑車などの補助装置はついていなかった。
おそらくこれも、陰陽術で作成したものなのだろう。
その証拠に弓自身は植物の蔓でできており、上下になにかを書きつけた札が貼り付けられていた。
そしてつがえられているのは——古式ゆかしい、矢文?
「なむはちまんだいぼさつ! ですわー!」
謎の呪文と共に、矢文が放たれる。
途端その矢は光に包まれ、信じがたいことにさらに加速して飛んでいった。
「いまのは、ミズミカドへの連絡か」
「ええ、そうですの! ですが……ああ、また落とされてしまいましたわ……」
どうやら矢文には追跡機能がついていたらしい。
おそらくは俺もやる、使い魔の魔法に似たものなのだろう。
「だめでしたわ……全行程の十分の一も飛ばないうちに、撃墜されてしまいますの」
「原理を聞いてもいいか?」
「簡単ですわ。ミズミカドの勢力圏でないと開封できない暗号化された矢文を陰陽術で飛ばしますの。これがミズミカド旗艦に突き刺されば自動的に内容が再生され、お姉様——生徒会長に届く仕組みですわ」
「なるほど……これまでの矢文には、すべて暗号化を?」
「当然ですわ。でないと飛行中に内容を読まれてしまう可能性が非常に高いんですもの」
「やはりそうか」
「あらマリウスさま、なにかよい対策が?」
「ああ、内容を平文でおくってくれ」
「ひらぶんって……それでは内容が漏れてしまいますわ」
「漏れていいんだ。そうすればアイアンワークスがその矢文の真の重要性に気づいて、落とそうとしなくなる」
「そうですの? ……なら、できるだけ内容を簡略化してやってみますわ」
ヒナゲシが、ふたたび弓を構えた。
俺の予想通り、陰陽術であるらしい。
突然虚空から矢文があらわれ、大きく張った弦につがえられる。
「なむはちまんだいぼさつ! ひくことのはち! ですわー!」
矢文が再び光に包まれ、放物線を描いて飛んでいく。
「どうだ……?」
「追跡中ですわ——全行程一割、一割五分、二割、二割五分——最長の三割に達しましたわ!」
「やはりな」
「どうして読まれたら撃墜されないと思ったんですの?」
「簡単なことだ」
肩をすくめて、俺は答える。
「誰だって、大規模な戦は避けたいからな」
■ ■ ■
『鉄灯部隊より鉄鍋部隊へ! 今飛んでいるミズミカドの矢文は落とすな! 繰り返す! 今飛んでいるミズミカドの矢文は絶対に落とすな!』
『鉄鍋部隊より鉄灯部隊へ! 迎撃装置全機沈黙。ただし撃墜不可の理由を知らせ』
『鉄灯部隊より鉄鍋部隊へ! 矢文の内容は平文! 副会長の無事を知らせるもの為。加えて、現在ミズミカドに向かうとの由!』
『鉄鍋部隊より本校生徒会へ! 鉄鍋、鉄灯双方の通信記録を転送する! 至急追って指示を!』
〜アイアンワークス本校〜
「ええとつまり、所在不明だったミズミカド生徒会副会長、”陰陽頭”御美苗ヒナゲシがよりによってダンタリオン・輸送機構と共に行動し、ミズミカドに向かっていると……?」
副生徒会長の取りまとめに対し、生徒会長の判断は非常に早かった。
「全飛行船・全部隊に通達。輸送機構のデコトラン−01とダンタリオンの潜水艦には手を出すな」
「了解しました。『全飛行船、全部隊に通達。輸送機構のデコトラン−01とダンタリオンの潜水艦には手を出すな』」
重要な会議では遅刻したことのない書記が、真面目な表情で通信機に向かってそう叫ぶ。
『会議中失礼します。こちら鉄鏡部隊。ミズミカド、勢力圏境で超巨大単横陣を構築完了! 前進されると手がつけられません。いかがいたしますか!』
「チッ……。書記、大変申し訳ありませんが、麒竜の——」
「大丈夫じゃよ。副生徒会長。今飛行している矢文が向こうに届けば、それは止まる。それより——」
生徒会室の窓から空をながめ、生徒会長はつぶやくように続ける。
「ミュートちゃん、元気でやっておるかな」
〜ミズミカド本校〜
水師陰陽学園ミズミカド、本校兼旗艦統合司令本部。
「大提督お姉様、今一度ご再考を」
「…………」
「ヒナゲシお姉様の無事が確かめられない以上、艦隊の全戦力をダンタリオンに投入したい気持ちは、水師科としてよくわかります——しかし」
「…………」
「仮に進軍を開始すれば、アイアンワークスにいらぬ刺激を与えるのは必定。全面衝突は避けられません。どうか、大単横陣、ひいては大制圧前進のお取り止めを——」
ミズミカドの生徒会長が立ち上がった。
長い黒髪が、さらりとこぼれる。
その視線の先は、直では見えないはずの旗艦の舳先を向いていた。
「来た——矢文が」
「え?」
「大提督お姉様! 申し上げます!」
水師科の生徒が息せき切って駆け込んできた。
おそらく舳先から全力疾走でここ司令部まで来たのであろう。
「陰陽頭お姉様から矢文が届きました! なぜか平文ですが、無事とのこと!」
「……続けて」
その言葉に、駆け込んだ生徒は目を丸くする。
本来であれば、取次の上級生徒からリレーのように伝達するはずが、直接訊かれたためだ。
「は、はい! 陰陽頭お姉様は、輸送機関及びダンタリオンの船でこちらまでお戻りになるそうです」
「全艦転進。通常位置に復帰せよ」
「はっ! 全艦転進! 通常位置に復帰せよ!」
どこか安心した様子で、水師科の上級生が指示を飛ばす。
□ □ □
「……うん。無事に届きましたわ。早速お姉様——こちらでいう生徒会長に伝えたようです」
「そうか——これで少しは安心できるな」
「と申しますと?」
不思議そうに、首を傾げるヒナゲシ。
どうやら彼女は、この事態を把握しきれていないらしい。
「どうやら大規模な戦は、避けられたということだ」
あとで知った話だが、本当にギリギリのことであったらしい。
そういう意味でヒナゲシは、総力戦を未然に防いだ大功労者であった。
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