第三三六話:彼女がひきこもりたい理由
「いやぁもう、すっかり忘れ去られていると思っていたぜ」
図書館塔の屋上から海を見渡して、船団アリス突撃水雷艦隊司令官、エミル・フラット元帥はそういった。
その傍には、転移の門がゆっくりと閉じようとしている。
そう、拠点を見つけて落ち着いたら、北半球と連絡を取るというついでに、ここの留守居役を呼んだのである。
「いくら待っても連絡が来ないからよ、向こうはこっちのことを忘れるくらい破茶滅茶なとこか、しょっちゅうドンパチしているやべぇとこって結論が出かけていたぞ」
「すまない。色々あって報告が遅れていた」
本当に、色々あったのだが、それをいちから説明するとかなりながくなるので、俺は要点をまとめてエミルに説明する。
「ふぅん。それでマリウスが先生やってんのか」
「先生ではない。顧問だ」
「似たようなもんじゃん」
「そうだが、ここでは顧問だ」
実は顧問にこだわる理由はちゃんとある。
それは、前の陛下が自分が引退したらなりたいという夢を語っていたからだ。
結局その夢は叶えられなかったが、それを俺が形式上だけとはいえ引き継いでしまうのは何か違う気がしてならなかった。
だから、わかりやすい『先生』より『顧問』を選んだのである。
それはアリスにもいっていない、俺のわがままであった。
「まぁいいぜ。大体は了解した。んでも、オレと蒼雷号だけでいいのか」
「あぁ。いま下の階で雷光号と一緒に調整中だがそれが済めば——」
といっている間に、屋上の四隅に設置してある高射砲塔が一斉に稼働し始めた。
砲身をほぼ真上に向けると、同時に回転し始めたのだ。
『お父様。図書館塔の武装の把握と同期、完了いたしました』
「ご苦労だった、サファイア。弾丸の補充は自動で行われ、自分では調整できないからあまり撃ちすぎないようにな」
『ご心配ありがとうございます。ですが、私の本分は狙撃ですので、ご安心ください』
実は初めから、図書館塔に追加した武装は雷光号や紅雷号四姉妹が簡単に操作できるように作成しておいたのである。
転移の門がまだ艦船大のものを移動できるほど大きくすることができないため、その代わりの身体として動かせるようにしておいたのだ。
「なるほどな。これならオレと蒼雷号でどうにかなりそうだわ」
「どうしようもなくなったら、地下に籠城すればいい。地下はちょっとやそっとでは破壊できないし、攻略される前に必ずこちらが追いつけるからな」
「地下何百階あんだよ。あいかわらず魔法はやりたい放題だな!」
もっている蒸気式の銛撃ち機『機撃銛』で肩を叩きつつ、エミルは呆れたような声を上げた。
「んで、あちらさんが今を生きる魔族のみなさんか」
遠巻きにこちらを見つめる、ユーリエ、ヒナゲシ、ミュート、そしてただひとりだけうきうきしたまなざしで機撃銛をみつめるテカテリーナに視線をやりながら、エミル。
「——よかったな。同族が生き残っていて」
「ああ、そうだな」
そういわれたのは、これがはじめてのような気がする。
「さて……ここでの留守居役だけど、当然ながら元帥の肩書きじゃダメだろ?」
「ああ。クリスがマリウス分校の生徒会長で、アリスが副生徒会長だから……エミルには、突撃水雷部の部長をやってもらいたいと思う」
「そんな素っ頓狂な部活があるか」
「あるんだよ……!」
ミュートによれば、アイアンワークスの軍制は部活として機能しているらしい。
つまりエミルの突撃水雷艦隊は、そのまま突撃水雷部となるわけだ。
「おんもしれぇことになってんな」
「俺もそう思う……が、ミズミカドはおおまかに水師科と陰陽科にしかわかれていないし、ダンタリオンにはもともと軍制の概念がほとんどない。だからこのアイアンワークスの制度をそのまま使おうと思ってな」
「番長ねぇの、番長。番長やりたい!」
意外にも子供っぽいエミルであった。
「エミル。番長は肩書きだが、それは法によって定められたものではない」
「そういや、そうらしいな」
校則に番長について述べてある学園があったら、直接見に行きたいものだ。
「だから、表向きは突撃水雷部の部長ということにして、裏で番長を名乗ればいいだろう」
「おっ、いいねぇ……それ!」
そういうことで、図書館塔にはエミルと蒼雷号が残ることとなった。
「……それで?」
生徒会室として機能しているユーリエの私室で、俺はクリスからの報告を待った。
「はい。ユーリエさんが、行きたくないと」
留守居の問題が解決したあとで、新しい問題が勃発したのであった。
「ユーリエ卿——」
「あの……どうしても、行かなくてはなりませんか?」
視線を泳がせて、ユーリエがそんなことを請う。
「ユーリエさんは、この学園では最高責任者ですから」
クリスのいう通りで、俺はあくまで顧問でしかないし、北半球では最大規模の艦隊司令官であったクリスも、ここでは分校の生徒会長でしかない。
「ですがその……耐えられません」
「ユーリエ卿。外の世界が怖いのはわかるが……」
ずっと図書館塔にこもっていたユーリエが、急に外に出るのはたしかに恐怖心を伴うだろう。
だが——。
「いえ。外に出ること自体はとくに怖くありません……」
……あれ?
「本を移動中に読み尽くしてしまうのが怖いのです……!」
「そっちか!」
ある意味より重症だった。
「本のねぇちゃん……オイラの空室まだあるから、そこに詰め込めるだけ本詰め込んでいいぜ?」
「いいんですね、ニーゴさん……本当に、いいんですね?」
「お、おう?」
なんだか、嫌な予感がするのだが……。
『だめぇ……! それ以上もう入らないぃぃ!』
潜水艦雷光号から、情けない声が上がった。
結論から言うと、ユーリエに割り当てられた私室に、本が隙間なく詰め込まれたのである。
「どうやって取り出すんだ」
「司書魔法というものがありまして」
「司書魔法」
「はい。読みたい本を魔法で呼び出すと、自動で組み替えられ、読みたい本が手元に飛んできます。このように……」
ユーリエが部屋の前で杖をかざすと、詰め込まれた多数の本がすごい勢いで組み替えられ、うち一冊がユーリエの手元に飛んでくる。
「そういうわけですので、ご心配なく……」
「いや、そうではなく……生活する空間がまるでないんだが」
ヒナゲシとミュートに部屋を割り振っている以上、これ以上の空き部屋はない。
「艦橋——操縦室でしたか? そちらでお世話になろうかと。もしくはこの手前の廊下でも構いませんが……?」
「ユーリエ卿? 自分の肩書きを思い出してくれ」
どこに廊下で寝泊まりする魔王がいるというのだ。
自室をあっさりと会議室として貸し出したときから気づくべきだったが、どうもユーリエには本以外、自分の生活領域を確保するという性質が薄すぎるようである。
「仕方ないですね……私の部屋の半分をユーリエさんに割り振りましょう」
私の荷物、少ないですから。と、クリスが申し出る。
「お世話になります……クリスさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ユーリエさん」
こうして、本校の魔王と分校の魔王が同室することになった。
タリオンや歴史を編纂するかつての配下が聞いたら、卒倒間違いなしであろう。
「同室か……いいなぁ。わたしもマリウスくんとやればよかった」
「おそれながら前の陛下、異性の同室は御法度ですぞ」




