第三三四話:とある諜報員の就職斡旋
「ええと……それで、ミュートさんの容体は?」
会議室として使っているユーリエの部屋に戻ると、クリスが開口一番にそう訊いてきた。
目の前でミュートが筋肉の塊——失礼、テカテリーナに絞め落とされたのを見ていた——しかも全身の骨が砕けるような不吉な音付きで——ので心配だったのだろう。
なので、俺とアリスで失神したミュートを医療室に運び込み、一通り容体を確かめたのだが……。
「全身の関節が外れているだけで、大きな怪我はなかった。骨折も、筋肉の断裂もない」
だから俺が痛みを緩和する魔法をミュートにかけ、アリスが外れた関節を繋ぎ直していったのだが、どうも緩和が追いついていないらしく、時折ビクンビクン痙攣していたのが心配だったが、飛び起きはしなかったので大事には至っていないと——思う。
「ふふふ……アタシの技は基本的には不殺だからね!」
「さすがです……先輩」
ユーリエはそう称賛するが、あれはミュートが俺たちからの追跡を振り切れるほどの身体能力があったからだと思う。
「それでどうします? ミュートさん」
「ユーリエ卿、こういう場合の現在の規則は?」
「あ、はい……内通者の発覚は、基本的に発見した学園の裁量にまかせると……」
「そうか……」
とどのつまり、いかようにもできるということだ。
これは諜報員という立場上、どうすることもできないものだというのはわかる。
だが、こちらで好き勝手できるというのも、それはそれで悩ましい。
例えば、俺の判断がのちのち他の学園の反感を買ってしまうこともあるわけで——。
「マリウスさん」
そこで医療室に残っていたアリスが、声をかけてきた。
「ミュートさんが意識を取り戻しました」
「わかった。本人は何か言っていたか?」
「それが……もう逃げないから、安心しなさいと」
どうやら、向こう側も覚悟ができているらしい。
さて、どうしたものか——。
「いいからさっさと処分しなさい」
面談は顧問の俺、ダンタリオンの生徒会長ユーリエ、マリウス分校の生徒会長クリス、そして副生徒会長のアリスとの四名で行うことにした。
役職付きの者だけでいけば、こちらの発言が学園の立場として保証されていることを理解してもらえるだろうと考えていたのだが、ミュートには威圧的にみえてしまったのかもしれない。
とはいえいきなり処分しろといわれるとは思わなかった。
現在の彼女は寝台から身を起こしただけであったが、その視線の鋭さには翳りはいっさいない。
「処分とは、また大仰だな」
「おめでたいわね。物語の世界ってもうちょっと牧歌的だったの?」
控えめながらも反論しようとするユーリエを、俺は制した。
本当は、わかっている。
捕まってしまった諜報員の未来は、あまり明るいものではないことに。
「アイアンワークスの本校はすでに、この事態を把握しているのか」
「どうせもう、夢を通信に使っていることはわかっているんでしょ」
「そうだな」
「じゃあ結論をいうわ。いい? あんたも知っていると思うけど、夢っていうのはその日あったことを脳が整理整頓する機能なの。それを通信に使うってことは、嘘偽りない情報が相手に伝わるってわけ。自動でね!」
「なるほど、つまり——」
「そう、あたしが捕まったことはもう、つつぬけなのよ」
「それはいまも送信され続けているのか?」
「そうね。あたしが仕掛けた魔法じゃないから、そのつもりでいた方がいいわ」
つまり、こちらの話す内容はそのまま向こうに繋がってしまうらしい。
「だから、処分か」
「そ。といってもさっきのみたいなのはごめんよ。もっと楽に逝かせてちょうだい。贅沢いえた身じゃないのは、わかっているけどね」
「あの、ちょっとまってください」
たまりかねたのだろう、アリスが口を挟んだ。
「送還——アイワンワークスに送り返すのは、だめなんですか?」
その言葉に、ミュートの目が一瞬だけ見開かれる。
だがすぐに愉快そうに細められると、
「ふふっアリスちゃんって、こういうときでも優しいんだ……でもねアリスちゃん。一度任務に失敗した間諜は、その時点でもう先がないの」
「えっ」
当惑するアリスに対し、ミュートは諭すように続ける。
「顔がバレているから同じ学校には侵入できない。まぁ、破壊工作くらいならまだできるでしょうけど、同じ諜報活動は無理ね。で、校内に帰ったとしても、あの子間諜だったんだって後ろ指ささせるわけよ」
「どうしてですか?」
「級友にあたし、外では間諜やっているんですって、いうわけじゃないじゃない」
「……あ」
「あたしは表向き、外交の仕事をしていることになっているわ。」
寝台の上で膝を抱えて、ミュート。
「だから、あたしとしてはとどめ刺してもらった方がいくぶんかマシだってわけ。わかった?」
どうやらいつの時代も、たとえ学生が政治を握っている状態だとしても、捕まった諜報員の末路はあまりかわらないのが
よくわかった。
だが、こちらは一度それを経験しているのをミュートは知らない。
「そちらの希望は理解した。その上でこちらの要求を述べよう」
ユーリエ、クリス、アリスが一歩下がる。
それを確認してから、俺はこちらの条件を述べることにした。
「ウィンター・ミュート。その能力をダンタリオンに生かしてみないか?」
「は?」
ミュートの目が、こちらでもびっくりするくらい丸くなる。
「あんたいま話聞いていたの? あたしの頭には魔法の情報網が今も繋がっていて、情報は逐一送信されてんのよ? それなのに召し抱えるっていうの?」
「古い言い回しをよくしっているな」
「そういう問題じゃない!」
「それともなにか? 自爆するような魔法も仕込まれているのか?」
「こっちがベラベラ喋ればやられるかもしんないでしょうけど、向こうから一方的にんな鬼畜なことまではしないわよ! なに!? 物語の世界ではそんなことあったっていうの!?」
「あったぞ。そして俺が解除した」
「……は?」
どうもミュートは、古典的な魔王というものを物語に登場する者のようにみているらしい。
「間諜など、山ほどいた。そしてその活動は、全て粉砕した」
あえて紫電を身体にまとわりつかせて、俺。
「中には捕まった時点で自ら命を断つ者がいたが、それ以外は皆召し抱えたぞ。記録に残っていないのか?」
「……な」
ミュートの表情が変わる。
どうやら、ようやく俺が物語の中にいるような、単純化されたものではないと気づいたらしい。
「人間の子供の暗殺者集団は俺が保護した。間者はそれこそひっきりなしに来たが、あるものは報酬で、あるものは地位と名誉で、そしてあるものはただ命が保証されるというだけで、この俺に仕えてくれた。——改めて問おうか、ウィンター・ミュート」
ミュートの真横に立ち、彼女を見下ろして俺は続ける。
「貴様は忠誠の代わりに、何を望む? 地位か? 名誉か? それともいままで以上の報酬か?」
俺を見上げたまま、ミュートはなにも答えなかった。
代わりに、一筋の汗が、その頬をつたう。
「諜報員でなくても、いいの?」
「——ほう?」
「例えば仮想竜の操縦者。それで雇ってくれてもいいの?」
なるほど、ヒナゲシの操る戦列艦と互角の戦いをしたのでそうではないかと思っていたが、彼女は竜の乗り手としての才能があり、そしてそれを生かしたいらしい。
「構わん。こちらとしても、戦力は多いことに越したことがないからな」
「そう……」
ミュートは静かに俯いた。
「まず解除して。この頭のものを」
「いいだろう、少し痺れるぞ。ユーリエ卿、少し手伝ってくれ」
「はい、マリウス卿」
ミュートの頭を中心に風の渦が舞い始める。
「少し痺れるぞ」
「——つぁ!? 合図ぐらいしなさいよ!?」
「それでは口封じされかねないからな」
向こうから一方的にはしないとミュートはいっていたが、それでもやる可能性は多少ある。
だから俺は合図なしに一気にミュートの夢を使った魔法の情報網を一気に切断したのであった。
——本音をいうと、少々もったいないことをした気がするが。
「……お礼はいうわ。ありがとう。ただ、あたし自身はダンタリオン本校にはつけないわ。それだと後々アイアンワークス本校に禍根を持たれかねない。だから、マリウス分校につく。それでどう?」
「俺はそれで構わない。クリス卿、それにユーリエ卿?」
「私は構いませんが……すみませんマリウス艦長。クリス卿というのはちょっと——」
肩書き上は同じ魔王になっているのだが、どうもクリス的には座りが悪いらしい。
「私はとくに問題ありません。クリスさんはいかがでしょうか?」
「——私も大丈夫です。ええと、ウィンター・ミュートさん」
「はい」
「マリウス分校にようこそ。生徒会長として、貴方の転入を心より歓迎いたします」
「……ありがとう、ございます」
寝台の上に座ったまま、ミュートが深く頭を下げる。
こうして、アイアンワークスの諜報員は、マリウス分校の切り込み隊員となったのであった。
「陛下は相変わらずお優しい……臣でしたら記憶を消して送り返して、敵中枢に帰りついたところでボン! ですぞ」
「わー、タリオンくんあくどーい。それじゃ悪の組織の最側近みたいじゃない」
「もともと悪の組織の最側近ですぞ」




