第三十三話:食文化が、ちがう!
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。二百三十六歳。
【行ってみたい日本の名所】
「京都だな。かなり長い間、首都として機能していたと聞く」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。十四歳。
【行ってみたい日本の名所】
「ディズニーランドですねぇ……できればマリウスさんと……」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。年齢不詳。
【行ってみたい日本の名所】
『ディズニーシーな。なんか昔のオイラと同じ体験が出来るらしいじゃん?』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。十八歳。
【行ってみたい日本の名所】
「秋葉原!」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。十六歳。
【行ってみたい日本の名所】
「国会図書館」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。十二歳。
【行ってみたい日本の名所】
「横須賀基地とか佐世保基地に、行ってみたいです!」
「ウシ……ですか?」
小首をかしげて、アリスはそういった。
「そう。牛だ」
雷光号の船室。
クリスからの依頼とそれを完了した時に得た報酬、そしてそこから買い込んだ食料品や備品、そして日用品の収支を書面化し整理したあとのちょっとしたお茶の時間に、ふと気になった俺はそう聞いてみたのだ。
「聞いたことないですけど……クリスちゃんは、知っていますか?」
書類仕事が終わったあたりで遊びにきていたクリスに、アリスが尋ねる。
「いいえ、私も聞いたことがないですね。どういう生き物なんですか?」
「ウミウシが陸上で生きているような感じだな。大きさも形もウミウシに似ているが、毛や角、それに蹄が生えていて、魚のように骨がある」
「……それ、本当に生き物なんですか。なんだがすごく怖いものを想像してしまったんですが」
クリスが、少し怯えた目でそう言った。
なるほど、ウミウシを基本にして考えるとそこから想像するものは恐ろしい謎の生き物になってしまうのだろう。
もっとも、俺にしてみれば牛と同じ大きさのウミウシが食用にもなればミルクも取れる方が、異質なのだが。
「では、豚はどうだ」
「ブタ? どういう生き物なんですか?」
「豚は……」
ここで言葉に詰まる。
俺はまだ、この世界で豚に代わる生き物をまだ見ていない。従って、それを基本にしてアリスやクリスに説明することができない。
「ウミウシよりは、小型でな」
「「はい」」
アリスとクリスが、同時に相槌を打つ。
「桃色で、鼻が平べったく——」
「「?」」
「尻尾が細く、丸まっていて——」
「「??」」
「ぶ、ブーッとか、フゴーッとか、ブヒーって、鳴く……」
「「「???」」」
ふ。
ふは。
ふはは!
ふはははっ! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
我が詩才の無さが、恨めしい!
そういえば封印される前、臣下のひとりに才能がないから詩句の類は残すなと、はっきり言われていたのを思い出す。
というかここまで豚を説明するのが難しいとは!
みたことがない者に対し、言葉だけで説明する難しさを改めて痛感する。
ミルクも取れないし加熱しないと食べられないが、牛より飼育面積が少ないという飼育のしやすさ、幅広い飼料が選べるので費用もそれほどかからないという優秀な畜産物だというのに……!
「あの、マリウスさん。何があったのか知りませんけどそこまで落ち込まなくても……」
「そうですよ。マリウス船長の想像力が豊かなのは、よくわかりましたから」
「そうじゃない。そうじゃないんだ……!」
ふたりの優しさが、逆に心に沁みる。
しかしそれ故に、俺は突っ伏した机から顔を上げることが出来なかった。
「そのウシとか、ブタ……ですか? もしかすると、マリウスさんの時代——じゃなくて、マリウスさんが調べた文献に出てくる生き物なんでしょうか?」
「あ、ああ。そうだ、その通りだ」
さすがは、アリス。
クリスがその場にいることを慮って、うまく例えなおしてくれた。
「なるほど、つまりは神話の世界の生き物ですか」
「そ、そうだな。うむ、そうなる」
クリスの発言に対しては歴史上の生き物と言いたいところが、俺はまだこの時代での歴史がどうなっているのかが、まだよくわかっていない。
なので、空想上の生き物と解釈されてもいい、神話の世界の生き物という解釈で、話を進めることにする。
「少しわかりづらい話になってすまない。言葉にしても妙な生き物としか感じられないだろう。だが、これらは元となった生き物がいるはずなんだ。それを俺は探したい……」
本当は逆で、牛や豚がどうなったのかを知りたいのだ。だが、それがわからないのならせめて今どうなっているのかを知りたい。
おそらく、豚も——いや、豚に代わる生き物が、この世界にもいるはずなのだ。
「フゴーッはともかく、ブーッとか、ブヒーっ……アリスさん、もしかすると」
「はい、鳴き声だけなら私も心当たりがあります」
「ほんとうかっ!?」
思わず、勢いを付けて顔を上げてしまう。
「時間的には、まだお店は開いていますね——」
いつも背負っている赤い革の背負い箱から懐中時計を取り出して、クリス。
「行きましょう、マリウスさん」
「今ならまだ間に合いますよ、マリウス船長」
「ああ、わかった。行こう」
■ ■ ■
「…………」
その水槽の前で、俺は膝から崩れ落ちかけた。
それを予想していたとおぼしきアリスと、日頃の訓練で驚異的な反射神経を身につけているクリスがほぼ同時に両脇を抱え、俺は事なきを得る。
——いや、少女ふたりに両脇を抱えられるというのは、我ながらどうかと思ったが。
俺の知るかぎり、ウミブタという海の生き物は存在していなかった。
だから、なにか別の生き物だろうとは思っていた。
ただ、牛とウミウシの例があるのでなにかの軟体生物ではないかと思っていたのだが。
「河豚だ……どう見ても河豚だ……」
魚だった。
しかし豚くらいの大きさがある。
体色はさすがに桃色ではなく、仄かに肌色に近い白だったが——考えてみれば豚を桃色というのは多少誇張であった——。あとは特に豚の特徴が受け継がれているわけでもない河豚だった。
なぜ、ウミウシの時のように軟体動物ではない……?
というか、なぜ河豚……?
身体が丸いからか? 丸いからか?
そんな疑問が、脳裏を渦巻く。
「そういえば、鳴き声で判別がついたようだが……」
「水槽に、耳を当ててみてください」
アリスが、そしてクリスが水槽に寄り添うように耳を当てたので、俺もそのようにしてみる。
『ぶーっ』
『ぶひーっ』
『ぴぎーっ』
『ぷふーっ』
「な、鳴いている……」
確かにその鳴き声は、豚のそれそのものだった。
しかも、約一匹からあざ笑われているような気がする。
「水槽に耳を当てないと、聞こえませんけどね」
と、クリス。
この特徴的な鳴き声で俺が言いたい生き物が河豚ではないかと推理したのだという。だが——、
「だが……この魚は、毒があるのだろう?」
「はい、ありますね」
そこは元料理人志望、アリスがはっきりと頷く。
「ならば、高度な調理法が必要なのではないか?」
確か、肝の部分には何をしても毒素が消えないなにかがあると報告を受けたことがある。
それゆえ調理するときは内臓部分を一切傷つけずに解体するという高度な技術が必要とされるわけだが、それでは豚の代替とはいえないはずで——。
「いえ、加熱すれば無くなりますよ?」
「なぜだっ!?」
「な、なぜだといわれましても……なぜなんでしょうね?」
食肉としての特性が、豚そのものになっているということなのだろうか?
「ということは、ウミウシと並んで家庭の食材として出回っているのだな?」
「そうですね。ウミウシより脂身が多いので、そう言うのが好きな家庭ではよく使われています。あと、ウミウシより少しお買い得ですね」
と、クリス。
「クリスちゃんの言うとおりですね。だから食材として色々なお料理に使われているのは、河豚の方かも。たとえば——」
と、料理方法を思い出すように人差し指を唇にあてて、アリス。
「たとえば、塩漬けにして燻製にすればフグベーコンになりますし」
「フグベーコン」
「さらにそれを茹でればフグハムになります」
「フグハム」
「あと、カツレツにしても美味しいですよね。フグカツ!」
「フグカツ」
「それに、腸詰めにも使いますよね」
と、クリスが補足する。
「あれは……河豚だったのか……!」
何度か腸詰めを食べているときに気付くべきだった。
これは、なんの肉で出来ているのかを……しかしまさか、河豚とは。
「ウミウシと和えることもありますよ。私と食べたのもそれです」
「たしか、合挽……だったか?」
「正解です」
ウミウシと、河豚を挽肉にして和える……封印される前だったら、一笑に付しているところだった。
今だって、一度は食べているはずなのに半信半疑なのだ。
「折角ですから、夕飯は河豚にします?」
「あ、ああ。たのむ……」
「クリスちゃんもどうですか?」
「良いんですか!? それでは、ご相伴に預かります。あの、お手伝いをしても?」
「もちろん、いいですよ」
「ありがとうございます!」
そういうことになり、夕飯は河豚のカツレツ——フグカツになった。
アリスやクリスが腕を振るってくれたお陰で、それは確かに美味かった。
美味かったが、なぜ河豚が豚の味なのか、それはついぞわかりじまいだった。
どうやら、またひとつ解かなくてはならない謎が生まれてしまったようだ……。
■本日のNGシーン
「たとえば、塩漬けにして燻製にすればフグベーコンになりますし」
「フグベーコン」
「さらにそれを茹でればフグハムになります」
「フグハム」
「あと、カツレツにしても美味しいですよね。フグカツ!」
「うんうん、それもフグカツだね!」(裏声)




