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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第二部 第三章:スパイスクールデイズ

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第三二七話:活動開始


□ □ □


「……ん?」


 見知らぬ空間に立っていることに気づいて、ウィンター・ミュートは小さくため息をついた。

 あたり一面が、人工芝で覆われた草原である。

 もっとも、ミュートは本物の草原というものを見たことはなかったが。

 雲がすぐそばを通り抜けていく。

 ということはここはかなりの高度であり、そんなところに見渡す限りの擬似的な草原があるということはつまり、ここが統合鉄血学園アイアンワークス本校最上部にある練習用の飛行甲板なのだろう。

 訓練や有事の際は無骨な滑り止めを施された床になるよう、人工芝は巻き取られて収納されるのであるが、平時はこのように広大な草原を模した公共の広場になるという。

 もっとも、ミュートは訓練の時にしか本校に訪れたことがない。

 場所としては知っていたが、見慣れぬ景色にように感じたのは、そのためであった。


「定時連絡は夢を使うって聞いていたけど、これか……」

『そういうことじゃよー』


 頭上から声がした。

 見上げると、巨大な生徒会長の頭部を模した石像が、宙に浮かんでいた。


「もうちょっとこう、普通にできないんですか?」

『えっ。この方がかっちょよかろう?』

「いえ全然。とても間抜けにみえます」

『だからやめようって言ったんですよ、この仕様』


 生徒会長の頭部石像の隣に、副生徒会長の頭部石像が、同じように浮かび上がる。


『もうしわけないですウィンター・ミュートさん。急な仕様変更はちょっとできないものでして』

「いえ、構わないです。次回以降改善していただければ」


 夢の中とはいえ、見上げながら喋ると首が疲れてしょうがなく感じるミュートであった。

 ——それにしても本校生徒会が直々に定時連絡か。


『すごいじゃろ? すごいじゃろ?』

『あー……ここ夢の中なので思考は基本的に我々に漏れます。注意してください』

「あ、はい」


 つまりは隠し事ができないということですね。

 わざと聞き取られてもいいように、敬語で思考するミュートであった。


『そういうことじゃよー』

「本校の生徒会と直接会話できるとは思いませんでした……序列3番目の書記の方がいらっしゃらないようですが」

『彼女は夜更かしできないんです』


 こころなしか頭が痛そうな様子で、副生徒会長の石像が答えた。


『我々のことはさておいて、状況を説明してもらえますか』

「はい。海封図書学園ダンタリオンには無事に潜入できました。ただし、乗機の新型仮想竜スカイザウラーを喪いました」

『——喪失の詳細を』

「ダンタリオン到着目前で水師陰陽学園ミズミカドの戦列艦から砲撃を受け、やむなく反撃しました。当初は練度が低く、適度に損傷を与えて撤退させるつもりでしたが、途中で急に動きが良くなり、戦況は拮抗。結果、ほぼ相討ちの形でスカイザウラーを喪いました」

『空戦が得意な貴方でもそこまで追い込むとは——相手の詳細はわかりますか』

御美苗(おみなえ)ヒナゲシと名乗っていました」

『ふむ——御美苗……聞いたことがあるんじゃが』

「なんか陰陽科の筆頭かつ、ミズミカドの副生徒会長を名乗っていましたけど」

『ああ……え、マジ?』

『おそらくミュートさんの同業者でしょう。いきなり副生徒会長が出張ってくるとは考えづらいです』

「あたしも現時点ではそう思います」

『ふむぅ……向こうの情報が少ないのが痛いんじゃよ……筆頭の生徒会長が代替わりしたばかりだったからなぁ』

『おそらく生徒会全員が代替わりしているはずです。だからなおのこと、本物の副生徒会長が出張ってくるとは考え難い。おそらくは、影武者でしょう。——ウィンター・ミュートさん』

「はい」

『ダンタリオンの調査と同時に、その御美苗(おみなえ)ヒナゲシの調査もお願いします。できれば、一緒に行動してください』

「了解しました。幸いあたしと先方はマリウス分校に仮所属となるようです」

『おう、そのマリウス分校の方はどうだい?』

「潜航できる大型艦をもっています」

『やはりか』

『やはりですね』


 生徒会長と副生徒会長が、ほぼ同時にそう反応した。


「水竜プレシオが沈んだのは——やはり?」

『もうそれしかないんじゃよ。んで、マリウス分校のメンツはどんなかんじじゃい?』

「人間の女生徒がふたり。片方は幼いです。中等部一期生か、下手すると幼年部かもしれません。もうひとりは中等部か高等部ぐらいでしょう」

『もうひとりいますよね』

「はい。生徒会管理機構の顧問を名乗っていました。こちらは男性の大人です」

『大人……? 教師の資格を持つ上級生徒、指導部(チューター)ではなく?』

「学生のような雰囲気はありませんでした。卒業生の輸送機構(コンボイ)の関係者を疑いましたが、そういう気配もありません」

『ぽっと出の大人かぁ……どう接したもんじゃろ』

『とりあえず、指導部(チューター)に接する態度でお願いします』

「すでにそのように対応中です」

『結構。それでそっちはどうです?』

「はっきりいって現時点ではわかりません。明らかに魔力を抑えていますし。ただ、名前が——」

『アンドロ・マリウスと名乗っているんじゃろ。書記がな、最終魔王(ラスト・ダークロード)じゃないかと疑っておるんじゃよ』

「は!?」

『だからファンタジーをもってくるんじゃねぇ——失礼しました。とにかく、彼には注意してあたってください。疑っているようなそぶりがあったら、諜報を一旦休止してもいいです』

「それはわかりましたが……すでにこんなに長時間話し込んでいますが、いいんですか? アイアンワークスの防諜を疑うわけではありませんが」

『大丈夫じゃよ。この暗号通信は、ワシらの技術力を遥かに超え、ついでに魔力も桁がちがわないと解読できん』

『桁という意味ではダンタリオン生徒会長のユーリエ・フランゼスカは危険ですが、彼女が得意なのは純粋な魔法です。こちらのように技術と組み合わせるのは不得手と聞いているので大丈夫でしょう』

「それならいいのですが。ただマリウス顧問が未知数すぎるのが不安で」

『この場は夢の中という隔離結界の一種で区切り、脳の処理能力に合わせて体感経過時間を圧縮してあります。外からみれば我々はとんでもない早口でしゃべりあっているんですよ』

『しかも暗号化されておる空間でな。夢への接続は超高等技術なんじゃよ? さらに暗号化しておるんじゃからして、そうそう解けんよ』

「それならばいいんですが」

『とはいえそう何度も通信すると、我々も貴方にもそれなりの負荷がかかります。次の通信は七日後。以降同じ間隔で定時連絡とします。いいですね』

「承知しました。ちなみに、バレたらどうします?」

『感づかれとるんかい?』


 生徒会長の口調は今までと全く一緒のはずであったが、言葉に重みが急激に増えていた。


「——マリウス分校副生徒会長のアリス・ユーグレミア——大きい方の人間です——が、間諜にきたのだと思ったと」

『通常の範囲のゆさぶりと判断します。当面こちらから動かず日常生活で気になることを脳内にとどめ、ここで報告してください。いいですね?』

「了解しました」

『それでは、通信を終わります。しばらくの間この草原は残りますのでそれまではご自由にどうぞ』


 そういって、副生徒会長の石像が消えた。


『今夜はゆっくり休んでおくれ。撃墜されると、おもっているより体力けずれるもんじゃし』

「ありがとうございます」

『ほんじゃの』


 生徒会長の石像も消える。

 それを見届けてしばらく間を置いたあと、ミュートは草原の上にどっかりと腰を下ろして、深くため息をついた。

 夢の中のはずなのに、人工芝のちくちくした感覚が太ももに伝わってくる——。


「ってなんであたし、全裸なのよーっ!?」


 夢の中でよくある事態を、すっかり忘れていたミュートであった。




■ ■ ■




「……だ、そうだ」


 魔力による接続を切って、俺は背後を振り返った。


「やっぱりクロでしたね」


 すこぶる眠そうながらも、はっきりした口調でクリスが断定する。

 寝巻き姿ではあったが、髪が乱れていないのはさすがであった。


「どうする? 生徒会長」

「そうですね……適当な情報を与えつつ様子見でお願いします」

「了解した。ユーリエ卿も、それでいいな?」

「はい。それでお願いします。


 こちらは部屋着のユーリエ。

 俺が呼びにきた時、本に没頭していたので、普段から夜更かしには慣れているのかもしれない。

 もしくは俺と同じように、本来睡眠が必要ではないか、だ。


「それにしても、よく気がつきましたね……」


 そのユーリエが感嘆の声を上げる。


「来るとわかっていれば、案外みつけやすいものだ」


 靴紐よりも細い魔力の流れをつまみとり、前に暗号化された文書を解読したときと同じ要領でユーリエと一緒に相手に気づかれないように偽装しながら解読したのだ。

 どうやらアイアンワークスの方は、俺を一万年前に封印されていた古典に記されている魔王だとは露とも思っていないらしい。

 ——それは、そうだろうと思う。

 俺だって出鱈目の塊のようであったあの勇者を、最初は存在ごと疑っていたのだから。


「ところでマリウスさん。ヒナゲシさんの方は?」


 この場で俺と同じく、昼間と同じ格好をしていたアリスがそう訊いた。


「普通にぐっすり眠っているようだ。外部からの魔力は髪の毛一本分の接続もない」

「……起き出してもこないんですか?」

「寝言で判別できたのは『おねえさま』『およしになって』『そんなの入りませんわ』だ」


 もっとも陰陽術なる魔法は俺の使う魔法とは随分と系統がちがうようなので、どこかで見落としている可能性はあったが。

 こちらはじっくり勉強する必要はあるだろう。


「そっちはあしたにでも実演してもらいましょうか」


 深夜を超えて明け方が近い。

 精神はともかく肉体の方が限界といった様子ながらも、クリスがそう提案する。


「そうだな。そうしよう」


 まずはひとりでどうやって旧式の戦列艦を操艦できたのか、それを訊かなくてはならない。


「それじゃあ、私はもう少し寝てきます」

「そうしてくれ……アリスもな」

「え、いいんですか? 書類の整理くらいならお手伝いできますけど」

「いや、大丈夫だ」


 むしろちゃんと寝てほしい。


「では私は読書に戻りますね」

「そっちも寝てほしいんですが」

「睡眠圧縮の魔法がありますので、ご心配なく……」


 それ、たしかタリオンが編み出した魔法ではなかったか?


「すいませんユーリエさん、それ、私にかけてもらってもいいですか?」


 限界が迫っているらしい。

 少しふらつきながら、そう懇願するクリスであった。


「ところでマリウスさん?」

「はい」

「ミュートさんにかけてあったモザイク、マリウスさんだけ解除していないですよね?」

「してません」


「クリスさん、なんでマリウス卿はアリスさんに敬語なんでしょうか」

「アリスさんはそういうのに非常に厳しいので」

「はぁ……」


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― 新着の感想 ―
人工知能のマッケンⅢver.ORE ですらラストダークロードだと気付いたのに… 本人目の前にして気付かないのは、諜報員として未熟だなぁ 夢通信、魔王様がみてる
[良い点] 流石はマリウスさんですね、夢の中で圧縮された情報のやり取りでも解読してしまうなんて流石です。 もっとも、会話中にフラグを建てていたので聞いてるだろうな、とは思ったのですが(笑) [気になる…
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