第三二一話:図書館塔最下層にて
「シーサーペントは、小骨をどうにかすると美味だそうですぞ」
「そうなの? わたしバリバリ食べてたわ」
「前の陛下の歯と喉は、鋼鉄かなにかで出来ていらっしゃる?」
『今日僕たち』
『——私たちは』
『『封図書館学園ダンタリオンを卒業します』』
『創始者ダン・タリオンにありがとう』
『——最終魔王にさようなら』
『そしてすべての生徒達におめでとう!』
なぜか、聞いていると背中が痒くなる儀式だった。
おそらく卒業式なのだろうが、こういった儀式は全く身に覚えがない。
タリオンの言葉を信じるのなら、開校直後に北半球に舞い戻っているので、タリオンの仕掛けでもないだろう。
音声が聞こえなくなり、再び静かな曲が流れ始める。
そして行く手には、大きな扉が見えてきた。
「どうやら着いたようだな」
「そのようですが……」
ユーリエが不安そうな声を上げた。
その気持ちは、よくわかる。
扉といってもそれはよく見る片開き、あるいは両開きのそれではなく、8枚の絞り羽根によるものであったからだ。
普通これは、扉に使う様式ではない。
そしてその扉の前には、行きの扉にもあったように、小さな足場が設えられていた。
おそらくはそこで、重力の方向を元に戻すのであろう。
扉の形が独特なのも納得のいく話であった。
「全員、あの足場まで移動だ」
よくみれば、足場には重力の方向が変わっても対応できるように手形が描かれている。
おそらくここに、腕立て伏せの要領で手をつけというのだろう。
「入った時と違って、秒読みがありませんね」
クリスがそう指摘した。
「歩く速さはまちまちだからな」
逆にいえば、途中で重力の方向を元に戻せばちょっとした必殺の罠になる。
そういうことをしないあたり、この塔の建設者はわりと良心的であったのかもしれない。
『入場者と同じ人数を確認しました。まもなく重力の方向が変わります。そのままの姿勢でいてください……重力転換、3、2、1——転換!』
次の瞬間、重力が元の方向に戻った。
奇しくも全員で腕立て伏せの姿勢になる。
これをやったのは、前の陛下の小姓として訓練に明け暮れていた時いらいだったので、少々懐かしい。
「全員、不調はないか?」
「すこしくらくらします……」
座り込む形に身体を起こしたクリスが、額に手を当てながらそう呟いた。
アリスは何も言わなかったが同じようにすぐには立ち上がらず、顔色が悪い。
「ここで少し休むか」
「いいえ、なにかの拍子で重力の方向が変わったらたいへんですから、さっさと移動してしまいましょう。マリウス艦長、扉は——?」
「開いているようだ」
どうやら重力の方向を元に戻すのと同時に、絞り羽根状の扉は開かれていたらしい。
いまはそこに、下に降りる階段がみえる。
「では、行きましょう」
これまでも階段の種類は低層から中層に移動する際に大きくその意匠を変えていたが、今回の最下層への階段も、同じくその様相が一変していた。
低層が豪華な図書館、中層が研究室だとするなら、最下層は——。
「まるで、戦艦のようだな」
通路も無機質で、それでいて重厚な造りになっている。
幸い、本物の戦艦のように狭くはなかったが逆にいえば——。
「そうですね。それも、とても大きな戦艦の中にいるみたいです」
アリスのひとことは、まさに的確であった。
もしここが巨大な戦艦の内部であったとしたら、その全長はいかばかりか……。
「ユーリエ卿、下層の雰囲気はどこもこのような感じなのか?」
「あ、はい……海面下400階以降は、だいたいこのような感じです。私はなんとなく機械室を想像していたのですが……」
なるほど、戦艦に乗り慣れていない場合はそういう感想になるだろう。
だが、目の前に現れた扉はどう見ても……。
「水密扉……ですね」
「あの、クリスさん。水密扉とは一体……」
「簡単にいうと、浸水から耐えられるように作られた扉です。閉めてしまえは、他に浸水孔がないかぎり水は入ってこないようになっているんですよ」
「なるほど……ただの重たい扉ではなかったんですね」
その水密扉には、小さな表示灯が設えてあった。
俺たちが近づくと、それはちかちかと点滅し、
『轟竜のマスター、確認しました。お連れ様もどうぞ、お通りください』
そんな音声と共に、自動で開きはじめた。
ニーゴと二人がかりでないと開きそうになかったから心配していたが、どうやら自動扉であるらしい。
「——まってください。いま、マリウス艦長ではなく、『轟竜のマスター』っていいましたよね」
「そうだな」
「魔王とか関係なく、ただ四大竜のマスターであれば入ることができるってことですか?」
「そのようだ」
つまり、俺のように突出した魔力を持っていたとしても、四大竜のどれかのマスターでなければここから先に入ることができないということだ。
扉の先に、明かりは灯っていなかった。
だが、なんとなく広い空間だというのは肌でわかる。
『ようこそ、いらっしゃいませ!』
声と共に、明かりがそこかしこから灯された。
予想通り広い部屋の真ん中にあるのは、巨大な水晶で作られたかのような結晶体である。
それを、俺は知っている。
なぜなら、はるかに小型ながら雷光号の中枢部分にもそれはあるからだ。
『ようこそ、この世界の秘密を司る封図書館学園ダンタリオン最下層、四大竜司書室へようこそ。この部屋は四大竜すべてのマスターが揃った時、この世界の秘密を開示する部屋——いえ、一種のシステムです。ご案内しておりますのは、私——』
「自律思考結晶体……!」
『——おや、ひとめ見て私の正体に気づくとは——貴方……!?』
割って入ってしまったことで少々気を害してしまったのか、一瞬だけ間があった。
『生徒名簿に該当なし、魔力パターンスキャンデータに該当あり!? ということはよもやよもや……!』
ああ、この流れは予想がつく。おおかた俺が古代の魔王であると——。
『上様あああああああああああああ!? おまちしてりましたぞおおおおおおおおお!?』
——訂正しよう。
上様ってなんだ。
上様ってなんだ!?
『親方様か上様かで、かなり悩みました』
「タリオンくんみたい」
「臣は陛下呼び一筋ですぞ!」
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