第三一三話:進化して、竜が生まれた
「『始まりは機動甲冑の改良である——』」
ユーリエが渡してくれた『四大竜について』の序文を、俺は音読する。
この本は、それほど分厚くはなかった。
どうやら詳細な仕様などを説明するよりも、基本的な概要を紹介するための本であるらしい。
「『大地が極端に減ったこの世界において、魔族の最強兵装である機動甲冑の改良が急務となった』」
大元の機動甲冑はその名の通り巨大な甲冑である。
故に陸戦——つまり大地がないと最適な行動を取ることができない。
「『最初に採られたのは、脚部に推進機関を取り付け、文字通り海上に立つことであった』——まぁ、そうするだろうな」
強襲型雷光号がこの方式である。
「『だが、この方式では魔力炉の消費が極端に悪化することが判明した。故に次に採用されたのが、船型への変形である』」
「——雷光号、別に燃費が悪いってわけではないですよね?」
クリスが小首を傾げてそんな質問をする。
同じ疑問をもっていたのか、傍のアリスが同意とばかりに何度も頷いていた。
「それは俺が雷光号に搭乗しているから——そしてその魔力をなるたけ貯蔵しているからだ。ユーリエ卿がそばにいるからわかりづらいが、魔族が皆高出力の魔力を保有しているわけではない」
「なるほど」
「続けるぞ。『これにより巡航時は船、戦闘時に機動甲冑へと二形態をとることにより、新たな機動甲冑の運用方針が固まった。だが変形機構というものはどうしても機動甲冑そのものの耐久度を下げることになる』——それも当然だな」
「それもマリウスさんの魔力で補っているんですね!」
「そういうことだ」
アリスの指摘に頷きながら、俺はそう答える。
仮に俺が封印される前の魔族の兵卒——いや、下士官が雷光号を操縦しようとすると仮定しよう。
すると、魔力の出力が足りなくて非常に鈍重な機体であると感じるはずだ。
「……ききほど私が申し上げた、異なる属性を付与すると、本来の性能が落ちる話と似ていますね」
「その通りだ。だから雷光号は実質俺専用——だったのだが」
現在は俺と同等の魔力を持つ生徒会長——魔王がごろごろしているらしい。
目の前にユーリエがいなければ、とても信じられない話であった。
「さて、そろそろ核心のようだ。『そこで考えられたのが、巡航形態と機動甲冑形態の両方の特性を持つ新しい形態である。これはいくつかの試作を経た上で生まれたのが——魔族の守護獣である、竜型である』」
——なるほど。そういう経緯か。
「『この頃から魔力炉の効率化により、出力に任せた飛行も可能となった。同時に本体の機動力もあがったが、問題は搭乗者がそれについていかない場合が増えたことである』」
「……あぁ」
「なるほど」
クリスとアリスが、ほぼ同時に頷いた。
実は雷光号にはそういった衝撃を相殺する機能もちゃんと搭載しているのだが、いままでの戦いでは、それでは相殺しきれなかった場合があったことも確かである。
実は潜水艦になってからこの機能を大幅に強化しているのだが、あいにくここへ来る時の嵐の壁を抜けた時以外、特に使用していないという実情があった。
とはいえ、あまり使いたいものでもなかったが……。
「『そこで、搭乗者を外付けとした』——なに?」
「いまも利用されている技術です。この前アイアンワークスが襲撃した時も、召喚者は箒に乗っていたでしょう?」
「ああ、そういうことか」
どうやら、召喚してそのままというわけではなかったらしい。
「『現在、竜型はかつての竜と同じく、その用途によっておおまかに三形態にわかれている。すなわち空戦主体の空竜、海戦主体の海竜、そして白兵戦主体の陸竜である』」
なるほど。北半球の戦闘艦艇がすべて戦艦ではないように、こちらでも用途に分けて使いこなしているらしい。
まだ交戦していない、陸竜のかたちが気になる俺であった。
「『ここで最後の技術革新、仮想化が実現した。これにより乏しい資源を使うことなく、魔力で竜を建造し、それを魔法陣に格納することが可能になったのである。同時に、それを運用する母艦も主に箒による飛行を考えるだけで良いようになり、これにより水上艦艇の進化はある意味袋小路に入ったといってもいい』——なるほどな」
こちらではまだまともな水上艦艇をみかけていないが、どうも北半球ほど多様化していないらしい。
「『そして竜は量産化への道を辿っていったが、同時にある計画がもちあがった。すなわち最強の竜の建造である』」
「話がながくなりましたが、ここからが重要です」
ユーリエが、そう注釈をいれた。
「『なにをもって最強とするのか意見がわかれた。それによって生まれたのが四体の竜である。
すなわち、
——最速の竜、麒竜、
——最大の竜、餮竜、
——最強の竜、轟竜、
——最賢の竜、爛竜』」
……最速は、わかる。
……最大も、まぁわかる。
……最強も、実物をみたしよくわかる。
……最賢とは、なんだろうか。
「ユーリエ卿?」
「爛竜の記述に関しては、それだけです」
「いや、それはおかしいだろう」
「そのさき43頁すすんでみてください」
「ふむ?」
ユーリエに言われた通り、頁を進める。
「なんだ、これは……!」
文字が、読めなくなっていた。
墨塗りとか、頁が破れているとか、そういうわかりやすいものではない。
文字が読めない字に置き換えられていた。
しかもこうして見ている間にも、次々とその形が変わっていく。
まるで、解読などさせはしないというばかりに。
「伝承によれば、爛竜が自らおこなったということです」
「なるほど、それゆえの最賢か」
説得力のある話である。
しかし同時に、不気味さも感じる俺であった。
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