第三一〇話:願いの叶う蔵書(ただし)
『図書館ではお静かに願います』
図書館に通ったことがあるなら、誰もが一度は聞いたことがある言葉だ。
『図書館ではお静かに願います』
『図書館ではお静かに願います』
『図書館ではお静かに願います』
だがそれが、受付を模した精巧な人形で、
しかも集団で、
それも両腕の手首から先が光帯剣の刃と同じになっているとなると、話は違ってくる。
「くそっ! 数が多い!」
近接武器を持たないアリスとクリスを背中に、俺たちは防戦を強いられていた。
俺とニーゴが光帯剣で切り結ぶが、相手が多すぎる——。
「おかしいですね……普段は体当たりしてくるだけなんですが」
杖の先から光帯剣の刃を二本伸ばし、槍の要領で捌きながらユーリエがそう呟く。
意外にも体術の類はいける方であるらしく、迫り来る相手の光帯剣をまるで恐れた様子もなく捌いている。
「俺が加わったせいだろう」
空を飛ぶだけだった本が群体となって翼の生えたムカデを模したり、風でスカートを捲るだけの罠が炎を伴うちょっとした竜巻になったりと、威力や規模が明らかに派手になっている。
この受付体当たり人形(仮)が、両手に光の魔法でできた刃を展開するくらいは、あってもおかしくはない。
「さて、どうしたものか……」
「マリウス卿、本棚には強力な防護魔法がしかけてあります」
「つまり?」
「全力でやってしまっても、大丈夫かと」
「——いや。それには及ばないだろう」
「というと?」
返事の代わりに、背後から銃弾が撃ち込まれ、人形の中列に命中した。
「アリスさん、前から2番目の人形、その眉間を狙ってください。頭部に直撃すると若干動きが鈍ったので、そこを突きます。マリウス艦長、ニーゴさん、ユーリエさん。それぞれ目の前のものの対処が終わったら、次は動きの鈍いのにかかってください。アリスさんは弾丸装填後、前から3番目のものに。これを繰り返しますよ!」
「わかりました!」
再び銃弾が連射される。
それに併せて、俺たちも攻勢に移った。
俺とニーゴがそれぞれ相手をしていた人形を切り伏せ、ユーリエが光の槍と化した杖で人形の中心部分を貫く。
「お見事な采配です……クリスさん」
「あ、ありがとうございます」
撃破されると光の粒になって消える人形たちを横目に、クリスが一息つく。
図書館塔、中層。
立体的な格子模様を描いているため、ここが海面下何階なのか、もはやわからなくなっている。
「現在、海面下四十二階です」
「だいぶくだっているのだな……」
階数を数える魔法を使っているのか、もしくは長年探索しているため慣れているのか、澱みなくユーリエが答える。
そして階下に視線を向けると、両手杖の柄で、床を軽く叩いた。
虫の羽音よりも小さな音が、一瞬だけ耳鳴りのように響いた。
ユーリエが、探査の魔法をかけたのだ。
今の耳鳴りは、魔法の使用に敏感な俺だけが感知したのだろう。
「……確認できました。小一時間くらい、むこう階下十二階程度であれば敵の類は出てきません」
「では、その間に一気に降りますか?」
クリスがそう訊くとユーリエは首を横に小さく振って、
「少し休憩をしましょう。その……蔵書を読む時間も兼ねて」
どちらかというと、読む方を優先したいらしい。
少々そわそわしているユーリエである。
「この辺りの本は、最近読み直していませんでしたから……」
「なるほどな」
あらためて——というか、ようやくといったほうがいいのか——本棚を眺める。
このあたりの書物は……。
んん?
「なんか……すこし薄くないか?」
「この辺りの本は、かつての生徒が蔵書から着想を得て書いた——同人誌ですから」
「同人誌」
なるほど。
……なるほど?
そういう文化もあるのか。
「例えばこちらの本は、定期的に誰かが発行する——『僕の考えた最強の魔法』」
「ぐあああっ!?」
「マリウスさん!?」
「マリウス艦長!?」
「大将!?」
身に覚えが……!
身に覚えがありすぎる!
「そしてこちらが、『私の考えた理想の魔王』」
「なあああっ!?」
「マリウスさん!?」
「マリウス艦長!?」
「大将!?」
そっちも身に覚えが……!
そっちにも、身に覚えがありすぎる!
「——ユーリエ卿」
「……はい」
「『俺の考えた最強の魔剣』は、紹介しなくていい……」
「はい」
やはりあるのか。
やはり! あるのか!
それにしても、この学園の生徒たちの実行力には、驚かせるばかりである。
俺の時はせいぜい頭の中で考えてそのままにしたり、手帳のあまった部分に落書きのように書いたりする程度であったのに、薄いとはいえちゃんと本にするとは……。
「あの、ユーリエさん。『人間にもわかる! 魔族の生活!』みたいな本はありませんか?」
「書いている著者が魔族ですので、その逆が多いですね」
「あ、やっぱり……」
それはちょっと意外だった。
俺の世代は全体的に、人間嫌いが多かったためだ。
稀に人間のことについて調査文献を献上するものもいるにはいたが、それは必要に迫られてやむを得なく書いたものだけだったように記憶している。
そういう意味で、世代は変わっているのがよくわかる話であった。
「いいですね……私も読めればいいんですが」
少し寂しそうに、クリスが呟く。
「初級の本でしたらいくつか海面上の書庫に収めてありますから、後でお貸ししましょう」
「ありがとうございます、ユーリエさん。助かります」
「それと……こういうものがありますが」
そう言って、ユーリエは棚から一冊の本を引っ張り出した。
「これは、読み手の思考を参照し、それに併せて物語を紡ぐ本です。これならば、人間の方が読んでも自動的に人間の文字に——あ!」
……あ?
「失礼しました。この本は黒帯ですね」
「黒帯とは……?」
聞いたことがない符牒なので、ユーリエに尋ねる俺。
「この本には年齢制限が……黄色い帯は120歳未満、赤い帯は150歳未満、黒い帯は180歳未満の方は閲覧禁止です」
「人間が読めないようだが」
「その場合は、それぞれを十分の一にしてください。すなわち、12歳、15歳、18歳です」
なんともがばがばな年齢制限であった。
しかし年齢制限というのは、少々クリスにとってよろしくない表現のような——。
「失礼な。それなりの教育は受けてきたつもりです」
案の定、年齢の件を刺激されたクリスが、ユーリエがしまった本を引き抜く。
「いけません……」
「私だって、大人向けの本くらいは——」
〜〜〜
「マリウス艦長……その、私、初めてなので」
「ああ」
「優しく、してくださいね」
そういって私はぐっと目を閉じました。
マリウス艦長は髪を撫で、続いて頬を撫でると、私の軍服のボタンをゆっくりと外していきます。
そして顕になった私の——
〜〜〜
「なんなんですかこれはあああああ!?」
真っ赤な顔になって、かつてない勢いで本を閉じるクリスであった。
「ええと……読み手のそっち方面の欲望を増幅した上で、それを物語として綴る本です」
とんでもない代物だった。
「燃やしていいですか!?」
「一応貴重な書物な上に、貴重な魔法を使用しているので……ご寛恕ください」
「じゃあ、わたしが読んだらどうなっちゃうんですか?」
アリスの一言で、場が完全に凍りついた。
それはとても——危険すぎる気がする!
「ためしてみますね!」
「駄目ですアリスさん! アリスさあああん!?」
〜〜〜
「ふふふ……マリウスさん」
ゆったりした服の上から自分のお腹をなでつつ、わたしはいいました。
「七人目は、男の子でしょうか、女の子でしょうか。楽しみですね」
すっかり大きくなったお腹をなでながら、わたしは続けます。
「いつか、子供達だけで紅雷号ちゃんたち一個艦隊分を指揮できるようになったら、素敵ですよね?」
〜〜〜
「七人!?」
真っ赤になったまま唖然となるという、器用なことをするクリスだった。
「そっち方面の欲望がふりきれて、すごいところに行き着いていますね……」
少々赤くなりながらも、こちらは冷静な分析をするユーリエ。
「…………」
そしてアリス本人は——。
「七人……!」
なぜか、とても嬉しそうだった。
「タリオンくーん! 君の魔法なら『マリウスくんが例の本を読んだら』を魔法で再現できるよね!?」
「おまかせくだされ! それくらいならお茶の子さいさいですぞ! そぉーれ!」
〜〜〜
『The◯ッツ! 〜前の魔王でガッ◯!〜』
〜〜〜
「……なにこれ」
「ふふふ——どうやらスパルタ式教育が響きすぎたようですな」
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