第三〇一話:水師陰陽学園ミズミカド
「というわけで、統合鉄血学園アイアンワークスは、強力な本校の下膨大な数の分校を指揮し、この海の北半分を勢力下に置いています」
「……本校が直接出張ってきたことは?」
「私の方には、一度もありません」
「だろうな……」
その組織形態なら、権力の中枢が出てくるのはごく稀であろう。
本格的に衝突するなら、長期戦を覚悟しなくてはならないだろう。
「あの、根本的な質問なんですけど、ユーリエさんはどうしてそんな大きな学園に襲われているんですか?」
「それは聞くまでもないですよ、アリスさん。ユーリエさんの轟竜です」
「……そうですね。クリスさんのおっしゃる通りになります」
少し遠い目をして、ユーリエは続ける。
「四大竜のうち、ふたつを手中に収めれば、この海の覇者一歩手前といっても過言ではありません。最後の麟竜の行方がわからない現状、覇者と同様という意見もあります。故に……アイアンワークスは、私を第二書記として、本校の生徒会に移籍するよう要請しました」
「そしてそれを断ったわけだな」
「はい……」
「差し支えなければ、理由を聞いても?」
「——ここに収蔵されている本のためです」
アイアンワークスに移籍する場合、本校に拠点を移す必要がある。
もちろんアイアンワークス側は蔵書の移動も申し出たのだが……。
「実はまだ下層に、私も把握していない本が大量にあります。それがある以上、この塔を——学舎を放棄することは、私にはできませんでした……」
「なるほどな」
ましてや、ユーリエはダンタリオン最後の生徒である。
彼女が移籍すれば、この学園は朽ちていく一方であろう。
「それ故、こうして定期的に襲撃を受けているわけです。私が負ければ、本校を接収することができますので」
「なんだその野蛮な決まりは」
「対校戦といいまして、どの学園にもある共通の決まり事になっています」
「共通——共通か」
推測になるが、かつて学校間を統括する、なんらかの組織があったのだろう。
あったと過去形にしたのは、ユーリエがそれに言及していないからだ。
おそらく記録として残る前に滅びてしまったに違いない。
ならば、色々と利用する価値があるが——いまは置いておくことにする。
「統合鉄血学園アイアンワークスは、ここからずっと南の海域で、別の学園と覇を競い合っています。だからこそ、私を——正確には、轟竜が欲しいのでしょう」
「その別の学園とは?」
「私もあまり詳しくはないのですが……」
申し訳なさそうに、ユーリエは続ける。
「水師陰陽学園ミズミカド。巨大な戦闘艦と、陰陽術という特殊な魔法を使う学園です」
■ ■ ■
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
爽やかな挨拶が、広大な甲板にこだまする。
水師陰陽学園ミズミカド本校旗艦、超一級戦列艦『ミズミカド』
一万名余りの生徒を収容してなお余る超巨大な船体は、難攻不落の水に浮かぶ要塞として名を馳せている。
戦列艦という名称の通り、この艦は戦艦のような砲塔を持たない、旧式の砲廊式の戦闘艦である。
それでもこの艦が不沈艦としてあり続けているわけは、単純にその規模であった。
先に挙げた船体がとにかく大きい。
それに比例して装甲も相応に分厚く、生徒の平均身長の二倍以上あった。
そして十二層にも及ぶ多重式甲板と、それに設られた砲廊。
巨艦に応じて砲廊に設えられた単装砲も巨大であり、最も巨大な砲を扱う第七層の口径は、生徒一の胸囲よりもさらに大きいと評判である。
そして最上部の甲板は砲塔がない代わりに、巨大な艦橋が鎮座していた。
こここそが、水師陰陽学園ミズミカド本校学舎、通称『水百合』である。
前後左右に生徒達が用いる陰陽術の結界、通称鳥居が設置されたその校舎は、さながらひとつの城のようであった。
いまそこを、ひとりの少女が艦首から艦橋へと真っ直ぐに進んでいる。
長い髪は黒く、ひと房だけ金色に輝いている。
着ている制服はミズミカド独自の、白い水兵服に赤い袴である。
そして両肩には、白い透き通った肩掛けを羽織っていた。
その肩掛けは、彼女が上級の指揮官である証である。
そして袖に留めらた腕章には、金色の三本線——すなわち生徒会長を表していた。
その少女の足が止まる。
彼女の前には、整列した約一万名の生徒が整列していた。
「ごきげんよう」
少女がよく通り声で挨拶する。
「ごきげんよう」
一万名の生徒が、ひとりのずれも許さずに挨拶を返す。
それは、水師陰陽学園ミズミカドにおける練度の高さを、自ずと示していた。
「先日就任いたしました、第九十九代生徒会長『大提督』として皆さんにお伝えいたします」
整然と、だれひとり動かない生徒達の列に堂々とひとりで立ち向かい、少女は続ける。
「本校が追加するあらたな方針はただひとつ。アイアンワークスに先立て——」
陽光が彼女の髪の、ひと房だけ金色の部分を眩しく反射させる。
「海封図書学園ダンタリオンの保有する四大竜がひとつ、轟竜を奪取することです!」
それはアイアンワークスもダンタリオンも、そして魔王マリウスもまだ知らない、あらたな波乱の幕開けであった。
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