第三十話:デート前夜と、衝撃の事実と衝撃の事実。
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。今回衝撃の事実が明らかに。
【よく飲む飲み物】「水だな。発泡しているとなお良いが、今の世界にあるのかどうか……」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。今回衝撃の事実が明らかに。
【よく飲む飲み物】「お茶ですね。特に好きな銘柄とかはないですけど」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。
【よく飲む飲み物】『オイラ飲めねぇ。ある意味海水は飲みまくってるけどよ』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
【よく飲む飲み物】「読者さんの世界で言うところのコーヒーね! ミルクと砂糖ありありで!」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。
【よく飲む飲み物】「果物を水に浸けたもの。柑橘類がおすすめよ」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。まだ若い。
【よく飲む飲み物】「読者さんの世界で言うココアとか、暖めたミルクが好きです。こ、こどもっぽくないですよね!?」
「これより、第一回・朴念仁対策会議をはじめます」
一同を代表して、メアリがそう言った。
雷光号船内。
参加しているのは、アリス、メアリ、ドロッセル、そして強制参加させられた俺の四人だ。
ちなみに二五九六番はというと、ただならぬ雰囲気の女性陣を見た途端、
「ちょっと機関の調子が悪いんで見てくるわ!」
とかなんとかいって、敵前逃亡を果たしている。
それでいて、雷光号の全器官をもってこの部屋の中の様子を見ているのだから……なんというか、ずるい。
「さて——」
普段は海図を置く机に大きく紙を貼りだして、メアリは話を始める。
「今夜集まってもらったのはほかでもないわ。自分の秘書官がいながら、デートのお誘いを受けた船長がいるわけだけど——」
「待ってほしい」
いち早く挙手して、俺は発言を求めた。
こういう誤解は、いち早く解いた方がいい。
「なに?」
「まずデートというものはなにか、それを説明して欲しい」
その場が、静まりかえった。
どうも、俺の発言に不備があったらしい。
「……嘘でしょ、そこから!?」
「あ……!」
驚愕の表情を浮かべるメアリに対し、アリスがふとなにかに気付いたかのように手を打って、
「ほら、マリウスさんずっとおひとりで生きてきましたから」
そういえば、そういう設定だった。
厳密には封印された魔王なのだが、ここでいっても仕方がない。
「そういや、そうだったわね……」
「納得した。世間から隔絶されて育てば、それは仕方のないこと」
要は、俺が封印されている間に人間たちの間で新しい言葉が生まれたということなのだろう。
それに気付いたアリスが、俺の境遇(と言う設定)に置き換えてくれたというわけだ。
そのおかげで、充分に真意は伝わってくれたらしい。
メアリもドロッセルも、ようやく合点がいったという顔をしている。
「ちなみに、デートとは、逢い引きのこと」
ドロッセルがそう解説してくれた。
なるほど、逢い引きか……逢い引き!?
「あ、逢い引きだと!?」
再び場が静寂に満たされた。
だが、こちらは想定していたかのような、そんな雰囲気である。
「やっぱり、そういうの意識してなかったのね」
「アリスさんの先が思いやられる」
「が、がんばります……!」
「いや、何を頑張るというのだ、アリス」
「そこよ! そういうところよっ!」
広げた紙にペンで書き込みながら、メアリはそう叫んだ。
ちなみに内容はというと、
『問題点:女心を理解していない』
悔しいが、否定できなかった。
「どうせアレでしょ? 船団中枢船の見回りに同行とかそういうのを考えていたんでしょ?」
「うぐっ! それはまぁ、否定しないが」
船の上のことならともかく、陸上戦力としての俺に関する情報を一切持っていないはずなので、おかしいとは思ってはいたのだ。
「だが、本当に相手も、そう思っているのか?」
「クリスタイン提督がそう思っているかどうかは、半々といったところ」
「現場をみていた感じからいうと、お仕事とデートを一緒にしているような気がします」
「その可能性もあった。どちらにしても、ただの巡回と勘違いしてそれ相応の装備で現れても困る」
「そうね。どっちにしても、そこら辺はちゃんとしないとね。そもそもマリウスって……女性のエスコート、ちゃんとできる?」
「え、エスコート?」
また知らない単語が出てきた。
おそらく、デートと同じく俺が封印された後に生まれた言葉なのだろう。
「同伴する男性のこと。ひいては女性を導き、あるいは護ることを言う」
「つまり護衛だな。それならば得意だ」
「護衛とは、また少し違う」
頭が痛そうに、ドロッセルがそう指摘した。
同時にメアリが、また紙に何かを書き込んでいる。
内容はというと、
『問題点その2:そもそも異性との付き合い方に問題がある』
大きなお世話であったが、否定できないところが哀しかった。
「えっとほら、歓待ですよ。晩餐会とかの主催で相手とお話しするじゃないですか。それと一緒です」
「なるほど。それならば、わかるな」
「なんでそれでわかるのよ……」
「どこかの船団に招待されたことがあるんですよ、きっと」
アリスの補足がありがたい。
ちなみに、晩餐会に関するあれこれには、本当に自信がある。
魔族をまとめ上げる時、地方の諸族と何度もその手の外交戦術を繰り返していたからだ。
「それならそこはもう心配しないけど……どうせあれでしょ? いつもの格好といつもの調子で行くつもりだったんでしょ? それだけはなんとかしないとね」
「いつもの格好はともかく、いつもの調子ってなんだ……」
「それはもう、あれですよ」
アリスが人差し指を立てて言う。
「あれとは?」
「ですから——」
〜〜〜
ふ。
ふは。
ふはは!
ふははは! ふはははは!
ハハハハハ! ハーッハッハッハァ!
「君の瞳に祝杯をあげよう!」
〜〜〜
「これです」
「俺を一体なんだと思っているんだ!?」
「間違っていないと思うわよ、さすがはマリウスの秘書官ね」
「それほど長く務めていないと聞いていたが、十分だと思う。さすがはマリウスの秘書官」
「ありがとうございますっ!」
ものすごく嬉しそうなアリスだった。
だったが、俺としては腑に落ちない。
なので——。
「あのな……アリス、そこに立て」
「はい?」
言われた通りに、俺の前に立つアリス。
それに応じて、俺も立ち上がる。
そしてアリスの前で恭しく一礼すると、
「おはようございます。アリスさん。本日は御誘い頂き、ありがとうございます。よろしければ、お手を取らせていただいても?」
アリスは表情を動かなさかった。ただ、機械のように手を前に出したので、それをそっと握る。
途端、アリスの顔が夕陽もかくやという勢いで真っ赤になった。
「あんたね……それ、やりすぎ」
「アリスさん、戻ってきて、アリスさん」
やったらやったで厳しい評価が返ってくるのが、解せない俺である。
「まぁいいわ。かたっ苦しいわけでもなく、かといってちゃらちゃらと軽く接したわけでもないから」
「むしろちゃらちゃらとしてマリウスが想像できない」
「安心しなさい、あたしもよ!」
俺自身も、想像できない。
アリスだと——まだ真っ赤になったま硬直していた。
「んじゃ、あとは服装ね」
「むしろ、最重要課題」
「っていうか、夜で、しかも入港しているのになんでそんな格好なのよ!」
いつも通りの格好——つまり、封印されていたときと変わらない魔王の軍装——を指差して、メアリがそういった。
そういう女性陣はというと、水着の上にシャツを着ているだけなので、なんというか理不尽さを感じなくもない。
「……えっとですね。そろそろ言おうと思っていたんですけど」
赤面状態から戻ってきたアリスが、控えめに続ける。
「マリウスさんの、その格好……みているだけで暑そうです」
「ぐぬぅ……!」
そこを突かれると、痛かった。
たしかに誰かを歓待する時、相手を不快にさせるのは愚の骨頂だからだ。
「だが、今からでそれにふさわしい服を見つけられるのか?」
「それはあたしとドロレスとアリスとで駆け回ってきたもの。ぬかりはないわ」
「いつのまに……」
そんなこともあろうかと、あらかじめ用意してきたらしい。
「ほら、さっさと着替えてくる!」
「わかった! わかったからそう押し付けてくるな!」
渋々ながらも、大きな紙袋をまるまる受け取り、隣室である寝室で着替えてくる。
「これでどうだ?」
アリスたちが用意してくれたのは、南国風の柄が入った、薄手の半袖シャツと長ズボンだった。船団でよく見かけた短パン一丁でなくて、本当に良かったと思う。
「うん、悪くはないわね」
「船団に入りては船団に従え、その言葉通りであると思う。ただ……」
「ただ?」
「上着を脱いだ方が、より自然」
「そうね、その通りだわ!」
「そ、そうですね!」
しまった。二段構えか!
「だが、ここの風潮的に、目上の人間に対して上を脱ぐというのは無作法なのでは?」
そう、封印される前ならいざ知らず、今の俺は一介の船長だ。護衛艦隊の司令官を務めるクリスの方が、はるかに目上の人物となる。
「そういうことはない。むしろ脱いでいた方が自然」
「……どうなっても知らんぞ」
「なによ、実は着痩せしていて、脱いだら筋肉ムキムキなの?」
「そこは普通だがな——」
こればっかりは、実際にみてもらわないとわからないだろう。
俺は上着を脱ぎ、上半身をはだけてみせた。
「……普通じゃないじゃない。筋肉ムキムキじゃないの」
「放っておいてくれ」
「っていうかあんた——それだけの傷、一体どうしたのよ?」
だからいったのに……。
内心でため息をつく。
俺の身体には、無数の刀傷や矢傷、そして銃創が走っているのだ。これをみて、快いと思う者はいないだろう。
「戦闘——いや、海戦でちょっとな」
「まってほしい。白兵戦でここまでの負傷をしたら、普通は助からない」
一際目立っている、胸を真横一文字に走る刀傷——あの忌々しい勇者につけられたものだ——を注視しながら、ドロッセルがそう指摘する。
「運が良かったんだろう」
実際には、治療部隊の腕が良かったという例もある。一度それの世話になるほどの重傷を負ったせいで生身の戦闘は厳禁とされ、以降は機動甲冑にずっと乗ることになったものであった。
「あっ……」
事情を知っているアリスが、なにかに気づいたような声をあげた。
おそらく、それがいつ受けた傷なのか察したのだろう。
「だから、見せるものではないといっただろう」
再び上着をまといながら、俺はそう言った。
「ごめんなさい、ちょっと浅はかだったわね」
「同じく謝罪する。脱ぐことを嫌がる時点で察するべきだった」
「別に構わない。こういうのは、実際にみてみないとなんともいえないからな」
「でも……」
アリスがぽつりと呟く。
「でもわたし、マリウスさんが生きてくれて良かったと思います」
ふ。
ふは。
「死に損なっただけだがな」
「そんなこと、ないですよ……」
封印を経た後とはいえ、まさか人間に生きてくれて良かったと言われるとは思わなかった。
正直、背中が少しこそばゆい。
「——これは、大丈夫ね」
「おそらくは」
そんな俺とアリスをみて、メアリとドロッセルは何かを納得したようであった。
何を納得したのか、いまいちわからなかったが。
「いやー、あれくらいの小さい子に惚れちゃったらどうしようかと思ったけど、とんだ杞憂だったみたいね!」
「小さいというのは、関係ないと思うが」
「そうですよ。そもそも、わたしと歳がふたつしか違いませんし」
ん……?
んん……!?
三度目の沈黙が、辺りを支配した。
「緊急議題! 全員の年齢確認!」
紙に『年齢確認!』と書き込みながら、メアリが叫ぶ。
「ちなみに、あたし十八歳!」
「私は十六歳。まだ成長の余地はある。多分」
メアリとドロッセルが、自らの年齢を宣言する。そして——。
「アリスは?」
「アリスさんは?」
俺を含めた全員が(そして多分二五九六番も)注目する中、アリスは淡々と。
「十四歳ですけど」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
『えっ?』
「えっ!? 皆さんなんでそんな反応するんですか?」
困惑の表情をうかべるアリス。だが、俺たちも同じ表情を浮かべているに違いなかった。
「すまない、聞き間違いかもしれないからもう一度聞く。いま、いくつだって?」
「ですから十四歳です」
「嘘でしょ……!」
メアリが、絶句した。なぜなら体格がアリスと大して変わらないからだ。
アリスの方が若干背の低いが、身体つきはほとんど変わらない。つまり——。
「抜かれた——」
ドロッセルが、机の上に突っ伏した。
たしかに背も身体つきも彼女の方が幼く見える。
それでも二つ年下なら、そうもなろう。
「なんか、とんでもない事実が明らかになったわね……ちなみにマリウスは?」
「俺か? 俺は二百三十六——」
「二百!?」
「いや、三十六歳だ……」
危なかった。魔族と人間とは寿命が異なる事を忘れていた。これくらいの歳ならまぁごまかせ——。
「三十六ぅ?」
——ごまかせなかったか?
「随分と、若く見えるが……」
「わたしたちと、同じくらいだと思っていました」
悲鳴のような声をあげたメアリに続き、ドロッセルとアリスもそんな事をいう。
「これは、仮にクリスタイン提督とくっついたら、えらいことになるわね」
「まさに親子の差。というかアリスさんでもそう」
「流石にそれは言い過ぎじゃ……ないのかな……あの、マリウスさん」
「なんだ?」
「お父さんと呼んだ方が、いいですか?」
「全力でお断りする!」
いままで付き合っていた女性もいないのに、いきなり子供ができるのは勘弁願いたかった。
■今日のNGシーン
「だが、ここの風潮的に、目上の人間に対して上を脱ぐというのは無作法なのでは?」
そう、封印される前ならいざ知らず、今の俺は一介の船長だ。護衛艦隊の司令官を務めるクリスの方が、はるかに目上の人物となる。
「そういうことはない。むしろ脱いでいた方が自然」
「……どうなっても知らんぞ」
「D・V・D・! D・V・D・!」
俺は上着を脱ぎ、上半身をはだけてみせた。




