第二十九話:クリス・クリスタイン
■登場人物紹介
【今日のお題】
アンドロ・マリウス:勇者に封印されていた魔王。
【苦手な食べ物】「食いはするが、名状しがたい海産物だな」
アリス・ユーグレミア:魔王の秘書官。
【苦手な食べ物】「特にないですね」
二五九六番:元機動甲冑。現海賊船雷光号。鎧時はニーゴと名乗る。
【苦手な食べ物】『人間な』
メアリ・トリプソン:快速船の船長。
【苦手な食べ物】「瓶詰めの野菜。特に青菜がだめね!」
ドロッセル・バッハウラウブ:メアリの秘書官。
【苦手な食べ物】「質の悪い肉の瓶詰め。塩と脂が犯罪的」
クリス・クリスタイン:提督。護衛艦隊の司令官。
【苦手な食べ物】「そうですね……ウニが苦手です。なんか、苦くて……え? お子様舌!? そ、そんなことはなありませんっ!」
「交易船『雷光号』船長、アンドロ・マリウスさん、そしてその秘書官のアリス・ユーグレミアさんですね?」
司令官の私室に通された俺たちに、船団で出会った幼い少女——そして護衛艦隊の司令官である——クリス・クリスタイン提督はそう言った。
「まずは……こたびの遭遇戦、おつかれさまでした」
私室の中は調度品こそ少なかったものの質実剛健かつ大きな作りで、身体の小さなクリスタイン提督には少しばかり不釣り合いだった。
現に、応接用の長椅子に姿勢良くかつ深く腰掛けているため、足が床についていない。
勧められた反対側の長椅子に座る俺たちと向き合っていると、まるで学校の面談みたいであった。
——だからといって、侮る気は毛頭ない。
目の前であれだけの指揮を見せられたのだ。
まだ子供という先入観は早めに捨てた方がよかった。
「もちろん、登録に関する実地試験としては合格です。満点以上といって、過言はないでしょう」
それを聞いて、内心安堵する。
この船団での依頼を受けるために登録試験は、本来一対一でなければならないと聞いていたからだ。
故に二対五で三隻しとめたとはいえ、単独での撃破ではなかったから評価されなかったのではないかという危惧があったのだが、どうやら必要なかったようだ。
「また、僚艦を庇っていただき、本当にありがとうございました。あなたたちが持ちこたえてくれたおかげで、私たちは間に合うことが出来ました」
隣に座っていたアリスが小さく息を飲む。
おそらく、俺たちが護衛艦隊の船を庇いながら戦っていたことまでも報告されているとは思っていなかったのだろう。
もっとも、俺自身もそう思っていたのだが。
「海賊が大量に現れるのを、予想していたのですか?」
現状それはこちら側でも不可能であったので、そう聞いてみる。
「そうですと言いたいのですが、違います」
帽子を脱いで手元でもてあそびながら、クリスタイン提督は素直に答えてくれた。
「私が直接、あなたたちの戦いを見たかったのです」
「それは、どういう意味でしょうか」
「もうこちらまで届いているんですよ、あなたたちの噂」
曰く、俺たちが前の船団でやってのけた単身での五隻撃破(実は十隻なのだが、それはばれていないようだ)の噂は、交易船を通してクリスタイン提督が護る船団にも伝わっていたらしい。
「初戦で海賊五隻を単独で撃沈。私の『バスター』のような大型艦ならともかく、小型艦ではそう簡単にはいきません」
なので、実地試験が終わる時間を見計らって艦隊で出迎えをしようとしたところ、俺たちが遭遇した大量の海賊を発見。
そのまま艦隊戦に突入したということらしい。
「クリスタイン提督……で、よろしいですか?」
「クリスでも、クリスタインでも、どちらでも。ただ、苗字と名前とで『クリス』がかぶっているので、呼ぶときはどちらか片方で呼んでください」
「わかりました、クリスタイン提督」
「クリス……でいいです。前言を撤回して、申し訳ありませんが」
脱いだ帽子で口元を隠しつつ、クリスタイン提督——いや、クリスはそう言った。
「わかりました。クリス提督」
意外なところで年相応の反応が得られて内心戸惑いながらも、俺は頷く。
「ひとつ質問をさせてください」
「なんでしょう?」
「女性に年齢を聞くのは失礼と心得ていますが……いま、おいくつですか」
「十二歳です」
十二歳。
魔族と人間では寿命に差があったはずだが、それでも提督になるには早すぎるといって過言ではないだろう。
「重ねて失礼します。司令職を引き継いで、どれくらいなのでしょうか……?」
「間も無く一年ですね」
ふ。
ふは。
ふはは!
一年! 一年であれだけの指揮だと!?
思わず天を仰ぎたくなる俺であった。
同時に、アリスが俺の尻をつまむ。
どうも笑うなということらしいが、生憎俺はそこまで無作法ではない。
「あの……なにか、不備でもありましたか」
「いえ、むしろ驚きました。あれだけの指揮は、一朝一夕には到底できないことですので」
「そうでしたか……そう言ってもらえると、嬉しいです」
本当に嬉しいのだろう。年相応に微笑んで、クリスはそう答えた。
「……六歳の頃から、ずっと勉強していましたから」
ああ……。
それで、確信する。
この子は、本質的には封印される前に出会った子供の暗殺者と一緒なのだ。
それ以外の生き方を許されず、あるいは許さず、ただそれのみに邁進してきた。
かくいう俺も、途中からそんな生き方をしてきたのでよくわかる。
クリスの場合は、たぶん後者なのだろう。
なんとなくそう思ってしまうのは、同じ道を歩んだ故の思い込みかもしれないが。
「さて、ここからが本題です」
帽子を被りなおして、クリスはそう言った。
俺たちも、姿勢を正す。
「単刀直入に言います。我が護衛艦隊の麾下に、加わりませんか?」
幼い少女の瞳ではなく、才能豊かな提督の視線でもって、クリスはそう言った。
「申し出はありがたいのですが……お断り致します」
確かに、武人の一側面として、優秀な指揮官に仕えたいという想いはある。
だが俺は、封印されたとはいえ、魔王。指揮官の頂に立ってしまった者だ。
そして今は……何故こんな海だらけの世界になってしまったのかを知るための、旅の途上だ。
「なにが不満なのでしょう? それとも我が艦隊になにか不備が?」
「いえ、ありませんよ。クリス提督」
「ではやはり……私が、子供だから?」
「前にも言いましたが、俺は子供だからといって敬意や評価を増減させることはありません」
子供がやったことだから、甘めに見よう。
所詮子供のやることだ。たいしたことはあるまい。
大人より働けないだろうから、報酬も低くて当然だ。
どれもこれも、馬鹿げた考え方だ。
遊びでやったことならともかく、子供が本気で何かを成したり、何かを作り上げたのなら、それは大人と同じように評価するべきである。
少なくとも、俺はそう思っている。
「クリス提督の手腕は、俺が今まで出会った艦隊指揮官の中で、一番上です。間違いありません」
「お、おだててもなにもでませんよ?」
「おだてではありません。本当の話ですよ」
封印された後でこれだけの指揮を見たのは本当にはじめてであったし、封印される前でも(これは俺が海軍の拡充をあまり重視していなかったという落ち度もあるのだが)これほどの統率のとれた艦隊を俺は見たことがなかった。
「それなら、なぜ——」
「俺は今、あるものを探しているのです。それをみつけ、俺自身が納得するまで、俺はどこかに定住する訳にはいかないんですよ」
隣で、アリスがほっとしたように息をついた。
どうも、心配してくれていたらしい。
「ですから、今の俺はひとつの場所に留まることができません。どうか、ご理解ください」
「いえ、こちらこそ無理を言って申し訳なかったです……」
クリスは、明らかに落胆していた。
感情がすぐに表に出るのは、年相応といえば、相応らしい。ただし——。
「このお話は、なかったことにしましょう。もちろん、滞在中にそちらの不利益になるようなことはいたしません。ご安心ください」
その感情を実務を完全に切り分けているのは、さすがであった。
「ご配慮に感謝いたします。滞在中は、全力でお手伝いしましょう」
「本当ですか!?」
弾かれたように顔を上げて、クリスはそう確認する。
「はい。魔——アンドロ・マリウスの名にかけて」
思わず魔王の名にかけてと言いかけてしまったことに、内心苦笑する。
「それでは早速お願いしたいことがあります」
「なんなりと」
小さな——それでいて立派な——指揮官に一礼して、俺。
「私と一緒に——」
ん?
「——中枢船の、街を回りませんか?」
……んん?
隣で、アリスが変な息継ぎをした。
横を見て、俺も変な声が出そうになる。
それほどまでに、アリスの顔は怖かった。
■今日の魂の叫び
「アリスです……となりにすわっているのに存在感がないアリスです……」
「アリスです……なんかとなりにすわっているマリウスさんから、クリスちゃんに対してどんどん好感度をあげている音が聞こえます……」
「アリスです……マリウスさんがデートに誘われました……」
「アリスです……」
「アリスです……」
「アリスです……」




